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 政和は相手に見つからぬよう、側の茂みの後ろに移動し、かがみ込んだ。反応が遅れたため、相手に気づかれたかも知れないと心配したが、幸いなことに、どうやら稔の方は政和の存在に気づいていないようだ。
 茂みの後ろに隠れた政和は、前方の薄い茂みの中心部に座り込み、辺りをキョロキョロとうかがっている稔の方へと目線を向け、他には誰もいないのかどうかを確認した。だがその周りには全く人の気配など感じられず、どうやら稔は単独で行動しているようだった。
 チャンスだ。
 政和は稔に対しての勝利を確信し、さらに確実に仕留めるために、矢がきちんとセットされているかどうか、ボウガンをじっくりと見て確認した。政和の心配をよそに、どうやらボウガンに異常などはなさそうだ。
 そう、あの虫も殺さぬかのような純粋な目を持つ稔でさえも、一枚仮面を剥いでやれば、その下からは恐るべき殺人者の顔を現すに違いない。俺はここで奴を成敗すべきなのだ。
 再び自分に言い聞かせる政和。しかし自分勝手に自らの罪を正当化しようとばかり考えている彼は、正義などとは全くかけ離れた、悪そのものであった。深層心理では政和自身もその事には気づいていたのかもしれないが、もはや彼も引っ込みがつかなくなっていたのだった。
 さて、いったいどうやって仕留めようか。
 政和は考えた。
 ここから稔までおよそ30メートル。ボウガンで遠距離から攻撃という手もあるが、さすがにこの距離からでは一発で仕留めることは難しそうだ。それに稔はああ見えて、すばしっこさはかなりのものなのだ。一発目の矢を外してしまえば、敵の接近に気づかれ、逃げられてしまう可能性が高い。
 しかしだ。かといってここから稔の場所まで気づかれずに接近することは、さらに困難を極めるだろう。
 くそぉ! いったいどうしたら良いんだ!
 今思うと、前に仕留めた二人のときは簡単だった。文月麻里は放心状態に近かったし、北川太一は完全に背を向けていた。そんな二人に気づかれず接近することなどたやすかった。しかし今回の稔は違った。注意深く辺りを見回し、しかも体も政和の方へと向いたままだ。これに気づかれずに接近することは相当難しいだろう。
 じゃあ、やっぱり一か罰か、遠くからボウガンで狙うのが最善の方法なのだろうか。
 政和がそう思いはじめた頃だった。なにを思ったか、稔が突如、自ら身体の向きを180度回転させたのだ。それはちょうど政和に背を向ける形だった。
 ラッキー!
 思ってもいなかったチャンスが訪れ、政和はついガッツポーズをとっていた。もはやクラスメートを殺すということに、なんの罪も感じていなかった。
 チャンスが訪れたとはいえ、稔が辺りを警戒しているという状態に変わりはない。動きやすいようデイパック等の荷物はその場に放置し、ボウガンだけを持って立ち上がり、出来るだけ息を殺し、ゆっくりとターゲットへと歩み寄った。
 背後への警護が全く行き届いていなかった稔の側へと近寄ることは、さほど困難な問題ではなかった。徐々に徐々に間を詰め、気づいた頃には残り10メートル弱。もはや政和にとってのボウガンの射程距離であった。
 ここからなら外さないぜ。
 にたりと顔に笑みを浮かべ、ボウガンを持つ右手を前に突き出し、狙いを稔の背中へと向ける。政和の存在に気づいていない稔に、それを回避する手段などはなかった。
 あばよ、桜井。
 政和は自信たっぷりに矢を放とうとした。だがそれは思ってもいなかった展開に阻まれた。
 政和が矢を放つよりも一瞬早く、側の大木の上から何者かが飛び降り、下で矢を放とうとしている政和の背中に向けて、強烈な蹴りをかましたのだ。
 突然感じた背中の激痛に、政和は前方へと倒れ込んでしまった。
「ぐわっ!」
 なにが起きたのか分からず、政和の口からは自然とうめき声がもれた。
 くそぉ! なんなんだいったい!
 自分の身に起こった出来事を確認するため、倒れながら政和は即座に後方へと振り返った。その瞬間、政和の身体は硬直してしまった。なぜならそこに、政和へと銃を向けている一人の男子生徒が立っていたからだ。
「浩二! それに…や、矢島君!? いったいどうしたの?」
 稔もようやく異変に気づいたらしく、突如現れた政和の存在に驚いているようだ。
「危なかったぜ稔。今コイツ、お前を殺そうとしてたんだぜ」
 木から飛び降り、政和を蹴り倒した張本人である
杉山浩二(男子11番)は銃口を政和の頭へと向けたまま、今起こった出来事を短く説明した。
 くそっ、なんなんだいったい。桜井は一人で行動してたんじゃなかったのか? だいたい杉山はなんで木の上なんかに登ってたんだよ。
 政和は形勢が不利な状態に陥ったことに苛立ちを感じつつ、今起こった出来事にいくつかの疑問を感じていた。
「ほ、本当なの矢島君!?」
 信じられないといった表情で、政和の顔へと目を向ける稔。しかし政和はそれに答えようとはしなかった。
「悪かったな稔。木の上から周りを見張ろうという考えはどうやら失敗だったみたいだ。木の葉が邪魔して意外と視界が悪くて、コイツの存在にも気づかなかった」
 浩二が喋りながら視線を政和へと向ける。
 なんだよ! ただ木の上に登って監視したただけかよ! 紛らわしいじゃねーか!
 稔が一人で行動しているのだと勘違いさせられた政和は、浩二が木に上っていた理由があまりにもくだらないものだったことに、さらに腹立たしさを感じた。
 しかしただ腹を立ててばかりはいられなかった。今政和は浩二に銃を突き付けられているのだ。そのうえ自分に殺意があることもばれてしまっている。まさに絶体絶命であった。


