032
−反殺戮抵抗前線(1)−

 高槻清太郎(男子十四番)は地面のぬめりに足を取られて滑り落ちぬよう気を付けつつ、斜面に対して平行に歩いていた。
 七時間睡眠を基本としている普段の生活と比べて、十分な睡眠時間を取れたとは言い難いが、生死の狭間に立たされたこの状況下では、幾分でも休息をとれたというのは幸運だったのかもしれない。いろいろあって疲れていた夜間よりも、足取りが軽くなったような感覚があった。
 支給されたバッグを肩に掛けているが、その重さもさほど気にならない。林間学校用に家から持ってきた私物も詰めているが、必要な物だけを選別した甲斐があった。先日買ったばかりのカードゲームの束など、破棄するのを躊躇われた物もあったが、命には代えられない。
 支給品の他で残したものは、少ない衣類と菓子類くらいに留まった。
 苦渋の決断の末に身軽さを手に入れることができた清太郎。だが、支給された武器が頼りなく、不安は残る。
 本来は木材などに穴を開けるために用いられる工具である錐を、利き手でしっかりと握り締める。今、自らの身を守ってくれるものは、頼りなくともその唯一の武器しかないのだ。
 敵に見つからぬよう周囲に注意を払いつつ、物音を最小限に抑えるよう努めた。目指すはG-5エリアにある洞窟である。
 昨夜、西村歩美(女子十二番)と行動している増田拓海(男子二十二番)が、清太郎が隠れている傍を通りかかった際に、そこで“皆”と合流する、と確かに話していた。
 “皆”とは一体誰のことなのか分からないが、それなりの人数が集結するらしいと窺える。それも歩美や拓海の様子から察するに、ゲームに乗る目的ではなさそうだ。
 同じくクラスメートと戦う気など毛頭なく、今後どう行動するべきか考えが纏まっていなかった清太郎は、その集合場所とやらの様子が気になっていた。
 何人、誰が、どういう目的で集まるのか、それらを探った上で、仲間に入れてもらうか、別に行動するかを判断したかった。
 幸いなことに、G-5はそんなに遠いエリアではない。誰かに襲われたりしていなければ、夜間に行動していた拓海たちはとっくに到着しているはずだ。
 問題は、無事に仲間と合流を果たした彼らが、その後もその場所に留まっているのか、ということ。
 うっかりしていたが、G-5はアジトではなく、ただの集合場所でしかないのかもしれない。拓海たちはずっと同じ場所に留まり続けるつもりなのだと勝手に思い込んでしまっていたが、メンバーが集まり次第、さらにどこかに移動してしまう可能性だってあると、朝になって気付いてしまった。
 己の迂闊さに嫌気がさした清太郎は、癖毛でもじゃもじゃの頭を掻き毟った。
 普段の冷静さがあれば、このようなミスをしでかすなんて考えられないが、よほど頭も疲れていたのだろう。
 拓海たち以外のメンバーが、都合よく集合場所の近くからスタートできたとは思えないので、おそらく未だ合流は果たせていないと思われるが。G-5に留まっていることを願うしかない。
 そして、彼らがそこに今もいるとしても、集合することを示し合わせたわけではない清太郎のことを受け入れてくれるかどうか、という問題もある。
 もし自分が拓海たちの立場なら、集まる予定に無い人物が突然現れれば警戒するし、相手の出方次第では追い払ってしまうかもしれない。受け入れてもらいたければ、彼らの警戒を解く為に、相当言葉を選んで話をする必要がある。
 そんな訳で、運よく道中で敵に出くわさないとしても、問題は山積みである。
 至急武器の引きで、既に運の無さを露呈している清太郎にとって、楽観できる状況でないのは確かであった。
 凸凹の斜面をしばらく歩き続けていると、一人通るのがやっとというくらいの細い山道が、木々の隙間から姿を現した。
 舗装こそなされていないが、“じゃかご”という岩石が詰め込まれた針金のバスケットによって脇の山肌が崩れぬよう固められ、道を挟んで反対側は柵の代わりに打ち込まれた杭にロープが張られている。侵食の具合から、いずれもかなり古いものと分かるが、人の手によって築かれたものには違いない。
 清太郎は初めて、この島に人が住んでいた形跡を見た気がした。
 改めて地図とコンパスで確認すると、この山道を通っていけばいずれ目的地に辿り着くことができると分かった。
 長きに渡って人通りが無かったのか、山道も草木によって荒れ放題であったが、地面が平たいぶん幾分は歩きやすいように感じた。
 足をとられないよう視線を下に向けていると、随所で青々としたクローバーの固まりが目に付く。
 昨夜見た五つ葉のクローバーを思い出し、何故か背中がぞくっとした。
 あれはこの島では当たり前のように見られるものなのだろうか。それとも、何かが起こる予兆なのだろうか。
 今気にするほどのことではないようにも思えるが、どうにも清太郎には不気味なことのように思え、頭から離れなかった。
「おい」
 ふいに頭上から声をかけられて、清太郎の頭の中に巡らされていた考えは離散した。
 慌てて頭を上げると、じゃかごの壁の上に身体の大きな男が立ち、こちらに拳銃を向けているのが見えた。
「動くな! 抵抗するなよ。その場に武器を置いて両手を挙げろ」
 男が上から牽制していると、さらに道の下に隠れていた小太りの男が飛び出し、両手で構えたマシンガンの銃口を近づけてきた。
 双方から強力な武器に狙われて抵抗できないことを悟り、清太郎は素直に錐を地面に落として手を上げた。
 こちらが大人しく従うのを見て、拳銃の大男とマシンガンの小太り男は互いに目配せし、相互に一度ずつ頷いた。
「よし、大人しくしていろよ。素直に従ってくれさえすれば、無差別に攻撃するつもりは無いからよ」
 拳銃の大男はそう言って、大きな身体を感じさせないほど身軽に山道へと飛び降りてきた。


