授業終了のチャイムが鳴り、先ほど定期試験を終わらせたばかりの生徒たちが、三年A組の教室の中から次々と出てきた。
 彼らの多くは、今終わったばかりのテストについて、お互いに話し合っている。
 その時の生徒たちの表情から、それぞれのテストの出来について、ある程度は推測する事ができるものである。
 落胆している者や、喜びのあまり笑顔が自然と出てくる者。たいていはこの2つに分類できる。もちろんそれぞれの出来についても、その表情に比例してきているのは確かだ。
 だが全員がそうというわけではない。中にはそれとはまったく異なった表情をしている者もいる。そういう生徒の頭の中には既に“テスト”という3文字は存在していないのだ。
 そういう人間の中には、とある一人の男子生徒が含まれている。
 テストが終わるなり、すぐに教室を出てきて、体を思いっきり伸ばしている男子生徒だ。テスト時間中、教室内はまだ6月の初旬だというのに、大変な熱気に包まれていたうえ、同じ姿勢で1時間も座って疲れたため、彼は即座に廊下で思いっきり体を伸ばしたかったのだ。
 彼の名は、
名城雅史(岐阜県市立飯峯中学校三年A組男子16番)だ。軽くクセがかかった髪を少し長めに伸ばしているのが印象的で、それなりに整った中性的な顔立ちをしていた。
 彼はもう終わってしまっていたテストに、興味などは全くなかった。だから誰かとその出来についての会話をするでもなく、なんとなく廊下に出てきていたが、その雅史に教室から今出てきたばかりの一人の男子生徒が話しかけてきた。
「どうだった?」
 声につられて雅史が振り返ると、そこには一人の男子生徒が立っていた。当たり前なのだが雅史がよく知っている人間だ。
 声の主は
柊靖治(男子19番)だった。靖治も雅史と同じく整った顔立ちをしており、中性的な顔を持ちあわせていると言う点では、靖治も雅史と同種族の人間であると言えるかもしれない。
「ぼちぼち」
 雅史がそう答えると。靖治は「オレも」と答えたが、彼ら二人の言う“ぼちぼち”はレベルが違っていることくらいは雅史も知っていた。
 雅史も決して頭が悪いほうではない。クラス全体で見て、中の上くらいの成績はあるのだが、靖治はいつも、クラス内の上位五位までには入れるくらいの成績であったので、当然彼が言う“ぼちぼち”などはあてにならなかった。
 極端に言えば、彼の言う“ぼちぼち”は、雅史がとったら喜んでしまうような点数であることは間違いない。
 本日は早くも、テストの初日の答案が返却され、雅史は靖治のその点数は九十点よりは上ではないかと予想する。だが靖治はこの手の話題はこれより先に進めようとしない。誰かが問い詰めても、彼は絶対に点数までは言わないのである。
 じらしているという訳ではない。自分の点数を言ってしまうと相手が気を悪くするのではないか、というように考えた靖治なりの気遣いであることは雅史も良く分かっていた。
 靖治は、悪く言うと「お人好し過ぎる」とも言えるのだが、性格は大変良かった。実際、クラスのほとんどの人間は靖治とは仲良くやっている。
 変な意味ではないが、雅史もそんな靖治が大変好きであった。
 そんな時、雅史と靖治が廊下にいるのを見つけた、また別の男子生徒が二人に近づいてきた。
「浩二はテストどうだった?」
 雅史は近づいてきた男子生徒に一応聞いたが、実際はあまり聞く必要はなかった。
 近づいてきた男子、
杉山浩二(男子11番)はなぜかいつもテストになると、雅史とほとんど同じ点を取ってくるのだ。だから雅史は浩二の点は聞かなくても、なんとなくは自分の点数で予想できるのだ。
 しかし雅史がテスト一週間前から、きちんと勉強してきているのに対し、浩二はほとんど前日になるまで勉強している様子はないため、彼は一夜付けで猛勉強するタイプであるのが分かる。それで雅史と同等の点数が取れるのだから、頭の構造自体は浩二のほうが良いのだろうと雅史は常日頃から思っていた。
 つまりは浩二は要領が良いと言えよう。
「とりあえず72点」
 “とりあえず”の意味があまりよく分からないが、浩二は雅史とも柊とも違い、堂々と点数を言った。
 雅史がとっていた点数は実は70点ジャスト。問題数で言えばたった一問の差。やはりほとんど同じ点数だったなと思った。
「まあ俺的には満足な点で良かったよ」
 浩二は雅史や柊とは違う男性的な顔に笑みを浮かべながら言った。
 彼の顔立ちは大変男らしく、中性的な部分は全くと言っていいほど存在していない。前の二人とは違う意味で整っていると言えるだろう。
 雅史は浩二のことを、「男前」という一言で言いきれると思っている。
 またスポーツは万能であるのだが、何より浩二の長所といえばその行動力にあると言えよう。彼はどんなことに関しても、常に冷静沈着に行動することができ、みんなの先頭に立って行動できる人物である。実際、雅史たちはこの三人と、あと一人を加えた、主に四人で行動することが多かったのだが、その四人をいつも仕切っていたのは、紛れもなく、この杉山浩二だった。
「で、稔はどうだったか聞いた?」
 浩二が短く切って起たせてある自分の髪を少しいじりながら雅史と柊に聞いた。浩二の言う“稔”とは
桜井稔(男子9番)のことである。
 稔は廊下には出てきておらず、まだ教室内にいたのだが、そのことに気が付いた浩二が、二人が「まだ」と答える前に、稔に廊下に出てくるように言った。すると教室内にいた稔はすぐさま廊下に出てきたが、どこか元気がない。聞くと今回、稔はあまりテストの出来が良くなかったと言う。
 ちなみに稔もテストでは、普段は雅史や浩二とほぼ同じくらいの点数をとれる人物ではあるが、彼に関しては浩二とはまったく逆で、テスト一週間前どころか二週間以上も前から勉強に取り掛かるような奴なのである。それが報われなかったとはなんとも可愛そうな話だと思ったが、雅史はあえて口にはしなかった。
 つまり彼は要領が悪いとも言えるのだが、逆に考えると、四人の中では一番の頑張り屋であるとも言えるのだ。
 関係ないが、稔は自分の背の低さにコンプレックスを抱いているらしい。しかし幼い顔立ちであることもあり、このグループのマスコット的存在でもあった。

「なあ? ガッコ終わったらボーリングしに行かねぇ?」
 浩二が言った。先にも言ったとおりこのグループは基本的には浩二が仕切っているため、こういう提案をするのはいつも浩二であった。
「んじゃ行こうか?」
「じゃあ僕も行く」
 靖治と稔が続けてそう言ったので、雅史も当然の如く「行く」と言った。
「そんじゃ、いつもどおり終わったらゲーセンにも行こうぜ」
 浩二が勝手にそう言ったが、いつものことなので誰も反対はしなかった。
 小学校から一緒に過ごしてきた四人は、いつもそうして一緒にすごしてきた。


 雅史はそんな“平凡な毎日”が大好きであった……。


【残り 46人】




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