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 それはまさに願ってもいなかった遭遇だった。
 沼川貴宏、彼がやる気になっている人間だということは、出発前の分校での出来事にて分かっていた。
 銃が欲しければ、クラスメートだって殺そうと思えるその異常な精神には、身体を震わせずにはいられない。おそらく、政和たちとは根本的に、人の命の重さというものに感じている価値観が違うのだろう。そう思うと、目の前で銃を弄んでいる、その無邪気な姿でさえも、もはや子悪魔のようにしか見えなかった。
 政和は、貴宏は銃さえ手に入れれば、それで殺人を犯す気などなくなるのではないだろうかとも思っていたのだが、今政和に向かって、容赦無く撃ってきた所を見ると、どうやら殺戮はまだまだ止める気はないようだ。おそらく殺戮によって銃の性能を楽しんでいるのだろう。まったくタチの悪い奴である。
「ねぇ、矢島君の武器は何?」
 貴宏がヘラヘラと笑いながら聞いた。その余裕の態度に政和は苛立ったが、その気持ちをおさえ込み、冷静に反応した。
「俺の武器はボウガンだよ」
 そう言いながら、手に持っていたボウガンを掲げて見せた。ここはあまり貴宏を刺激しない方が良いと判断し、素直に対応する事にしたのである。
 だが、そんな政和に向かって、貴宏が放った次なる言葉は、またしても驚くべきものであった。
「なぁんだ。じゃあもう良いや」
 貴宏はそう言うと同時に、持っていた銃の照準を、またしても政和へと合わせていた。驚いた政和は、貴宏の手が引き金を引くよりも早く、その場から飛び出していた。
 バァン!


