033
−反殺戮抵抗前線(2)−

 浜田智史(男子十八番)に引き連れられながら、清太郎は傾斜のある細い山道を歩く。目的地まで距離はもうさほど無いと聞いたせいか、その足取りはとても軽快なものになっていた。
 時折、雨風によって道が崩されている箇所があったりしたが、いずれも大股開きで進めば乗り越えられる程度の難所である。先を進む大柄の智史が軽いジャンプで飛び越えても、山道は崩れたりしなかったので安心できた。
 清太郎も彼に習って、山肌の岩や、柵がわりのロープに手をかけたりしながら、難なく歩を進めていく。
「なあ浜田」
 清太郎が話しかけると、智史は前を向いたまま「なんだ」と返してきた。
「さっき言っていた、メールで呼ばれた、って話について詳しく聞きたいんだが」
 すると智史が歩きながら振り返る。
「そうだった。俺らが集まるってことを、お前は偶然耳にしてやってきたんだったな」
「ああ。さっきも言ったが、増田と西村の会話を聞いてな」
「分かった。これが俺に送られてきたメールだ」
 智史がズボンのポケットから取り出した携帯電話を開き、差し出してくる。
 星矢中学校では通常授業の日のみならず、行事の際も携帯電話を持ってくることを禁止とされているが、律儀にそれを守っている者は半数程に過ぎない。今回の林間学校でも智史のように、携帯電話を持参している生徒がかなりいるようだった。
 清太郎は智史の携帯電話を受け取り、明るく光る画面を覗き込む。

