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「きゃぁぁぁぁ!」
 小枝は狂ったような叫び声を上げながら逃げようとしていた。だがこの距離で須王から逃げられるはずがなかった。須王が手を伸ばし、逃げる小枝の襟首を掴むと、まるでウサギでも捕まえたかのように自分の方へと引き寄せた。
「まさか俺から逃げられるとでも思ったか?」
 小枝の耳元で静かに囁くようにそう言っているのは、まだ茂みの中にいる靖治の耳にも聞こえた。その須王の低いトーンで囁いた声に靖治は震えた。慈悲も何も感じられない、悪に染まりきったその声は完全に殺人者の声であった。
「いやぁぁぁぁぁ! 殺さないでぇぇぇぇぇ!」
 小枝が必死に叫ぶが、それが気に触ったのか、須王は表情を激しく歪ませながら、チェーンソーのスイッチを入れた。
 ヴィィィィィィン!
 チェーンソーが気味の悪い音をたてながら高速回転を始めた。
「お前みたいな雑魚はさっさと死んでおけ!」
 須王は左手で小枝の襟首を掴みながら、右手でチェーンソーを操り、回転する刃が小枝の喉元にあたるようにと移動させていった。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!」
 小枝はさらに狂ったような声を上げながら、自らの喉元へと接近してきている機械の刃へと必死に視線を向ける。両手は須王の腕を掴みそれを阻止しようとするが、腕力に差があり過ぎた。小枝の細い腕では須王の動きを止めることなどはできなかったのだ。
 靖治はもう我慢ができなかった。自分自身の死など恐れている場合ではない。今はとにかく目の前で殺されかけている、何の罪も無いか弱い少女を助けなければならないと思った。そう、今度こそ無駄に命を落とそうとしている者を助けるのだ。
 靖治は立ち上がった。
「止めろ、須王!」
 靖治は須王を睨みつけながら言った。そしてこのとき、須王の顔の火傷に気がついた。どういうわけであのような火傷を負ったのかは分からないが、とにかくそれが須王の表情をより一層不気味に仕立て上げていた。
 須王はすぐに視線を靖治へと向き変えた。
「なんだ。柊じゃないか」
 須王は靖治の存在に気がついても、全く臆する様子はなかった。その靖治が銃を構えていてもだ。
「まさかその銃で俺を倒すつもりか?」
「ああそうだ。そうされたくなかったら坂東さんをすぐに放すんだ!」
 混乱していた小枝も靖治の存在に気づいた。
「ひ、柊くん助けてー!」
 小枝は泣き叫んだ。
「放すわけないだろ。馬鹿かお前?」
 須王はそう言うと同時に、捕まえていた小枝の身体を引っ張って自分の前へと移動させた。そう、それはちょうど小枝の身体が須王の盾になるような形だった。
「何をする気だ!」
 靖治はそれを見て言った。
「いいから撃ってみろよ。もちろん坂東に当てずに俺に当てる自信があればの話だがな」
 須王が口の端をつり上げて言った。
「くっ! このっ!」
 靖治は自信が無かった。いくら小枝の身体が長身の須王よりも一回りも二回りも小さく、須王の全身を隠しきれていないとはいっても、一度も銃を撃ったことがない自分が、小枝に当てず須王のみに当てることができるとは思えなかったのだ。須王もそれを知ってかそこを突いてきたのだ。


「おい柊。その銃をその場に捨てろ。そうすればコイツは助けてやってもいいぜ」
 突然、須王がこう要求してきた。しかし靖治は急なその要求に、すぐに答えを返せるはずがなかった。
 この銃を捨てるだって?
 靖治は自分の手の中にあるジグ・ザウエルへと視線を移した。
 理枝に託されたこの銃。これがあればもっとも危険な人物である須王をこの場で倒すことができるかもしれないのだ。しかし自分にはそれを成功させる自身はない。それにこれをここで捨てれば小枝は助かるかもしれないのだ。もちろん、あの須王が約束を守るかどうかは分からない。しかし今小枝を助けるにはこうするしかない。
「分かった」
 靖治はそう言うとジグ・ザウエルが足元に落とした。
「これで良いんだろ。さあ、坂東さんを放すんだ!」
 すると須王はまた再びニヤリと笑い、
「そう、それで良いんだよ」
 須王は一気にチェーンソーの刃を小枝の首元に当てた。同時に小枝の首の皮と肉が一気に切り裂かれ、切り口から真紅の血液が噴き出した。
「ハーッハッハッハ! ホント、お前は馬鹿だな柊!」
「す、須王お前!」
 靖治はすぐさま足元に落としたジグ・ザウエルを拾い上げた。そしてそれを須王に向け発砲した。だが須王はすかさず小枝の身体を操り、その身体で銃弾を防いだ。小枝の右胸辺りから血の噴水が上がった。
「前から知っていたがお前はホントに馬鹿な男だよ! 俺がそんな約束を守るわけがないだろ!」
 須王は嘲笑した。その姿に靖治は怒り以外は何も感じてはいられなかった。
「くそぉ!」
 靖治は次々と発砲するがそのすべてが小枝の身体によって遮られてしまう。数発撃ったところで、靖治が何度引き金を引いてもジグ・ザウエルからはカチカチという音しか鳴らなくなった。装填されている弾が切れたのだ。
「ハハハ。弾が切れたようだな。じゃあこの隙に俺は退散させてもらうか。いずれは覚悟しておけよ、柊」
 その言葉を最後に須王はその場から駆け出した。襲い掛かっては来なかった。どうやら靖治が銃をもう一丁持っていることに気づいていたのだろう。
 靖治は急いで腰のコルト・ハイウエイパトロールマンへと手を伸ばした。すぐにそれを須王に向けて二発、三発と発砲したが、いずれも当たることはなく、そのまま見失ってしまった。
 靖治はうなだれた。
 また助けることができなかった…。
 側には首と身体を皮一枚で繋ぎ止めている小枝の無残な死体が転がっていた。
 靖治はもう泣きたくはなかったが。小枝のその姿を見て泣かずにはいられなかった。
 いつのまにか辺りはすでに真っ暗闇に包まれていた。


 
『坂東小枝(女子17番)・・・死亡』


【残り 19人】



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