ここはバスの中。車内には
名城雅史(男子16番)の姿があった。雅史だけではない、雅史の隣には親友である柊靖治(男子19番)、その後ろの座席には杉山浩二(男子11番)桜井稔(男子9番)が並んで座っている。
 テストが終わってから一ヶ月が過ぎ去ったころ、雅史たちの中学校にも修学旅行の日がきたのである。つまりここは修学旅行のバスの中というわけだ。
 高速道路に入ってから、このバスはいったいいくつのトンネルをくぐっただろうか。
 バスの目的地は静岡県。初日の目的地は富士山五合目だからだ。明日の午前中には到着するはずだと聞いている。
 中学校での一大イベントである修学旅行をクラス中のほとんどの人間が、早くも楽しんでいるようだった。
 雅史たちの席より左斜め前のほうでは、女子が四、五人でかたまってなにやら騒いでいた。雅史たちも四人でそれなりに、くだらない話で盛り上がってはいたが、あの集団に騒がしさでは勝てる気がしなかった。その女子の集団の中から一番聞こえてくる声の主は
戸川淳子(女子12番)だ。彼女はこのクラス一のお調子者だった。男子にも彼女に明るさで匹敵できそうな相川透(男子1番)がいたが、おそらく彼でも淳子にはかなわないだろう。ついでに言っておくと、淳子と付き合ってる男子がこのクラスにいるのだが、その彼はまた別の男子グループの中で盛り上がっているようだ。
 雅史の位置からでは、その女子グループの姿は座席の背もたれに隠れていてよく見えなかった。唯一見えたのは長身の
椿美咲(女子11番 バスケ部)の後頭部だけ。しかし聞こえてくる声から察すると残りのメンバーは、淳子の相方的存在である石川直美(女子1番 吹奏楽部)をはじめ、上原絵梨果(女子2番)小野智里(女子3番)といったいつもの仲良しグループであろう。
 あるとき、その女子グループの中から一人の女子が立ち上がり、突然バスの後ろのほうに移動していった。
新城忍(女子9番)だ。雅史は気づかなかったが、彼女も例の女子グループの一員として話に参加していたようだ。そういえばあのグループに忍が混ざっている姿はよく見かける。
 忍はなにやら一人の男子と少しだけ何かを言い合った後、また女子のグループの中へと戻っていった。
 忍と何かを言い合っていた男子は
剣崎大樹(男子7番)であったが、忍は会話しに行ったというよりも、ほんのちょっと用件があり、それだけを伝えに行ったというようだった。
 忍と大樹は小学校の頃から同じ空手道場に通っている、いわば戦友同士とも言うべき関係だ。忍は女子の大会で県内三位、大樹に関しては男子の大会で、何位まで行ったかは忘れたが、とにかく全国大会まで出場した腕の持ち主だと誰かに聞いたことがある。
 ちなみに大樹の周りにも、
剛田昭夫(男子8番 剣道部)野村信平(男子18番 剣道部)の剣道部コンビや、矢島正和(男子22番 野球部)など体育系グループが集まっていた。
 ところで、クラスのメンバー全員がどこかのグループにとどまっていたかというとそうではない。
 雅史の位置からは
沼川貴宏(男子17番)が何かの雑誌を読んでいるのが見えた。
 雑誌の内容は雅史の位置からでは遠くて分からないが、なにやら写真とそれについての説明文らしき文章が載っているのが見えたので、雅史はそれをモデルガンかなにかの関連の本ではないかと思った。なぜなら貴宏は尋常ではないレベルの“ガンマニア”であったからだ。一度、学校に珍しい(らしい)モデルガンを持ってきて何人かに見せびらかしていたのを見たことがあるが、雅史には何が良いのか理解しがたい話である。
 おそらくそれを見せびらかされていた数人の男子も、あまりその価値を理解できてはいなかっただろう。
 勉強面で常に優秀な成績をとりつづけている
島田早紀(女子8番)も、同じように何かの本を読んでいるのが見えたが、まさかこんな時にまで参考書なんかを読んでいるのだろうか。
