39


 麻里は膝の上に理江の頭を乗せたまま、全く動こうとしなかった。守るべき人を失った今、これから自分はどうしたら良いのかが分からないのだ。
 ふと、地面に落ちたグロックが麻里の視界に入った。理江の命を奪った銃である。麻里はそれを拾い上げた。そしてそれを少しの間見つめていた。
 この銃が…この銃さえなければ、理江は…。
 麻里の怒りは、今度はグロックに向けられた。
「こんなもの!!」といった感じで、麻里はグロックをおもいっきり投げた。投げられたグロックはそのまま、林の奥へと消えていった。
「ううう…理江ぇ!!」
 銃を投げ捨てたとたん、麻里の悲しみが舞い戻ってきた。
 麻里は自分の制服が血で汚れることなど気にせず、とにかく理江の体をギュッと抱きしめた。まだ理江の体には体温のぬくもりが感じられた。
 その時、急に麻里の肩に衝撃が走った。麻里がハッとして自分の肩を見ると、そこには一本の棒が突き刺さっていた。その棒の先には羽のようなものが付いており、それでその棒が何なのかは麻里にもすぐに分かった。それは矢であった。そう、誰かに射られたのである。
 麻里の肩には矢が深々と突き刺さっており、そこから麻里の血がにじみだしていた。とは言っても、そんなに大量の血というわけではなかった。しかし傷口が深いということには変わらないので、その矢を肩から引き抜くと、ものすごい量の血が溢れ出すのだろう。
 麻里はあまりの痛みに耐え兼ね、理江の体を放し、自分の肩を手で押さえた。触れてみると、血がにじみ出てきている様が、手の触覚でも確認することが出来た。
 ガサッ
 奥の茂みから男子生徒が飛び出してきた。ほとんど坊主頭に近いくらいに髪を丸く刈り込んだ頭、間違いない。野球部の
矢島政和(男子22番)だ。
 政和は麻里の方に向かって走り寄りながら、手に持ったボウガンを構えた。狙いは完全に麻里である。
「いやぁーーー!!やめてーーー!!」
 政和はボウガンの矢を放った。しかし、その矢は麻里の頭の横を通過し、後ろの木に突き刺さった。政和はボウガンの矢をセットし直しながら言った。
「なにが『やめて』だ!!お前だって牧田や島田を殺ったんだろ!!俺は見てたんだぞ!!」
 政和はおそらく、こちらの騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだろう。そして、麻里が理江と早紀を銃殺した現場を目撃したのだ。
「お前だって2人も殺してるくせに、自分だけ死にたくないとかほざいてんじゃねぇー!!」
 政和がセットし終えたばかりの矢を、麻里に向かって再び放った。しかし、走りながら放った矢だったので、またしても狙いが狂ったようだ。しかしそれでも、矢は麻里の腿に命中した。
「痛いぃぃぃぃぃ!!」
 麻里が泣き叫んだ。矢は麻里の腿を貫通して刺さっていた。
 命の危険を感じた麻里は、政和に応戦したかったが、グロックも何処かに投げ捨ててしまった後、肩にも腿にも重症を負った麻里に、反撃の手段はないように思われた。しかし、麻里は見つけた。足元に転がっている催涙スプレー、そう、早紀の武器である。
 もしかしたらこれで何とかなるかもしれない。
 麻里はすぐさまスプレーを拾い上げた。
 政和は再びセットした矢を放った。今度は外れた。外れた矢は麻里の足元の地面に突き刺さっていた。
 次が勝負だ。
 政和が矢をセットしながら、もうすぐそこまで走り寄ってきていた。ここまで近づかれた今、いくらなんでも次は矢が外れるということはないであろう。つまり、次の一瞬が生きるか死ぬかの勝負である。
 政和と麻里の間の距離、今やもう5メートルほどである。政和がボウガンを麻里に向けた。
 今だ!
 麻里はスプレーを持った手を上げ、政和の顔に向かって噴射した。しかし、政和は目をつぶってそれをかわしてしまった。
「てめぇみたいなトロくせえ奴のする事が見切れねぇわけねぇだろ!!」
 近距離から政和が矢を射た。それが最後だった。
 麻里の手の中にあったはずの催涙スプレーは地面の上に落ちた。そして麻里は、矢が貫通した首から血を流しながら、理江の体の上に倒れた。その瞬間から、麻里の意識がだんだんと薄れていった。
「理江…。良かった…。私もすぐに理江のいる所へ行ける…」
 麻里はこれで良かったのだと、薄れ行く意識の中で思った。

 政和は辺りに散乱した、麻里、理江、早紀の荷物をあさったが、たいした武器もないことが分かると、水と食料だけを持ってその場を去った。
「絶対に俺が、このゲームの生き残りになってやる!」
 去り際にそう言った。



 
『文月麻里(女子19番)・・・死亡』


【残り 26人】



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