23


 分校の場所から、林を南西に歩き続けていると、緩やかな坂が現れた。女生徒は迷うことなく、その坂を登り始めた。するとその先に、大きな洞穴の入口らしき空間が現れた。
 ここに隠れよう。
 ほんの少しポッチャリとした顔をこわばらせながら、
南条友子(女子16番)は懐中電灯で中を照らしながら穴の中に入っていった。この中に隠れていれば、誰にも見つからないかもしれないと考えたのだ。
 私は殺し合いなんてしたくない。もちろん死にたくもない。
 元々気が弱い友子の目からは、常に涙が溢れ続けていた。分校を出発してから、この涙は一度も止まったことはない。
 これだけ涙を流していたら、自分の体内の水分はゼロになってしまうようにも思えたが、人間の目からはこんなにも涙が出るのだと言うことを、初めて知った。
 気持ちは完全に沈んでいたが、別のことを考えている方がなんだか気が楽に感じた。
 実際に中に入ってみると、穴の中は思ったよりも広かった。洞穴と言うよりも、洞窟といった方が適切かもしれない。ごつごつとした岩が露出して、隠れられそうな場所は、いくらでもあるように見えた。
 決めた。ここに隠れていよう。
 暗い洞窟の中は怖かったが、外にいるよりもいくらか安心な気がした。
 友子はとある岩影を選び、その後ろに荷物を置いて座り込もうとした。
「南条さん?」
 突然声をかけられて、驚いた友子は飛び上がりそうになった。同時に声の聞こえた方に向けてスタンガンを構えた。
「待ってよ。僕だよ」
 懐中電灯を声の聞こえた方に向けると、そこには
相川透(男子1番)が立っていた。
 絶対誰もいないと思っていたこの洞窟内に、まさか自分以外の生徒が先に来ていたのでビックリした。そして同時に怖くなった。
 相川透といえばクラスの男子の中で一番のお調子者だ。その性格のせいもあり、クラス内では男子にも女子にも親しまれている生徒であった。もちろん友子も透にはかなり笑わされた記憶がある。
 相川君はこのゲームには乗っていないのだろうか?
 いままで透の悪い部分を見たことがなかった友子には、透がやる気になっているとは思えなかった。だが今は最後の一人だけしか生き残れないという、プログラムの最中なのだ。どんなに意外な人物でも、殺人鬼に変わり果てている可能性は十分に考えられる。相手が透だとしても安心は出来ない。


「こないで…」
 友子は闇にかき消されてしまうようなか細い声で、透に向かって言った。あまりにも小さな声だったので、透に聞こえなかったかもしれないと思ったが、どうやら聞こえたようだ。
「大丈夫だよ。僕はこんなプログラムに参加する気なんてないよ」
 そう言うと、透は手に持っていたヌンチャク(透の支給武器なのだろう)を投げ捨てた。武器を投げ捨てた透は完全な丸腰状態だった。友子はそれを見て考えた。
 透君は本当に殺意は持っていないの?
 いや、武器を投げ捨てたといっても、それが殺意を持ってはいないという答えにつながるとは限らない。
 私を安心させておいて、隙を見て襲いかかるための罠であるかもしれない。
 だがらと言って、こちらから攻撃することもできない。
 本当に殺意がないという可能性も否定は出来ないし・・・。
 そうこう考えている内に、透は一歩一歩近づいてきた。
 逃げよう。
 友子はそれが最も良い方法であるように思った。自分も透もお互いに危害を加えることなく、無事にこの場をやり過ごすことが出来る最善の方法だと思ったからだ。
 頭の中で考えがまとまったとたん、友子は一度地面に降ろした荷物を全て持ち上げ、そのまま走って洞窟の出口に向かって走っていこうとした。
「ま、待ってくれ!」
 友子の背後から透の声が聞こえた。その声は様子がどこかおかしかった。友子は一度走るのをやめて背後の透の方を振り返って見た。
 泣いている。透が泣いているところなど初めて見た。
 いつも明るく、どんなときでもお調子者で、クラス内でも人気者の透は、今まで学校内で泣くことなど無かったのだ。いや、もしかしたらあったのかもしれないが、少なくとも友子はそんな光景を見たことはなかった。いずれにしろ透が泣くことは珍しいことなのだろう。
 逆に友子自身は自分でも自覚していたが、どちらかというと泣き虫であった。もちろん今も涙は流れ出し続けている。
 向かい合って、そしてお互いに泣いているその光景は、もし別の誰かが見ていたとしたら奇妙な光景にしか見えなかったであろう。
「今まで一人でずっと不安だったんだ。頭がどうにかなってしまいそうなんだよ。頼むから一緒にいててくれないか」
 友子に頼み込むように言った。泣いているのにもかかわらず、不思議と透の声はしっかりとしていた。
 少しの間沈黙が訪れた。
 そして沈黙を破るかのように、友子は口を開いた。
「分かった…」
 それだけ言った。今の透の様子を見て、それが殺意を持つ者の様子には見えなかったからである。
 聞いたとたん、透の顔がパアッと明るくなりいつもの色を取り戻した。そして制服の袖で顔の涙をふき取った。
「本当! ありがとう」
 もういつもの透だ。態度も先ほどよりもさらにしっかりとしていた。
 実際のところ、友子自身も精神的にかなり楽になったようだった。今までずっと一人で行動してきたが、ずっと不安でたまらなかったのだ。しかし今は違う。殺意を持っていない一緒にいられる『仲間』とも呼べる人物が現れたのだ。
 しかしある程度気が楽になった友子だったが、なぜか涙は止まらなかった。



【残り 35人】



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