033
−現れぬ同盟者(2)−

 突如耳に飛び込んできた田中の声に、廃ビルの七人は、誰しも驚いているようで、中にはいるはずのない田中の姿をキョロキョロと探す素振りを見せる者すらいた。
『それではぁ、まず最初に、ゲーム開始からこれまで六時間の間に亡くなったウンコちゃん達の名前を発表しまぁす』
「クソ野郎がのん気に言いやがって! 放送ってのはそういうことか」
 ネチネチとした田中の声を聞き、憤慨した猛がコンクリートの壁を叩いた。
『死んだ順番でぇす。男子十三番、徳川良規くん。女子二番、植田真美さん。男子十番、千場直人くん。男子十五番、新田慶介くん。男子四番、風間雅晴くん。女子五番、烏丸翠さん。男子十六番、長谷川誠くん。女子十五番、久川菊江さん。男子五番、岸本茂貴くん。男子十八番、宮本正義くん。男子二十二番、六条寛吉くん。女子二十二番、山崎和歌子さん。以上総勢十二名。生き残りは、あと三十一名となりましたぁ』
 一同の顔が凍りついた。ゲーム開始からさほど時間は経っていないというのに、早くも予想を凌駕するほどの数の死人が出ていたからだ。それだけではない。来てくれるだろうと信じていた仲間の一人、新田慶介の名前が読み上げられたことにも、皆ショックを隠せないといった様子だ。
 動揺する生徒達に構わず、田中の放送は続く。
『いやいやぁ、皆さん序盤から飛ばしてますねぇ。実に良いペースです。これからもその調子で頑張ってくださぁい。それでは次に、今から六時間の間に変化する禁止エリアの場所を発表しまぁす。忘れないようにメモしておいてくださいねぇ』
 それを聞いた一同は、自分のポケット、あるいはデイパックの中から、折り畳まれた地図とペンを取り出し、すぐにメモできるようにと用意を急いだ。
『いいですかぁ。まずは一時間後、午前七時にI−4が禁止エリアに変化しますよぉ。ルール説明のときに言ったとおり、時間になってもこのエリアにいた人の首輪は爆発しますよぉ。今この場所にいる人は、急いで別のエリアに移動してくださぁい』
 千秋は言われたとおり、すぐさま地図のI−4と書かれたエリアに『AM7:00』と書き込んだ。今いるE−6からはかなり離れた場所なので、まず立ち入ってしまうことは無いだろうが、一応念のためだ。
『次、三時間後の午前九時に、B−6。五時間後の午前十一時に、G−2。以上でぇす』
 同じくそれも書き込む千秋。周りでは他の仲間達も同様に、忘れてはならぬと丁寧に地図に書き込みしている。
『では今回の放送はこれにて終了しまぁす。次回の放送は六時間後の正午でぇす。それまで皆さん、がんばって殺し合いを続けてくださいねぇ』
 それを最後に、ブツンとスピーカーのスイッチが切れる音が聞こえ、気味の悪い田中の声もそこで途切れた。
 禁止エリアを書き込み終え、地図から視線を外した皆の顔は、いくらか色が抜け落ちてしまったかのように見えた。
「……なぁ。死んだ生徒の中に、新田の名前が無かったか?」
 誰一人声を発さない重苦しい空気が漂う中、黙っていることに耐え切れなくなったのか、光輝がそう切り出した。するとその瞬間、皆の肩が一瞬震えたようだった。
「……私も、新田くんの名前があったような気がする」
「……ていうか、あったよ、あいつの名前」
 ぽつぽつと発せられる皆の声が集まり、やがて少しずつ大きなざわめきへと移り変わっていく。
 そんな様子を見て、千秋は悩んだ。
 皆が新田くんの死に気がついた。そしてそれが大きな混乱を呼ぼうとしている。私はいったいどうすればいいのだろうか。
「ばれてしまった以上は話すべきだろう。俺達が見たこと何もかもを、包み隠すことなく。新田を殺した正体不明の殺人者への警戒心を持ってもらうためにもな」
 まるで千秋の心の中を見透かしていたのかと思うようなタイミングで、隣に座っていた猛がそう言った。

