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 雲一つ無い真っ青な大空に、太陽が浮かんでいる姿が見える。何処までも晴天が続いていそうにすら見えるその光景は、まさに日本晴れという言葉の象徴のようであった。
 その太陽に大地は明るく照らされ、気温も30度をこえるほどまで上昇。まさに夏真っ盛りといった感じだ。こんな日、人々はその暑さを嫌い、エアコン等で冷やされた部屋の中に閉じこもり、なるべく外に出ないようにするだろう。しかしクラブに青春を注ぎ込むことに生き甲斐を感じている少年少女達にとって、このような日は、むしろ絶好のクラブ活動日和だった。
 教室の窓から顔を出すと、水泳部が25メートルプールで泳ぎ、テニス部がコートの中で打ち合い、サッカー部がグラウンドでドリブルの練習をしているという、そんなそれぞれの青春の一ページを覗き込むことが出来る。皆表情が生き生きしており、まさにクラブを楽しんでいるようだった。
 窓からそんな光景を見ていた、2年生のとある男子は思った。
 こんな暑い日に、そんなに真剣に練習して、馬鹿じゃねぇの?
 バリカンで綺麗に丸めた頭からうっすらと汗をにじませながら、政和はすっかり帰り支度を整え、さっさと教室を出て行こうとした。
 彼は一年の頃から野球部に所属していた。もちろん今も退部してはいないが、積極的にはクラブに参加してはいなかった。入部直後は毎日がんばってクラブ活動に励んでいたのだが、そんな日が続くにつれて、だんだんと面倒くさくなり、休む回数も徐々に多くなっていったのだ。いかにも熱血漢の野球小僧といった外見とは裏腹に、彼は意外とあっさりとした性格だった。
 そして本日も、彼はクラブを休むつもりだった。しかし、政和が荷物を持って教室を出たとたん、偶然そこに通りかかった野球部の先輩に遭遇してしまった。
「おい矢島! なにしてるんだ!」
 こっそり帰ろうとしているのがばれ、政和はチッと舌打ちした。
「なにって、帰るんスよ」
 全く臆することも無く、堂々と答える政和の様子を見た先輩は、気を悪くしたのか、表情を強張らせた。
「お前、無断で練習をサボるつもりだったのか! いいか、今は大会前の一番重要な時期なんだ。多くの強豪校に勝ち、優勝まで駒を進めるために、誰一人練習をサボることなど許されないんだぞ。お前だってその事は分かってるだろ!」
 同じく丸めた頭から汗をにじませながら、先輩は上の者のかんろくを見せ付けようとしているかのように、政和に向かって強く言い聞かせようとした。しかし、これに政和は良い思いなどを抱くことなどはなかった。
 なに熱く語ってるんだ、こいつ。今時“熱血”なんて言葉が流行ってないってことも知らないのか? 大体こいつら、普段から「高校行ったら甲子園目指すぞ」とか言ったりして、本当に馬鹿なんじゃねぇの? 夢の見過ぎだっての!
 思ったことをすべて口から吐き出したい衝動に駆られたが、さすがにそれはマズイと思い、寸前で口を抑えた。しかしすべてを抑えることはできなかったのか、その一部をうかつにも口からもらしてしまった。
「そんなに必死にならなくても、もっと気楽で良いんじゃないスか?」
 もれた言葉は、政和の思ったことを抽象的に変えていたため、そこまで大胆な発言ではなかったが、それでも先輩の怒りを増幅させるには十分すぎたようだ。先輩はみるみると顔を真っ赤にし、怒りに表情を歪ませていた。
「うるさい! いいからお前も来るんだ!」
 半ばヤケになったかのような口調で、先輩は強く言い放ち、政和の手を引っ張っていこうとした。だが政和は石のようにその場から動こうとせず、抵抗の意志を見せた。
「てめぇ、いいかげんに…」
 先輩が再び言葉を吐き出し始めた瞬間、突如感じた頬の衝撃に、思った言葉を最後まで言い切るのを邪魔された。政和が振るったの拳が頬に直撃していたのだ。
「俺は別に野球が好きなわけじゃないし、練習なんてごめんなんスよ! 俺なんか放っておいて、さっさと自分だけ練習に戻…」
 しゃべっている途中、今度は政和の頬に向かって先輩が放った正拳が、政和の言葉を中断させた。
「いい気になってんじゃねーよ、てめぇ! ぶっ殺してやる!」
 先輩は政和に飛び掛かってきた。それを見た政和も、臆することなく対抗した。
 二人は廊下の真ん中で転げまわりながら、お互いの体を傷付け合った。
 誰もいない放課後の廊下で起こったその出来事は、誰の目にも留まることは無かった。
 およそ一年前の7月に起こった出来事であった。

