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 政和はポケットから抜き取った手をすばやく振り、掴み出した黒い球体を地面に向かって投げつけた。
 突然の政和の行動に、浩二は一瞬目を大きく見開かせたが、あまりにも一瞬の出来事だったため、反応することができなかった。
「くらいやがれ!!」
 政和がそう叫ぶと同時に、投げられた球体は地面にぶつかり、その瞬間、球体は爆竹のような音を立てながら破裂、そして辺りを包み込むほどの量の白い煙を、中から一気に噴射し始めた。それはほとんど爆発したと言っても良いほどだった。
 辺りの空気中に放たれた白い煙は、その場に居合わせた人間たちすべての視界を、一瞬にして遮ってしまった。
「くそっ! 煙幕か!」
 白い煙の中で、浩二の嘆きが聞こえる。
「へっへっへ! やったぜ! おい杉山、この煙の中で俺に当てれるなら、その銃撃ってみろよ」
 自分の姿が見られなくなったのを良いことに、政和はすぐにその場を離れつつ、未だに煙の中でもがいている浩二に向かい、言い捨てた。
「くそ、待ちやがれ矢島」
 しかし当然、政和がそれに応じることはなかった。なぜならば、今は浩二から逃げることができる唯一のチャンスなのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
 政和は煙が漂っているうちに、急いでその場を駆け出した。もちろんボウガンは手に持っている。
 ちなみにこの時、政和が浩二を仕留めるチャンスも無くはなかったが、煙の中にいる浩二の姿を視覚ではとらえることはできず、つまりボウガンを命中させるのはかなり困難であるため、この場はとにかく逃げることに徹することにした。
 逃げる前に煙が晴れてしまえば、ボウガンと銃の戦いとなってしまう。そうなると政和はかなり不利な戦いを強いられることになるだろう。それに浩二の運動神経の良さは、おそらく運動部所属の政和よりも上だと思われる。武器も体力も劣っている自分は、正当な真っ向試合になった場合、浩二には勝てないだろうと悟ったのだ。
「くそ、どっちに逃げた? まて矢島!」
 まだ浩二は煙の中で喚いている。どうやらこのまま走れば逃げ切れそうだ。
 政和は少し肩をなで下ろし、途中で自分の荷物をすべて拾い集め、急いで雑木林の奥へと駆けていった。
 前後左右から伸びる木々の枝が、政和の進路を邪魔しようとしており、思うように前に進むことはできない。急がなければ、浩二に追いつかれると焦りながら、前方の枝を次々とかき分け進んだ。
 しかし政和の心配をよそに、幸いにも浩二たちは追いかけてくることはなかった。おそらく深追いは危険だと判断したのだろう。
 ふー、危なかった。
 念のために後方を振り返りつつ、初めての生命の危機を脱することができ、改めて安心した政和はその場に座り込んだ。
 コイツがあって助かった。
 政和は自分のポケットから、例の黒い球体の残りを取り出した。残る球体はあと二つ。
 北川太一殺害後、彼の荷物をあさった政和は、その時にこの煙幕弾を入手したのだ。何も考えずそれをポケットに入れておいたのだが、どうやらそれは正解だったようだ。万が一カバンの中にしまっていてでもしていたら、今も浩二から逃げることはできなかっただろう。
 それにしても、煙幕弾の効果は、政和の想像を遥かに超えて優れていた。ただ衝撃を与えるだけで、自動的に破裂するというだけでも優れものであったが、何よりも瞬く間に視界を完全に遮ってしまうほどの即効性は驚くべきほどだった。そのおかげでこうして上手く逃げ切ることができた。
 こいつは地味だが、意外と使えるぞ。
 政和は残りたった二回分しか残されていない、貴重な煙幕弾を、大切にポケットにしまった。
 しかし、杉山浩二は要注意だな。あいつはもう俺に危険を感じて警戒しているだろうし、何よりあいつにはずば抜けた運動神経と銃がある。向き合った戦いになれば苦戦を強いられるだろう。気になるのは奴等が言っていた『脱出計画』という言葉。いったいなんなんだ?
 政和はすこしの間考えていたが、すぐさまそれを否定した。
 ふん。なにが脱出計画だ。あれほど脱出防止策が何重にも張り巡らされているこのプログラムから、脱出する方法なんて、考え付けるはずがないじゃないか。そうだ。どうせ杉山達のハッタリだ。
 政和は自分に強くそう言い聞かした。だが直後なにやらただならぬ胸騒ぎを感じた政和は、とっさに身体を横に倒していた。その瞬間、森林内に銃声が轟き、音に驚いたカラスの大軍が、泣き叫びながらバサバサと空へと舞って行く姿が見えた。
 政和は頭を上げ、側の木の幹を見やった。するとそこに、明らかに人の手によって開けられたであろう、直径数センチほどの穴が、幹の内側へと一直線に伸びている様子が確認できた。それは明らかに銃弾による弾痕であった。弾痕の状態から察すると、とっさに身体を倒していなければ、今頃は政和の頭部を貫いていただろうといった弾道を想像することができる。
 再び舞い戻ってきた政和の緊張が、彼の顔中に熱い汗の滴を浮かび上がらせた。
「誰だ!」
 政和は銃を撃った主が誰なのかを確認するため、辺りを見回した。
「ああ惜しい! 命中したと思ったんだけどな〜」
 政和の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「ぬ、沼川!?」
 政和の声が裏返った。声のした方を振り向くと、そこには確かに、あの銃マニア、
沼川貴宏(男子17番)の姿があったからだ。


【残り 12人】



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