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 雅史は林を抜けた。あの薄暗い空間から開放されたのは、実に何時間ぶりであろうか。すっかりと昇った日の光が雅史に降り注いだ。
 林を抜けると、そこには小さな集落があった。集落とは言っても、十数軒の小さな小屋のような建物が並んでいるだけの場所である。そのほとんどが木造建築であり、古風な雰囲気が辺りには漂っていた。また、住居と思わしき建物の側に、数本の柿の木が植えられていた。秋になると立派な実をつけるのであろう。
 雅史は念のために、ポケットに折りたたんで入れておいた地図を取り出し、その場所が禁止エリアになったりしないかどうかを確かめた。当然大丈夫であったのだが、再び確認することによって、雅史は多少ホッとした。
 だがまだ安心することは出来ない。本当に恐ろしいのは、やる気になった生徒が辺りに潜んでいるかもしれないという可能性である。数時間前の島内放送の後にも、数回銃声が聞こえてきたのだ。最悪の場合、放送の後にも何人かが殺されているのかもしれない。
 この十数軒の小屋のどれかに敵が潜んでいるという可能性も、十分に考えられるのだ。
 雅史は一軒一軒確認することにした。もちろんそれは危険を伴う行為なのだが、もしかするとこの近くに、靖治、浩二、稔、この三人がいる可能性も無いとは言い切れないのだ。
 雅史は一番手前の民家の側に忍び寄った。そして窓から少しだけ頭を出して中を覗いた。誰もいない。もちろん窓から見えない場所に潜んでいるのかもしれないが、その民家の周りを一周回ってみたところ、人が入れそうな場所すべてに、人がしばらく出入りした形跡などは見られなかったので、その民家内には誰もいないだろうと結論づけた。
 次にその民家の隣に立つ小屋(隣とは言っても、その民家とは十メートル以上の距離は開いていた)に忍び寄り、同様の手順で調べてみたが、そこにも人の気配はなかった。
 雅史は7、8軒ほどその手順で見ていったが、やはり人の気配はない。
 ここには誰もいないのだろうか?
 雅史がそう思いはじめ、9軒目を調べに行こうとしたときだった。9軒目の建物に近づいたとき、雅史の耳にヒソヒソと小さな話し声が聞こえてきたのだ。
 雅史はその声の主の正体を確かめようと思った。耳をすまし、まずはどこから声が聞こえてきているのかを確認しようとした。すると、おそらく9軒目の建物の裏側から聞こえてくるらしいと分かった。しかし、まだその声の主が誰で、そして何人の声であるのかまでは分からなかった。しかしこれだけは分かった。声の主たちは複数集まったグループであるということだ。会話しているという時点で分かっていたことなのだが、聞こえてきた声が複数であったことから確信をもつことができた。
 雅史はとにかく、その声の主が誰なのか知りたかった。そこでその声の方にもっと近づいてみることを決意した。もちろん正体不明の人物に近寄ることは恐ろしかったのだが、いつまでもそんなことばかりを考えていては状況が良い方向へ進むことはない。正体を知るしかないのだ。
 とは言っても真っ向から堂々と近づくことはできなかった。雅史は足音を立てないように、ゆっくりとゆっくりと壁沿いに進んでいった。
 壁の端まできた。ここを曲がったところに声の主たちがいるのだ。雅史は再び耳を澄ました。すると先ほどよりも近づいたせいもあり、話の内容が手にとって分かるくらいにまで鮮明に聞こえてきた。

「やっぱここにもいないみたいだな」
「じゃ、じゃあ次の場所に行ってみる?」
「ああ」
「死んじまった奴はもう帰ってこねえんだ。いいかげんあきらめて元気だせよ。」
「そ、そんな言い方しなくても…」
「あら、あたしは今も元気よ」
「ああそうですか」

 声の主の正体が分かった。ぶっきらぼうな男の声。おどおどしゃべる男の声。気の強そうな女の声。
それは剣崎大樹(男子7番)坪倉武(男子13番)新城忍(女子9番)の3人の声であった。
 この3人は手を組んでいるのか?
 雅史は少し意外に思った。大樹と忍が組むのは十分に考えられる話である。何せ2人は同じ空手道場に昔から通う、ちょっとした幼なじみのような間柄である。お互いよく知った者どうしなので、その2人が組むのはおかしな話とはいわない。
 問題はなぜこの2人に武が加わっているのかという点だ。雅史は武と大樹、もしくは忍とを結ぶ関係を考えてみたが何も思い浮かばない。全く奇妙な組み合わせだと思った。
 ただ、彼らの目的は会話の内容から大方は把握することが出来た。どうやら誰かを探しているらしかった。
 思った。今の自分と同じであると。
 もしかすると、大樹たちはこのゲームに乗る気は無いのかもしれない。もちろんこれだけのことでそう判断するのは安全とは言えない。しかし、ゲーム始まって以来、2度の襲撃をうけた雅史にとって、普通に会話できている3人が、まともな人間にしか感じられなかったのだ。
 雅史は思った。もしかしたらあの3人のうち誰かが、靖治や浩二や稔を見たかも知れない。
 雅史は迷った挙げ句、3人の前に姿を現すことを決意した。
 一歩前に踏み出すと、そこにはやはり、大樹、武、忍の3人の姿があった。
 雅史が姿を現したことに、忍が最初に気づいたようだった。
「名城」
 その声に反応し、大樹と武も雅史の存在に気づいたようだった。



【残り 26人】



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