 日時:2013年6月--日 13:16
 発信者:吉野梓
 本文:G-5の洞窟?に集まろう(by角下

 短くまとめられた本文を見て、清太郎は首をひねった。
「これを見て、浜田たちはこのエリアに来る事を決めたってわけか?」
「そうだ。が、何か納得していない様子だな」
「色々と考えさせられる所が多いメールだと思ってさ」
「あー、まあそうだな。俺もこれを見た当初は気になったことが多々あったわ。本文に書かれてる名前と発信者が違うこととかさ」
 末尾に書かれている名前から、このメールの文面を考えたのは角下優也(男子六番)だと推測できる。だが発信者は吉野梓(女子23番)となっている。なぜか別人である。
 清太郎はこの矛盾について、数秒間考えた。
「携帯電話を持っていなかった角下が、吉野のを借りてメールした、ってところか?」
「その通りだ。真面目に学級委員をやっている角下は、今回も校則を破ってまで携帯を持ってきたりはしていない」
 智史の話し方から、少なくとも角下優也か吉野梓のどちらかとは既に洞窟で合流していて、当人からこれらの話を聞いたのだろうと察することができる。
 もじゃもじゃ頭を掻きながら、眉を寄せる清太郎。
「それより気になったのは、このメールが送られてきた時間だ。この13時過ぎってタイミングは、プログラムについて江口やエアートラックスから説明を受けていた頃じゃないか?」
「そうだな。正確には、説明が大方終わって、プログラムへの意気込みを無理やり発表させられていた頃だ」
「おかしくないか? 俺らは船に乗り込んで、かなり沖の方にまで出ていたんだぜ。携帯電話の使用圏外だったはずじゃないか」
 すなわち、メールの送信も発信も、当時サンセット号の中では行えなかったはずである。
「確かに海の上でメールは通じない。だがほんの一瞬、携帯電話の電波が通じる瞬間があったんだ」
「どういうことだ? もっと詳しく説明してくれ」
「俺たちを乗せた船が、ある有人島のすぐ傍を偶然通りかかったんだ。その瞬間、島の電波圏内に入って携帯電話が通じるようになった。角下はそのチャンスを見逃さず、クラスメートに一斉送信した」
「なるほど。もしや電波が通じる瞬間があるかもしれないと賭け、あらかじめ本文を打ち込んでいた。そしてそれが功を奏した、というわけか」
 クラスメートたちを特定のエリアに集めるために取られた手段の全貌が見えてきたところで、次にこのメールの送信先を確認してみた。すると、実に十数名ぶんものクラスメートのアドレスが表示され、それだけの人数に宛てて同じメールが送られていたことが判明した。
「このメール、携帯電話を持っているクラスメート全員に送った……ってわけではないよな」
「吉野の携帯にアドレスが登録されている人間の中で、ある程度信用できる人間に絞って送信した、と角下は言っていたな」
言われてみれば確かに、メールの送信先のほとんどが女子であり、しかも吉野梓に近しい人間が中心のようだった。角下優也もさすがに他の生徒のアドレスまで記憶しているはずがなく、これ以上送信先を広げることができなかったのだろう。
「つっても集合場所に向かうまでの道中で、メールを受け取らなかった奴も合流したりして、なんだかんだ男子も結構な人数が集まってきてるけどな」
 送信先のリストに智史の名前はあったが、佐久間祐貴の名は見当たらなかった。つまり祐貴は誰かに導かれてやって来た側の人間、というわけだ。
「ちなみに、集合場所をG-5の洞窟にしたのは、皆がどこからでも向かいやすい会場のほぼ中心で、かつ目印として分かり易いと思われたからだと言っていた」
「たしかに、船のモニターに映し出されていた地図に、洞窟らしきイラストが描かれていたな」
 モニターに映った地図を見るやいなや、クラスメート達とどこに集まるかすぐに画策し、兵士達の目を盗みつつ急いでメールを打ち込んで送信する。それだけのことを、あの状況下で冷静に、短時間で実行したとなると、角下優也の行動力とはたいしたものである。
「そんなこんな話しているうちに、見えてきたぞ」
 道を塞ぐかのように脇から伸びてきている太い枝の下をくぐりながら、智文が前方を指差した。
 草葉の隙間の向こうに、岩の山肌にぽっかりと空いた穴が見える。元々人が立ち入らないよう閉鎖されていたのを無理に開放したのか、錆び付いた鉄柵が穴のそばに立て掛けられていた。
 洞窟は奥に長く続いているのか暗く、突き当たりが視認できない。
 薄汚れた岩によって頑丈に形成されている洞窟には、得体の知れない生物でも飛び出してきそうな不気味さがあった。
 清太郎は少し不安な気分に襲われた。集合場所の洞窟は見えたが、その周囲に肝心の人の姿が無いのである。
「なあ浜田。先に到着してる奴らはどこにいるんだ? 洞窟の中か?」
「いいや。いずれは中に身を潜めたいんだが、どうやらまだ駄目らしい。今は皆、そこいらの茂みの中か岩陰にでも潜んでいるはずだ」
「なんで中に入れないんだ」
「説明が難しいんだが、首輪の電波がな……。いいや、俺よか角下か尾崎に説明してもらったほうがいい」
 ここで初めて智文の口から尾崎良太(男子五番)の名前が出てきた。吉野梓のメールの送信先に良太は含まれていなかったはずなので、ここにいるのならば、彼も誰かに導かれて来たということだ。
「おーい、角下。俺だ。高槻を連れてきたぞ」
 細い山道を抜けて洞窟前の広場に出たところで、智史が周囲に呼びかけた。すると茂みの一部がガサガサと揺れて、数人のクラスメートがゆっくりと姿を現した。その先頭に、皆が集まるよう画策した張本人である角下優也が立っていた。
「お疲れ様、浜田。そして高槻、よく来てくれた」
 そう言いながら優也は、膝まで隠れてしまう雑草の海原を歩き、近づいてきた。武器は持っておらず、まっすぐこちらに右手を差し出してきた。
「よろしく」
 清太郎もならって手を伸ばし、優也とがっちりと握手を交わす。
「こちらこそ。連絡をとる手段がなくて諦めかかっていたけど、高槻には是非来てもらいたかったんだ。歓迎するよ」
 雄也の中性的な甘いマスクが微笑んだ。
「みんな、出てきてくれ。高槻が来た。心配しなくていい。彼は安全な人間だと俺が保証する」
 優也が周囲に呼びかけると、広場の隅の木陰や茂みの中、斜面を形成する岩の陰などから、さらに続々とクラスメートたちが姿を現した。


【残り三十八人】

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