「さて、コイツをどうするべきか」
 今まで稔に向けていた友好的な目とは異なった、敵を怯ませるには十分すぎるほどの威圧感を放つ目線で政和を睨み付ける浩二。さすがにこれには恐怖を感じずにはいられなかった。
 ちくしょう。どうすればこの場から逃げ切れる?
 この絶体絶命の危機を乗り越えるため、政和は必死になって考えた。この状態ではもはや抵抗は無意味。逃げるほうが賢明だと判断し、政和は次々と案を頭の中に浮かべるが、そのどれもが上手くいきそうに思えなかった。
「逃がすの浩二?」
「ああ、こんな奴は俺達の脱出計画に加えるつもりはないし、かといって自分の手を汚すのもなんだしな。どこかに追い払うのが一番良いだろ?」
 浩二の言葉に、稔は「うん」と肯いた。
「よし、それじゃあ矢島。お前のその手に持ってるボウガン、それをここに置いて何処かに行け。お前がそんなもの持ってたら危ないからな」
 浩二の命令に、政和は反発の意を示した。
「はぁ? ボウガンを置いて行けだと? 馬鹿かお前? そんなこと俺が応じるわけねーだろ」
 そう強がるも、内心では浩二に恐れを抱いた政和は、緊張により額じゅうから汗をにじませていた。
 しかしそんな中、政和は浩二の発言の中に気になる一言が含まれていることに気がついた。
『脱出計画』
 なんなのだそれは? まさか、本当にこの島から脱出する方法があるとでも言うのか?
 だがそんな計画が実現しようと、今の政和にはもはや全く関係が無かった。浩二に敵と見なされた自分には、計画に便乗する権利は与えられないだろうからだ。
 とにかく、その話の真偽は気になるが、それよりもこの場から逃げ出すのが先決だ。
 未だに睨み付けてくる浩二の目を見ては、さすがの政和も徐々に緊張がピークに近づきつつあった。しかし、政和はここでついに脱出の糸口を切り開けるかもしれない、ある手段を見出すことに成功した。それは何気なくポケットに手を突っ込んでみたことがきっかけだった。政和のポケットの中に、ある“切り札”となる武器が入っていたからだ。
 北川太一殺害後、彼の荷物の中から抜き取った武器。直径10センチほどの真っ黒い球体。
『大東亜政府特製煙幕弾』
 これだ…!
 次の瞬間、政和はポケットに突っ込んでいた手をすばやく抜き出した。その手の中には例の黒い球体の姿があった。



【残り 12人】



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