61


 何時のころだったかプログラムが開始するよりも昔の話。靖治は教室の外の廊下の人だかりの中に紛れていた。
 この人だかりを構成しているのは靖治と同学年の生徒達である。ただし靖治と同じA組の生徒はそのうちの何分の一かに過ぎなかった。そして皆の視線はとある一点に集中していた。
 廊下の掲示板に貼られた一枚の掲示物。とはいってもただの白黒プリントされた紙切れなのだが、とにかくその紙切れは皆の視線を集めていた。
 掲示物には上から一列にAからDのアルファベットと、そのとなりに生徒達の名前が順に50並べられている。AからDのアルファベットはその生徒が属しているクラスを表しているということは誰もがすぐに分かるはずである。また上から順に1から50の数字がつけられているのも確認できる。そう、この数字は順位を表しているのだ。
 もう分かっているとは思うが、この掲示物は学年全体での学力試験の上位を掲示しているのである。年に三回行われるこの学力試験。終了とともにすぐに採点が行われ、その結果がこの場所に掲示されるということはもう誰もが知っている。そして今回、3年になって最初の学力試験の結果を生徒達は確認しに来ているのだ。
 さすがに7回目となると、掲載されている名前にも見覚えのある者が多い。上位50位までに入る者は毎回ある程度はきまっているからだ。要するに上位入賞者は常連が多数を占めているということだ。
 上位50位までに食い込んでいる者のうち、靖治と同じA組の生徒は7人。4クラスで構成されている我が学年、50人中7人しかランクインしていない今回はちょっと少なめだ。担任の渡辺先生はまた頭を抱えなくてはならないだろう。靖治はその光景を思い浮かべ苦笑した。
「やっぱお前はスゲーな、靖治」
 靖治は肩に手を乗せてそう話し掛けてきた者の正体を確かめようと振り向いた。
「なんだ浩二か」
「なんだとはなんだよ。せっかく人が誉めてやってるっていうのによ〜」
 話し掛けてきた者の正体である
杉山浩二(男子11番)は、少し怪訝そうな顔をして言った。その脇では桜井稔(男子9番)が苦笑している姿が見える。
「しかし毎回スゲーよなお前は」
 浩二はそう言いながら再び順位表へと視線を戻した。浩二の視線の先には『13 A 柊靖治』と表記されていた。
「13位か〜。俺も一度くらいそのくらいいってみたいよな〜」
 そう、靖治はこの学力試験の50位内に入る常連だったのだ。そして今回の順位は驚くなかれ13位。学年全員で二百人近くいるこの飯峰中の中では、まさに憧れの的といってよい順位であった。
 しかし靖治自身にはそれが憧れの的であるという実感はなかった。というよりも靖治は試験の順位などで人間の良し悪しを判断することはできないと思っていた。今、靖治を目の前にして羨ましがっている浩二にしてもそうだ。確かに順位で良い成績を残した事はないかもしれない。しかし浩二は本当はただ者ではなく、かなりの切れ者であることは親友の靖治は知っていた。それにずば抜けたスポーツセンスがある。対して靖治自身はどうなのか。答えは否。確かに努力して結果は残しているが、それは才能という訳ではない。自分の駄目な部分を穴埋めしようと必至になっているだけなのである。
 浩二の隣の稔に関しては、靖治は自分と同じ系統の人間だと思っている。確かに結果は残せてはいない、しかし自分の穴を埋めようと必至になって努力している点は靖治と同じだった。それも靖治以上の努力をし続けている。ここまで必至になることが出来る人間をこれまでに靖治は見たことがあっただろうか。
 そういうわけで靖治は自分を“良く出来た人間”などと思えなかったのである。自分のことを悪く言うなら、さながら“結果だけで自分をアピールしようとする人間”であろうか。嫌なフレーズである。
「僕も一度くらいランクインしてみたいな〜」
「ほんとほんと」
 隣で羨ましそうに掲示を見つめる浩二と稔。
 ああ、なんて事だろう。自分なんかよりも出来た人間がいるというのに、何故いつも結果として残せるのは自分なのだろう。
 ちやほやされても天狗になることができない靖治は、もし神がいるのならすぐに抗議しに行きたいとさえも思った。
 試験結果だけのことではない。クラスの中には自分よりも出来た人間というのはいくらでもいるのだ。なのにどうしてかクラス中の人間は、なぜか靖治に慕ってくる。
 違う。自分はそんな器ではない。みんな何か勘違いしているんだ。
「おお、やっぱ今回も靖治がランクインしたか」
 側で
名城雅史(男子16番)の声がした。
「やっぱりお前はすごいな〜」
 まただ。雅史も勘違いをしている。どうして皆、俺を過剰評価するんだ。
「何言ってるんだよ。そういうお前だって今回成績良かったんだろ。知ってるんだぜ。惜しくもランクインはできなかったみたいだけどよ」
 と言ったのは浩二だった。すかさず雅史、
「そう言うお前だって、本当はちょっとがんばればランクインなんて楽勝なんだろ」
「ば〜か。そんな訳ないだろ」
 しかし浩二は笑顔だった。
「稔だってランクインしたっておかしくないくらいがんばってるし、みんないつかはランクインできるさ」
 靖治は気づいた。
 なんだ。みんなお互いに評価してるんじゃないか。別に自分だけが特別扱いされているわけじゃないんだ。なんで今までこの事に気が付かなかったのだろう。
 靖治は今、自分の視野が狭かったことに気が付いた。そしてちょっと嬉しかった。
 そうだよ。皆良い所はあるんだ。そしてお互いに気づいてるんだ。
 靖治は思った。

 仲間って良いな。



【残り 19人】



トップへ戻る   BRトップへ戻る   60へ戻る   62へ進む

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送