36 「いい話ね。泣けてくるわ」 突如聞こえた声に驚き、麻里は振り返った。 「し、島田さん…」 そこに立っていたのは、島田早紀(女子8番)であった。 「話は聞こえてきたわ。あなた達の友情話には本当に感動したわ」 そう言うが、黒縁メガネの下からこちらを見る早紀の目が、麻里にはどこか冷たく感じた。 ちなみに麻里が早紀のことを名前で呼ばず、「島田さん」と呼んだ理由は、麻里や理江とは早紀が特に親しい間柄ではなかったからだ。 島田早紀といえば、クラス内で一番のガリ勉であった。通学中も休み時間中も、とにかく暇があれば単語帳などを開いている姿を見かける。 早紀と親しい人間の姿を見かけることは無い。遊びを知らない早紀と対等に話し合える人間など、3年A組内には存在していなかったのだ。 それに、早紀の方も自分よりも程度の低い人間と付き合いたくはなかったのかもしれない。しかし、そんな早紀がなぜ今頃になって、麻里や理江に近寄ってきたのかが、麻里には理解できなかった。 「ところで…」 早紀が視線の向きを、麻里から理江の方へ向き変えた。 「そういえば牧田さんは足を骨折してるんだったわね」 理江は早紀のほうを不思議そうに見ながら、小さくうなづいた。 「それがどうしたの?」 麻里は早紀が何を考えているのかが分からなかったので、聞いた。 早紀は少し微笑んだ。 「いやね、痛そうだな〜って思ってね」 早紀はクスクスと笑い始めた。 「それがどうしたのよ!!」 気の強い理江が、骨折した自分の足の事を笑われ、頭にきたのか、早紀に向かって怒鳴った。 そのとき突然、早紀が自分のディパックから何かを取り出した。スプレーだった。早紀はそのスプレーを、理江の顔むかって噴射させた。 「きゃあ!!」 理江が目をおさえて苦しみ始めた。 「ちょっと!! 島田さん、いったい何するの!!」 麻里が早紀に言ったとたん、今度は早紀は麻里に向かってスプレーを噴射した。 「きゃ!!」 麻里も理江と同じく目をおさえて苦しみ始めた。目が痛い。早紀のスプレーの正体は、どうやら催涙スプレーだったようだ。 「あんたは引っ込んでなさい! 私が用があるのは牧田さんだけなの!」 早紀は麻里に向かってそう言うと、理江の方に近寄っていった。しかし、その様子は痛みのせいで目が開けられない麻里には見ることができなかった。 「ねえ、牧田さん。一ヶ月前の定期試験の事を覚えてる?」 見ることはできなかったが、早紀がそう言っているのは麻里にも聞こえてきた。 「な、何のことよ」 麻里と同じく、痛みで目を開けることができない理江が、訳が分からず聞き返した。それを聞いた早紀の表情は歪んだ。 「そう、覚えてないのね」 早紀がそう言ったとたん、理江が「きゃぁぁぁぁ!!」と叫んだ。早紀が理江の骨折している足をおもいっきり蹴ったのだ。 「理江!! どうしたの!!」 目をつぶったまま、その様子が全く見えない麻里は、いったい何が起こっているのかが分からず理江に呼びかけた。だが必死で痛みをこらえている理江は、麻里の問いかけに答えることもできなかった。 「じゃあ教えてやるわよ! 私は毎回、定期試験ではクラス内で上位5位以内には入っていたわ! 私も私の両親も、私の順位がそれ以下になることは絶対に許せなかった! でも、前回の定期試験では、いつも順位は真ん中あたりだったアンタが、突然上位陣に食い込んできたのよ! そのせいで私の順位は落ちたわ! 6位よ!! 6位になってしまったのよ!!」 早紀がヒステリックになって言った。 「はっきり言ってショックだったわよ! あなたみたいに毎日遊んで暮らしてるような人間に、追い抜かれてしまったこの屈辱が分かる!? 私は毎日毎日勉強してたのよ! そんな私があなたなんかに抜かれるわけが無いじゃない! どうせ試験中にカンニングでもしたんでしょ!! そんなアンタなんて絶対に許さないわ!! 殺してやる!!」 その言葉はやはり麻里にも聞こえた。 「違うよ。理江はカンニングなんかしてない。前回の試験の一週間前から、理江は私と一緒に猛勉強したんだよ。理江は本当にがんばって、実力でその成績をとったんだよ」 泣き声になりながら言った麻里の言葉は、早紀には全く聞こえていなかった。 早紀は地面に転がっていた、手ごろな大きさの石をつかんだ。そして、まだ目を開けることができずに苦しんでいる理江に向かって、その石を叩きつけた。 「きゃぁ!!」 石を頭にガンッとぶつけられた理江は叫んだ。しかし早紀は手を休めずに、続けざまに石を理江の頭に叩きつけ続けた。 「死ねぇー!!死ねぇー!!死ねぇー!!死ねぇー!!」 石を叩きつけ続けられた理江の頭から血が流れてきた。 「痛い!やめて!やめてぇー!!」 理江の悲痛な叫びにも、早紀は全く耳を向けなかった。ただひたすらに、石を持つ手を動かし続けた。 「理江ぇーーーーーーーー!!」 理江の叫びを聞いて、今度は麻里が叫んだ。麻里には何がどうなっているのか全く見えなかったが、理江が早紀に襲われ、そして殺されかけていることは聞こえてくる言葉から容易に分かった。 理江を助けなきゃ! 麻里はいまだに痛む目を必死になって開こうとした。しかし目を開けようとすると、瞼の内から大量の涙が溢れ出し、痛みでとても目を開けることなどできなかった。しかし、こうしている間にも、理江の叫び声が聞こえてくる。急がなければならなかった。 涙を流しながらでも、必死になって、何とか目を半開きくらいには開けることができた。まだ涙が止まらない麻里には、その光景はぼんやりとしか見えなかったが、事態はなんとなく把握することができた。早紀らしき人影が、何か手に持っているもので、理江らしき人影の頭を殴りつけているのだ。 「理江ぇ!!」 麻里は理江に向かって叫んだ。 「ま、麻里ー!! 助けてぇー!!」 血まみれになっている理江が泣き叫んだ。 理江を助けなきゃ! 今、理江を助けられるのは自分だけなんだ。 麻里は自分に言い聞かせながら、急いでディパックからあるものを取り出した。『グロック19 9ミリ』である。麻里に支給された武器も銃だったのだ。 麻里は涙の向こうにボンヤリと見える、早紀らしき人影に向かってグロックの銃口を向けた。しかし、向けたものの、麻里は恐ろしくて引き金を引くことができなかった。 「ま、麻里ぃぃぃぃぃぃ!!」 再び理江が泣き叫んだ。その叫び声で麻里に決心がついた。 麻里は涙を流しながら引き金を引いた。 【残り 29人】 トップへ戻る BRトップへ戻る 35へ戻る 37へ進む |
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