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 桜井稔(男子9番)は、名簿を見ながら真剣な面持ちをしている杉山浩二(男子11番)の様子を見て、何やらただならぬ事態が起こっているのだということを感じ取った。なにか良くないことが起こっているとき、浩二は決まって今のような表情をしていたからだ。
「稔、急いでこの場を離れるぞ!」
 名簿から離した目線を、稔の方へと移し、すぐさま手を引くかのように、早歩きで先に移動を始めた。
「何? 何が起こったって言うんだよ浩二?」
 訳が分からず稔が聞くと、
「分からないか!? さっき俺達から逃れたばかりの矢島がもう死んでるんだぞ! 考えられることは一つしかない。ここからそう遠くない場所に、矢島を殺した奴がいるってことだ!」
 浩二が声を荒げて言った。
 そう言えば…。
 稔はつい先ほどのことを思い出した。政和が自分たちのもとから逃走した数分後、何処からかパララララと、まるでタイプライターを叩くかのような音が聞こえたのだ。何処から聞こえたかは分からなかったが、その音は近くとも遠くとも感じた。
「じゃあ、あの時聞こえた音は、まさか?」
「ああ、あの時何者かの手によって、矢島は殺されたんだろう」
 浩二は歩きながら、抱えた自分の荷物をあさり、島の地図を取り出した。そして右手に持った、半分に折りたたまれているそれを見ながら言った。
「断定は出来ないが、あれはおそらくマシンガンを撃った音だ」
「マ、マシンガンだって!?」
 稔は驚愕した。生徒達に支給されている武器には、いったいどのような物があるのか、全く予想すらできなかった稔にとって、その強力な武器の名前は衝撃的だったのだ。
「まさか、本当にそんなものが支給武器の中に含まれていたというの?」
 その話を否定してほしいかのように、稔は浩二へともう一度聞いた。それは現実逃避を求めだした、稔の心情の現れだったと言っても良いだろう。しかし浩二はあっさりと言った。
「だろうな。サブ・マシンガン程度なら、十分にデイパックの中に入る大きさだし、そんなものが誰かの手に渡っていたって、それはさほど不思議な話ではない。あの腐った政府の人間なら、マシンガン支給だってやりかねないだろうしな」
 稔は考えた。今生き残っている生徒達は11人。自分と浩二を除くと9人もの人間が、この島の中を徘徊し続けているのだ。そして、その9人の内の何人かが、クラスメート殺害を実行しているのだ。いったい誰なのだ。
「稔。これからも他の人間には注意するぞ。特に須王と沼川にはな」
 須王拓磨と沼川貴宏。確かにこの2人には注意するべきであろう。この2人はプログラムに乗っている可能性が、他の生徒よりも限りなく高いのだ。
 では、この2人のみに注意を払っておけば、心配することはないのだろうか。いや、そうでもない。稔の頭の中には、少なくとももう一人、少し気になる人物の名前が挙がっていたのだ。その名前は剣崎大樹。
 彼の空手の強さに関しては、常日頃から耳にしていた。それだけに、万が一敵として目の前に現れたとき、最も恐ろしいと言える人物なのである。
 もちろん、彼がゲームに乗ってしまっている側の人間なのかどうかは分かってもいないが、万が一のことを考えて、注意しておくにこしたことはないだろう。
「ところで浩二。今から何処に行くつもりなの?」
 行く手を邪魔する木々の枝をどけながら、先を進む浩二の背中を見ながら、稔は小さく問い掛けた。すると浩二は一度立ち止まり、稔の方を振り返って手に持っていた地図を差し出して見せてきた。
「今俺達が向かっているのは、この住宅地だ」
 そう言って浩二が指差した場所に、稔は少し違和感を感じた。
「あれ、ここって…」
 不思議に思った。なぜ浩二は“こんな場所”に行こうとしているのか。
 稔が不思議に思う理由は2つあった。一つ目の理由は、この住宅地は自分たちは一度訪れ、そして民家の部屋の中の捜索を済ませ、後にした場所だったからだ。なぜこの場所にもう一度戻ろうとしているのだろうか?
 そしてもう一つ、こちらの方が重要な疑問である。先ほどの放送で、またいくつかの禁止エリアの情報が伝えられたのだが、浩二が指差しているこの場所こそ、数時間後に禁止エリアへと変化する区域なのである。今からそんな場所に移動することなど危険であろう。それは浩二も分かっているはずだ。では何故、浩二はこんな危険な場所に移動しようと思ったのか。
「浩二…なんでこんな所に移動するの?」
 不思議に尋ねる稔に対し、浩二は真剣な面持ちで、
「それはまだ言えない。でもこれも脱出するための重要な行動なんだよ。確かに不思議に思うかもしれないが、すまないが今はまだ黙って俺に付いてきてくれないか稔」
 とだけ言った。
 全く疑問が解けず、少し頭の中にもやもやが残ったままだが、浩二の頼みとあっては仕方がない。ここは言う通りにするべきであろう。おそらく浩二には浩二なりの考えがあるのだ。
「分かった。浩二の言う通りにするよ」
 稔がそう返すと、浩二は明るい表情で、
「有り難う稔」
 と言い。また前を向き直った。
 いったい浩二の考えた脱出の方法とはどんなものなのか。今だ謎が解けず、スッキリしない稔であったが、それもいつかは浩二の口から語られるだろう。
 ところでだ。稔達がもっとも信頼できる人物、名城雅史もまだ生き残っている。本当に脱出できるのなら、彼とも何とか合流したい。
「なあ浩二、雅史がまだ生き残ってるよ。なんとか一緒に脱出する事は出来ないかな」
 稔の問いかけに、浩二は少し渋い表情を浮かべたが、考えた末こう言った。
「確かに俺もあいつと一緒に脱出したい。しかしこの島は一人の人間を探すには、あまりにも広すぎる。それに下手に探し出すと、とんでもない敵と遭遇してしまう恐れもある。悲しいかもしれないが、とりあえず今は俺たちの身の安全を確保するのが先だ」
 苦渋の選択だったのだろう。浩二も自ら言ったその言葉に、嫌な表情をしていた。
「大丈夫さ。俺たちの脱出の準備が整った後でも、まだまだあいつを連れて行くチャンスはあるはずだ。希望が無いわけじゃない」
 元気付けるように言うその浩二の言葉に、稔はほんの少し励まされたように感じた。
「うん、そうだね。頑張ってその計画を成功させよう」
 稔が元気に返すと、浩二も少し微笑み、また前を向き直って歩き出した。
 目的地は、自分達が一度訪れた住宅地。禁止エリア変化まで残り約3時間。それまでに間に合うのだろうか。そしてこの計画の実態とは、いったいどのようなものなのか。
 様々な疑問が残るが、それに関しては稔には不安など無かった。そう、自分を引っ張ってくれている人物、杉山浩二さえいれば、不安など感じなかった。



【残り 11人】



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