「この辺をうろついてるのは偶然か? 高槻」
 そう聞く大男の目に戦意は感じられない。ひとまず身構える必要はないと判断し、清太郎は落ち着いて素直に答える。
「いや、この辺で人の集まりがあると聞いてさ」
 すると拳銃の大男とマシンガンの小太り男は再び目配せし合った。
「お前もメールで呼ばれたクチか?」
「メール? いや、隠れていたときに偶然近くを通りかかった増田たちが、そんなことを話しているのを聞いてさ」
 島の中で電話はおろか、メールも通じないと思い込んでいたが、そうではないのか。イマイチ話が見えてこない。
 拳銃の大男は少しの間、熟考していた。
「戦う気は?」
「無いな」
 清太郎の回答を信用したのか、大男は決心を固めた様子を見せた。
「よし分かった。すぐ近くだから俺たちについて来い」
 するとマシンガンの小太り男は不意に不安そうな面持ちになった。
「なあ、こいつ本当に連れ帰って大丈夫なのかよ」
 小心者の彼らしく、こちらはすぐには信用してはくれなかったようだ。
「大丈夫だろ。そもそも高槻に危険性はないと俺は踏んでるし、だからさっきの質疑も形式上のものに過ぎない。心配しなくても、こいつは人を殺せるような奴じゃないさ」
 そこまで言われてようやく納得したのか、マシンガンの男はそれ以上食い下がりはしなかった。
「俺らのアジトはすぐ近くだからさ。歓迎するよ」
 そう言って拳銃の大男、浜田智史(男子十八番)は手を伸ばしてきた。
 強く握手を交わし、清太郎は「よろしく」と返す。
 そして今度は清太郎から、マシンガンの小太り男、佐久間祐貴(男子九番)へと手を差し出す。
 祐貴は数秒間黙って清太郎の手を見ていたが、これまで緊張していた顔を緩めて、最終的に握り返してきてくれた。
「しかし、そんな貧相な武器でよく無事にたどり着いたな」
 清太郎が拾い上げた錐を見て、智史があきれたように言った。
「政府も人が悪いよな。こんなもんで戦わそうなんて」
「ははっ。俺らみたいに銃とか持ってる相手には、威嚇にすりゃならねぇわな」
 笑いながら智史が見せるのは、自動拳銃シグザウエルP250。一方、祐貴が抱えているのはIMIウージー・サブマシンガン。確かに彼らが殺意を持つ相手だったなら、全く相手にすらならなかった。
「良い武器を引き当てたんだな。羨ましいよ」
「いや、佐久間のマシンガンはそうだけど、この銃は俺の至急品じゃないんだわ。俺らみたいな周辺を警備しているしている人間が持っているほうが良いって、仲間の武器を貸してもらっているだけで。ちなみに俺に支給されたのはこっちだ」
 智史が自らの左耳を指差す。
「インカムか?」
「そう、トランシーバーのな。高台で辺りを見渡している仲間がお前を見つけ、こいつで伝えてきたから、周囲に張ってた俺らが駆けつけた」
「結構な人数が集まっているのか?」
「今のところ十人ほどだ。順調に行けばまだまだ増える」
 どうも智史たちは、集まる人間の人数をある程度把握しているようだった。もちろん、清太郎のようなイレギュラーな者は除いてと考えられるが。
 先ほど智史が口走った、メールという言葉が大きく関係しているに違いない。が、智史がインカムで仲間と連絡を取り始めたので、詳しく聞きだすのは後にしようと考えた。
「あーもしもし、浜田だ。今、高槻に会って事情を聞いた。全く問題は無さそうだから、ひとまずアジトに連れ帰ろうと思うんだが。どうぞ」
 仲間からの返事を聞いているのか、智史は少しの間黙ってインカムのほうに集中していた。
「オーケイ、許可が下りた。それじゃあ俺は高槻を連れて行くから、こっちの警備は佐久間に任せるぞ」
 すると佐久間祐貴はあからさまに不安そうな表情を見せた。ゲーム好きな彼は射撃ゲームも相当な腕前を見せるが、本当の殺し合いにおいては自信に繋がりはしないらしい。
「心配すんな。上からの見張りは双眼鏡を通して徹底しているし、いきなり襲われたりはしないさ。危険そうな相手が来たら、避難するよう指示が来るはずだし、交戦することになってもお前のマシンガンに敵う奴はいないだろう」
 智史はそう言って祐貴を落ち着かせ、トランシーバー本体とインカムを手渡す。トランシーバーの数は五つと限られているらしい。
「それじゃあ行くぞ、高槻。アジトまではまっすぐ行けば五分ほどで着く」
 清太郎は気づかぬうちに、思っていたよりも彼らのアジトのすぐ近くにまで迫っていたようだった。


【残り三十八人】

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