 
矢島政和(男子22番)は、今プログラム会場にいる。
 プログラム。政和にとっては一年前の出来事以来の戦いであった。とはいっても、今回は以前の格闘とは比べ物にならぬほど、相当質の悪い戦いである。なにせこのプログラムのルールといえば、生き残った最後の一人だけが家に帰れるというものなのだ。以前の格闘も真剣勝負ではあったが、今回はそれをもさらに凌いでいる。生命を賭けた戦い、これほどに質の悪いものはない。
 しかし、このプログラムに巻き込まれてしまった以上、クラスメートを殺すのはやむおえない。そう、“やむおえない”のだ。
 政和だって喧嘩はするが、さすがに殺し合いまでは望んでいない。しかし一番の希望は自らの生存である。それ以外のなにものでもない。
 普段からクラブ活動をサボり気味であった政和は、野球の腕に関してはそれほどのものではなかったが、もともと持ち備えていた体力には自信があった。そのため、プログラムで生き残るということに、絶望などは感じていなかった。むしろ生き残れるかもしれないというかすかな自信と希望すら持っていた。
 そんな彼、すでに二人のクラスメートを殺している。文月麻里と北川太一の二人だ。
 さすがに殺人を犯したとき、あまり気分は良くなかった。クラスメートに向かって、躊躇なくボウガンの矢を放つ自分の姿を想像しただけで、とてつもない嫌悪感すら感じた。しかし政和が葬った二人も、すでにクラスメートを殺害経験のある殺人者だったことを政和は知っていた。
 文月麻里は、がり勉女の島田早紀と、さらには友人であったはずの牧田理江までもを銃で撃ち殺した。
 それから北川太一。彼もクラスメートたちに信頼を抱かれていた柊靖治を断崖絶壁から突き落とし、殺した。
 つまり、自分が殺したのは、人を殺めた罪深き者ばかり。よってそれらに制裁を下すことは当然の行為であり、自分自身は悪くないのだ。
 政和は動揺する自身の心を押さえるため、自分に向かって何度もそう言い聞かせてきたのだった。
 しかし今ではもう決心がついた。
 生き残りはもう少ない。あと少し、あと少し頑張れば、自分はこの地獄から生還することができるのだ。
 そうだ、自分は悪くないんだ。考えてみろ。すでに20人以上のクラスメート達が死んでるんだ。となると、今生き残っている奴等は、ほとんどが殺人を起こした罪深き者達であるに違いない。それなら、俺がそいつらに制裁を下すことに、何の罪も無いだろう。
 そう思うと、政和は俄然やる気が沸いてきたような気がした。
 矢をセットした状態で、いつでも標的を仕留める準備を整えたまま、薄暗き雑木林の中を進む。
 この林のどこかに、罪深き者がいるかもしれないと思うと、不安と緊張がだんだんと高まっているように感じた。そう、政和は狩る者であり、狩られる者でもあるのだ。仕留めることばかりに集中し、仕留められてはあまりにもマヌケだ。
 意識を高めながら、慎重に進む。辺りに人の気配はないかと集中し、余計なことは考えないように気をつけた。
 静まり返った森林の中、何か物音がすればすぐに気づくはずだ。
 そう思い、耳を澄ましていた政和。しかしそれらしき物音などが聴こえてくることは無かった。
 この辺りには誰もいないのか。
 政和がそう思った瞬間だった。視界に何者かの姿が入ってきたのは。
 誰だ?
 はるか向こうの茂みの中でジッとしゃがみこんでいる人物へと意識を集中させ、目を凝らした。政和の優れた視覚にとって、その正体を知るなど造作もなかった。あの小さな身体、そして幼さの残った顔、間違いなかった。その正体は
桜井稔(男子9番)だった。


【残り 12人】



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