 銃声が響くも、またしてもそれは政和に命中しなかった。ギリギリ避けることに成功したのだ。しかしあと一瞬でも政和の反応が遅れていれば、確実に命はなかっただろう。
 貴宏の銃の腕前は本物であった。二発とも上手く政和にかわされはしたが、狙いはまさに完璧だった。マニアとしての銃の知識がそれを実現させたのだろう。
「おおっ! また避けた! すごいな〜矢島君。倉田さんなんかよりもすごい反射神経だよ!」
 貴宏の無邪気な言葉に、政和は引っ掛かりを感じた。
「倉田だと?」
 政和が口にすると、貴宏は自慢たらしく、
「そうだよ、倉田さんは僕が殺したんだ。あの子のときは一発で仕留めれたんだけどな〜」
 と返してきた。
 やっぱりあいつはもう人を殺していたんだ。
 政和は自分の鳥肌が立つのを感じた。しかし、そんな政和に構うことなく、貴宏は自分の自慢話を続けた。
「ちなみに僕は他にも、栗山さんと憲太君も殺してるんだよ」
 それを聞き、政和の緊張が更に高まった。
 なんだと! こいつもう三人も殺しているっていうのか? 俺よりも多いじゃねぇか!
 政和の中で、貴宏に対する恐怖感がだんだんと高まっていた。それは貴宏が三人もの人間を殺めていたということにもあるのだろうが、一番の理由は、殺害経験があるということよりも、そこまで人殺しに容赦が無いということに、恐れを感じてしまっていたからだろう。
 政和だって既に二人の人間を殺している。しかし、それも別に気分の良いことではなかった。人を殺すたびに自分は悪くないと言い聞かせ、やっとのことで平静を保っていたのだ。だが、貴宏はそれを必要としていない。むしろ殺しを楽しんでいるようにすら感じられる。そう考えると、貴宏は自分なんかよりも遥かに恐ろしい人物であると、政和自信がひしひしと感じてしまっていた。
「それでさぁ、皆を殺していくたびに、次々と新しい武器が手に入るでしょ。それがもう楽しくてしょうがないんだよ。あ、そうだ。僕が手に入れた武器、全部見せてあげようか?」
 貴宏は自慢話をまだ続けた。その様子は、教室内にいるときとまるで変わらない、普段の貴宏のままであった。
「まずこれが栗山さんを殺したときに手に入れた『コルトガバメント』のモデルガンだよ。本物みたいでスゴイでしょ〜。このモデルガンはもう何年も前に製造中止になっててね、今じゃものすごいプレミアがついてるんだよ」
 自慢げに語る貴宏だが、政和はそんな話など全く面白くなかった。今はただ、この向かい合った無邪気な殺人者から、どのようにして逃れるか、その方法のみを懸命に模索するのに必死だったのだ。
 ちなみに、政和と貴宏の間にはそれなりの距離があるため、ボウガンで一撃で仕留めようとするのも簡単なことではない。矢を連射できないボウガンでは、反撃を始める貴宏には全く対抗出来ないであろう。つまり反撃することが難しい今は、逃げることのみを考えるべきだ。貴宏が自慢話に夢中なこの時間が、政和にとって一番の逃走のチャンスなのだ。このチャンスを逃す訳にはいかない。
 そして政和はすぐにその方法を見出した。
「次にこれが憲太君を殺したときに手に入れた銃、『スミス&ウエスンM19』だよ」
 貴宏はポケットからもう一丁の銃を取り出しながら言った。しかし政和はそんな話など聞いていなかった。
 これだ! 杉山のときと同じように、この方法を使えば、銃なんか恐れずに逃げることが出来るぞ!
 政和はそっと手をポケットの中に忍ばせた。すると指の先が、何か固い球体に触れた。そう、銃を持った杉山からの逃走時に使用した、おなじみの政府特製煙幕弾だ。
 これで貴宏の視界を遮ってしまえば、いくら銃の扱いが上手かろうが、標的を簡単に撃つことなどできないはずだ。
 政和の鳥肌が徐々におさまりはじめ、顔にも安堵の表情さえもが浮かんできた。
 そんな政和の様子に気づくことも無く、貴宏はまだ自慢話を止めようとはしなかった。政和はこのチャンスを見逃さなかった。
 あばよ沼川。俺はここで逃げさせてもらうぜ。
 政和はポケットの中で煙幕弾をしっかりとつかみ、その手をすばやく抜き出した。
「そして今手に持ってるのが、倉田さんを殺した時に手に入れた『ワルサーPPKS 7.65ミリ』でぇ…」
 なおも自慢話に夢中で異変に気づかない貴宏に構うことなく、抜き出した煙幕弾を自らの足元へと叩き付けた。するとやはり、吹き出された白い煙が、一瞬にして政和の全身を包み込んだ。
 今だ!
 政和はこの隙にと、貴宏のいる方向とは全く別の方へと駆け出した。今貴宏から政和の姿は全く見えないはずだ。つまりいくら銃の腕が良かろうとも、簡単に命中させることが出来るはずはない。そう思い、安心して政和は貴宏に背を向けて駆けた。だがその直後だった。
 パラララララと、突如タイプライターを叩くかのような音が聞こえたと思った瞬間、政和の全身を、何か小さな物が次々と貫通していったのだ。
 政和は全身を貫通した物が何なのか、まるで見当もつかなかった。ただその開かれたばかりの傷口から発せられる激痛と、そこから吹き出すように流れ出る自らの大量の出血に、ただただ驚くばかりであった。
 そのまま走る力を失った政和は、まるで地面に吸いつけられているかのように、その場に倒れ込んでしまった。もはや立ち上がることもできない。
 政和は倒れ込んだまま、徐々に生命の灯火が小さくなっていくのを感じていた。どうやら血を流し過ぎたようだ。
「そしてこれが、同じく倉田さんを殺したときに手に入れた、『イングラム・サブマシンガン』だよ」
 遥か向こうで貴宏が、弾を発射したばかりのマシンガンを、自慢げに掲げている姿があった。
 そうなのだ。いくら標的の姿が見えなかろうとも、弾を連射できるマシンガンならば、さほど問題ではないのだ。つまり今回の件に関しては、貴宏がマシンガンを持っていた事に気がつかなかった、政和の誤算だったと言えよう。
 だが既に生命の灯火が消滅した政和にとっては、もはやどうでも良い事であった。


 
『矢島政和(男子22番)・・・死亡』


【残り 11人】



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