 怯えた表情を見せる皆と向き合って、猛は自分たちが見たこと全てを話した。
 磔にされた新田慶介の死体。その首には何者かの手形が残されており、手で首を絞められて殺されたのは間違いない。そして、未だ正体の分からぬ、新田を殺した殺人者は、死んでいないならば今もこの島のどこかで徘徊しているはずだ、と。
 猛の衝撃的な告白を聞いたメンバーはそれぞれ、例えようのないほどの大きな衝撃を受けたようだ。
 恐怖に引きつる表情と、顔色の褪せていく様を見ていると、まるでこれから石像にでもなってしまうのかとも思える。その中でも特に、由美子の具合が最も悪そうに見えた。
「は、磔死体って、どういうことよ? 最後まで生き残れば良いというプログラムのルール上、わざわざそんなことをする意味がないわ」
 震えた声で言ったのは亜美。だがそれと同じことは皆が思っただろう。
 慶介の死体を磔にした理由。千秋と猛の二人は、廃ビルに辿り着くまでにその謎を散々考えてきた。しかし、正体不明の殺人者がとる行動の理由など、いくら頭の中で考えていても分かるはずがない。結局は頭の中にできたもやもやを晴らすには至らなかった。
 そして今、二人を悩ませた謎が、集まった仲間達全員の頭の中へと浸透し始めた。しかし、それぞれがいくら思考をめぐらせたとしても、その深い謎が明かされることは、おそらく無いであろう。事を起こした張本人、謎の殺人者の口からその真相が語られない限りは。
「ねえ、新田くんのことは残念だけど、これ以上考えてても仕方がないよ。それよりも、さっきの放送で、鳴瀬くんと諸星くん、そして由唯はまだ生きていると分かったんだから、それだけでも良かったんだと思おうよ」
 重苦しい雰囲気を改善しようと、皆の中心に立ってそう言ったのは真緒だった。だがそう言う彼女の表情はまだ引きつっている。慶介の死によって受けたショックを、必死に隠そうとしたが隠しきれていないのだと、誰が見ても分かる。
 しかし、その賢明な様子に感銘を受けたのか、彼女のわざとらしい話の切り替えにも一同が頷いた。
 それに、真緒のその考えにも一理ある。未だ姿を現さない三人の仲間はまだ生きていると知ったことにより、いくらか安心感を覚えたのも事実だったのだから。
 ちなみに、先ほどの放送を聞いたことによって考えさせられたのはこれだけではない。
 千秋を殺そうと襲い掛かってきた山崎和歌子。その彼女もまた、ゲーム開始から今までの六時間の間に、早くも命を落としているというのだ。
 はたして、殺戮山姥へと成り果ててしまった俊足の和歌子を殺したのは、いったい誰なのだろうか。
「磐田。宮本も死んじまったらしいな」
 恐る恐るそう言ったのは光輝。
 宮本正義といえば、サッカー部に所属している人間で、猛とはチームメイト同士という関係だった。
 光輝も、二人の関係は、ただのクラスメート同士というだけではなかったと知っていたから、あえて今、正義の名を挙げたのだろう。
 猛と正義が仲良さげに話しているところは、千秋も幾度となく見たことがある。
 きっと正義の死こそ、猛に相当なショックを与えただろう。
 猛は多くは語らず、短く「ああ……残念だ」とだけ光輝に返した。
「ところで、諸星たちと合流した後は、いったいどうするつもりなんだ?」
 と利久。
 確かにそれは考えておくべきだ。まだ来ていない仲間との合流を見事果たせたとしても、この最悪状況を切り抜ける手段が見つからなかったら意味がない。むしろ、仲間同士での裏切りが始まるなど、最悪の状況引き起こしてしまう恐れすらある。
「考える必要がありそうね。残りの三人も無事に集まったなら、その後何をするべきか」
「何をするべきか……。この島から逃げ出す方法も、今のところ考え付かないし……そうだな……」
 皆が頭をひねっていると、思い悩んだ挙句、光輝が、
「やっぱりこの戦力不足の状態を何とかするべきやないか? このままじゃあ、何をするとしても不安が付きまとってばかりだし。信頼できて戦力にもなる、そういう人間を仲間に取り込むべきやと思う」
 と言った。
「信頼できて戦力にもなる人間か……。最も当てはまるのって誰だろう?」
 皆考え始める。
 千秋も、頭の中にクラスメート達の顔を順に並べていき、その一つ一つを見比べながら考えた。
 そんなときだった。
「土屋と比田だ。この二人が最もそれに当てはまる」
 頭を下げたまま何かを考え込んでいたらしい猛が、急に顔を上げてそう言った。
「土屋と、比田だって?」
「ああ、あいつらなら戦力とするには申し分ないし、何より信頼できる人間だ」
 きっぱりとそう言う猛。しかし、千秋にはその言葉が、どこか腑に落ちないように思えた。
 彼が言うとおり、土屋怜二(男子十二番)比田圭吾(男子十七番)は、どちらも身体的能力はクラスでもトップクラスだし、戦闘において頼りになるというのには頷ける。
 そして怜二に関しては、猛とはサッカー部のチームメイト同士で、お互いをよく知り合っているために、信頼できると断言できるのはおかしくない。
 問題は圭吾の方だ。
 比田圭吾といえば、無口で、他人との馴れ合いはあまり好まない性格の持ち主だ。女子なんかにも冷たくて、いつもむすっとしている印象があるために、一部のクラスメートからは怖がられているくらいだ。そして、特別猛とも仲が良いわけでもない。
 そんな圭吾のことを、なぜ猛は「信頼できる」と言い切れるのだろうか。
 千秋にはいくら考えても分からなかった。だが、彼がそう言うには、何かそれなりの理由があるのだろうと考え、そのことを深く追求するのは控えた。
 他の五人も千秋と同じ判断を下したらしく、とやかく猛に問い詰めるような者はいなかった。
「まあなんにしろ、仲間が増えると言うことは心強いよ。だけど今は、ここに集まるって約束した他三人と合流することが先決だよ。祈ろう。三人が無事にここにたどり着けるよう」
 利久が屈託のない笑顔を浮かべて言った。

【残り 三十一人】
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