 バスの真中のほうでは
森文代(女子21番)が誰かに携帯電話でメールを送っているようだった。
 噂によると彼女は出会い系サイトで知り合ったどこかの男性とメル友になったらしく、よくメールのやり取りをしているようだった。校内でも文代がメールをうつ姿はよく見かける。おそらく今うってるメールも、そのメル友とのやり取りの一つなのであろう。
 ただ、雅史たちの学校は校則上では学校内に携帯電話の持ち込みは禁止されている。つまり、文代は携帯電話を先生に見つからないように隠れて持ち込んでいるということだ。(どこの学校にもそういう生徒が一人はいるだろう)実際、今文代が座っている座席は、バスに同乗している担任の渡辺先生の席からは死角に位置している。
 雅史はふと背後の座席が気になった。そこにいたのは、イヤホンでなにやら音楽を聴いている女子生徒、
霧鮫美澪(女子4番)。雅史は彼女については悪い噂しか聞いたことがない。カツアゲ、万引き、などはあたりまえに行う。どうやらどこかの高校の不良グループと付き合いがあるらしく、彼女が何をしようと誰も逆らおうなどと思わない。今では教師でさえも彼女のことを恐れているありさまだ。
 しかも雅史はこれまたとんでもない噂を聞いたことがある。彼女は今までに二人の人間を殺害したことがあるのだという、とんでもない噂だ。そして決定的証拠がなかったため警察も彼女を捕まえることが出来なかったと。
 あくまでも噂であるが、この話がもし本当だとしたらなんと恐ろしい。
 だがこれで驚いてはいけない。このクラスの中には、彼女と同格ともいえる人物 がもう一人いるからだ。
 このクラスには何でこんな奴らが二人もそろってしまったのか。雅史は出来るだけそれらとは関わらないようにすごしていたが、深層心理のレベルでは普段からそう思っていた。しかし、その二人が修学旅行なんかにわざわざ来るなんてかなり意外だった。
 どこかからいびきが聞こえてきた。そのいびきの主は
福本修(男子21番)であった。
 修は授業の最中でもよく居眠りしているのを見かけるが、どうやらバスに揺られている間に、またしても眠りに陥ってしまったようだ。しかしそれは仕方がない。実際バスに揺られているうちに眠ってしまっている生徒はほかにもたくさんいるのだ。
 クラス一の巨漢の
辻本創太(男子12番)や、文月麻里(女子19番)牧田理江(女子20番)の仲良しコンビまでもが眠ってしまっているのが雅史の位置からでも見える。
 しかし、雅史は何かの違和感を感じた。周りを見渡すと、眠ってしまった生徒の人数が先ほどよりもかなり増えている気がしたのだ。あんなにうるさく騒いでいた女子のグループも今では静まりかえっている。
 まさか彼女たちも眠ってしまったのだろうか。
 雅史はふと隣の靖治のほうを見た。するとどうしたことか、靖治も眠ってしまっているし、後ろの浩二と稔も眠ってしまっているのだ。
 雅史はもっとよくバスの中を見渡してみた。どうしたことだろう。バスの中で今起きている人物は、雅史以外には誰もいないようだった。
 まさか全員が眠ってしまったのか?
 しかし、雅史はすぐに自分以外にも起きている人物が二人いることに気がついた。このバスの運転手とバスガイドだ。
だが雅史はまた奇妙なものを見てしまった。運転手とバスガイドが何か顔に仮面のようなものをつけているのだ。
あれはいったい何なんだ?
 雅史は二人のつけている仮面を見て考えた。
 そういえば、バスに乗り込むときに運転席にあの仮面みたいなものがあったのを見た気がする。あれは……。
 雅史はバスに乗り込んだときに見たもののことを必死に思い出そうとした。そして最後に出てきた答えは、
 ガスマスク……?
 そう考えたきり雅史も意識を失ってしまった。


【残り 46人】



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