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 森林の中をゆっくりと歩く、二人の女生徒の姿があった。
 あどけない顔をし、ゴムで左右の髪を縛っている方の女生徒、
文月麻里(女子19番)は、二人分の荷物を右側の肩にかけながら歩いている。
 それほど体力に自信があるわけではない麻里にとっては、さすがに二人分の荷物を持つとなると、相当重いらしく、息は荒くなっており、少し歩くのでさえも大変そうに見える。しかし、歩くのが大変なのは荷物のせいだけではない。麻里の首の後ろには、髪を長めに伸ばし、3年A組でも一位二位を争う美形の女生徒、
牧田理江(女子20番)の右腕が掛かっていた。
 別に理江が麻里の首を絞めているということではない。麻里が理江に肩をかしているのだ。つまり麻里の肩には荷物の重み以外に、理江の体重までかかってきているのだ。麻里が持っている二人分の荷物というのも、麻里と理江の二人分の荷物である。
 なぜ麻里はこんなことをしなければならないのか。それはこのゲームが始まる前、分校内での出来事が原因である。
 忘れもしない、榊原が教室に入ってくるなり、いきなり理江の右足を蹴り、そして骨折させた一件だ。そのせいで、理江は片方の足が折れた状態では、一人ではまともに歩くことすら困難であり、もちろんその状態で荷物を持ちながら歩き続けるなど不可能となったのである。
 理江は麻里の一番の友人である。いくらこれが殺し合いゲームの最中だといえ、麻里には理江を見殺しにする事などできなかった。

 麻里の出席番号は理江の一つ前である。ゲームがスタートし、分校を出発する際は、麻里の次の次に出発するのが理江であった。二人の間に出発したのは
柊靖治(男子19番)一人だけであったため、それをやり過ごして合流するのはさほど難しいことではなかった。
 麻里は靖治をやり過ごすと、再び分校内に忍び込み、教室から出てきた理江に自分の肩をかして、そこからずっと理江と肩を組みながら歩いてきたのだ。
 靖治をやり過ごさず、事情を話して協力してもらうという選択肢もあったのだが、麻里はあえてそれは選ばなかった。
 生き残れるのは一人だけであるという状況の中、靖治がもしかしたら自分たちを殺そうとするかもしれないいう心配も、本当に少しはあったかもしれないが、おそらく靖治の人格から考えると、まずそれはないであろう。
 むしろ麻里が靖治に協力を求めなかった本当の理由は、この殺し合いゲームの中、怪我をした理江と、それを助けようとしている麻里自身が、靖治にとって足手まといになってしまうことが目に見えていたからである。
 おそらく善人であろう靖治の足を引っ張りたくはなかったのだ。
 麻里にはそういう理由があり、理江は自分一人で助けようと決断したのだ。しかし、実際に自分に理江の体重と、荷物の重みがかかってくると、さすがに辛かった。


「っつぅ!!」
 理江が顔をしかめた。足が痛むようだ。
「理江、大丈夫?」
 心配した麻里が理江に小声で言った。
「大丈夫よ」
 理江はそう言うが、表情は明らかに険しかった。
 おそらく理江がそう言ったのは、なるべく麻里に心配させたくなかったためだろうが、同時に、理江の気の強い性格もそう言うことの後押しをしたのかもしれない。しかし、麻里がそんな一言で安心するはずもなかった。
「無理しないでいいんだよ。少し休む?」
「ありがと。でもアンタになるべく迷惑かけたくないし、私は大丈夫だから」
 しかし相変わらず表情が険しい理江を見て、麻里は休んだ方が良いと判断した。
「だめだよ理江。その足一度休憩しながら見た方がいいよ」
 麻里の意見に理江が再び反論するかと思ったが、理江は小さくコクンと肯いた。本当に足の痛みが辛かったのだろう。
 麻里はあたりを見渡して、他の生徒に見つかりにくそうで、なおかつ休憩できそうな場所がないかを探した。丁度すぐ先に薄い茂みに囲まれた、見つかりにくそうな場所があったので、麻里は理江に気をつかいながら、ゆっくりとその場所へと歩いていった。
 途中で何度か理江は一段と厳しい表情をしたが、一度も「痛い」という言葉を口にはしなかった。

 場所に着くと、腰をかけるのに丁度いい大きさの岩があったので、麻里はまずそこに、ゆっくりと理江を座らせた。立っていたときよりは楽なのか、理江の表情が多少穏やかになった気がした。
 その次に麻里の右肩から荷物を降ろした。体中の重みが一気に消え、麻里自身も少しホッとした。休憩することは麻里自身にとっても必要だったようだ。
 理江が座っているような岩は周りにはもうなかったので、麻里は適当に雑草が茂った地面の上に座り込んだ。
 麻里は理江の足を覗き込んだ。折られた部分が紫に変色していた。
 理江が痛がらないように足にそっと触れてみると、少し熱をもっているのが確認できた。かなりの重症である。
「麻里、本当にごめんね。私が怪我なんかしなかったら、こんなに大変なことにはならなかったのに」
 理江が本当に申し分けなさそうに言った。
「何言ってるの理江。私は理江の親友だよ。私が理江を助けるのは当然のことだよ」
 麻里はなるべく明るく言った。お互いに暗くなるのは避けたかったからだ。
「でも、やっぱり迷惑はかけてるわけだし」
「そんなことないよ!!」
 麻里は理江の言葉に対して即答した。少し声が大きくなってしまっていたかもしれない。
「むしろ今まで私が理江に迷惑かけてきてたじゃない。私って理江みたいに活発じゃないし、頭もよくないし、ドジだし、今まで私は何度も理江に助けてもらったじゃない。私が理江に謝られる義理なんてないよ」
 麻里は思ったことすべてを口から出した。あまりにしっかりと言った自分に、麻里自身が少々驚いてしまった。そして、麻里はこう付け加えた。
「理江は私が守る!」
 その言葉を聞いたとたん、理江は突然泣き出してしまった。
「麻里! ありがとう! ありがとう!!」
 理江の目からあふれた涙は、足元の地面の土を徐々に濡らしていった。



【残り 29人】



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