032
−現れぬ同盟者(1)−

 見事、再会を果たした春日千秋(女子三番)たち七人は、フロアの端にあった階段を使って廃ビルの三階へと上った。建物の周りを監視するには、一階よりもビル周囲の見通しが利く三階のほうが都合が良いからだ。
 一階と同様に、そこにもまた取り残された資材の山が築かれており、今や廃墟マニアたちの絶好の標的にでもなりそうなこの建物も、かつては人によって使われていたのだと思わされる。
 そんな三階フロアに入った七人は、一階から続く吹き抜けのすぐ側に固まって座り込んだ。一階出入り口の様子が一望でき、手近にある窓から外の様子を窺えるここなら、万が一敵が迫ってきても、いち早く対処できるはずだ。
「さて、皆には色々と聞きたいことがあるが、まずは身を守ることが先決だ。悪いが、参考のために、それぞれ支給された武器が何なのか見せてくれないか」
 輪になって座る仲間達一人一人の顔を見据えながら、磐田猛(男子二番)は自分の前に支給武器の木製バットを転がして見せた。
 続いて千秋が双眼鏡を地面に置くと、それに続いて他の五人も支給武器を目の前に差し出し始めた。
 杉田光輝(男子九番)の支給武器は金槌。
 藤木亜美(女子十八番)
はトンファー。
 湯川利久(男子二十番)
はBB弾を発射する玩具の拳銃。
 小島由美子(女子七番)
は刃渡り三十センチほどの肉切り包丁。
 そして千秋の親友、羽村真緒(女子十四番)が見せたのは『完全殺人マニュアル』とかいう怪しいタイトルの文庫本だった。
 いつの間にかリーダーの座に就いていた猛は、七つの支給武器を見比べてため息をついた。
「これだけの人数が集まっているのに、信頼を置けるに値する武器が一つも無いなんてな。とんだくじ運の悪さだ」
 彼が苦笑いしてしまうのも無理は無かった。
 プログラムが開始されてから、島中の様々な方向から銃声が鳴るのを耳にしてきたので、支給武器の中に銃器の類が複数含まれていたのは間違いない。そのため、この廃ビルに集まった仲間達全員の身を守るために、こちらも銃の一丁くらいは欲しいところなのだ。だが実際に蓋を開けてみると、集まったのは、頼もしいとはお世辞にも言えない物ばかり。しかもそのうち半分は、明らかに『ハズレ』に該当しているであろう難物だ。
 かろうじて使い道がありそうなのは、猛のバットと由美子の肉切り包丁くらい。
 はたして、これだけの装備で持ち堪えることはできるのだろうか。
「賭けるしかないな。これから来るはずの四人に」
 光輝が言った。四人とは当然、トラックの中で再会を誓い合ったメンバーである、鳴瀬学(男子十四番)諸星淳(男子十九番)田村由唯(女子十一番)、それと新田慶介(男子十五番)のことだ。
 慶介が既に死んでしまっていることを知っている千秋は、光輝の言葉についビクリと身を震わせてしまう。それに気づいた猛が、すぐさま話題を変える。
「武器のことはこれ以上話しても仕方がねぇ。それよりも、皆がここに来るまでに、見たことや気づいたことなんかを、順に話してもらえないか? 何か今後に役立つ情報があるかもしれない」
 幸いにも、その話の切り替えには、誰一人違和感を感じはしなかったようだ。皆、一様に首を縦に振り、素直に応じてくれた。
 メガネを人差し指で押し上げながら、藤木亜美がまず話し始めた。
「私は町……地図では北村住宅地って書かれてる場所からスタートして、寄り道せずに真っ直ぐここに向かって歩いてきたわよ。その途中で偶然真緒と会ったのよ。あそこってエリアで言うD−6辺りだったよね? 真緒」
「うん、間違いないよ」
「そう、それ以外にはとくに変わったことは無かったと思う。二人で無事にここに到着して、先に来てた湯川君と合流した。とまあ、こんな感じよ」
「真緒は、亜美と出会うまでに変わったことは無かった?」
 親友の安否を気にし続けてきた千秋は、真緒がここに来るまでに危険な目に遭わなかったか知りたくて、聞いた。
「私はスタートしてからは、行くあても無く、ただひたすらに歩き続けてた。そうしているうちに、いつか千秋に会えるだろうと思って」
 真緒が自分のことを気にかけてくれていたことに、千秋はたいへん嬉しく思った。
「だけど結局、亜美と出会うまでは誰の姿も見なかったよ」
「分かった。じゃあ次、湯川」
 猛がそう言った途端、皆の視線が一斉に、真緒から利久へと移り変わる。すると、いつも笑顔を絶やさない気の良い性格の利久も、このときばかりはさすがに表情を引き締めていた。
「僕は運がいいことに、ここからそう遠くはない場所からのスタートだったよ。だけど森林内は視界が悪くて、ちょっとだけ迷ってた。結局は一番乗りで廃ビルに着いちゃったけどね。それまでで変わったことといえば、歩いてる途中に、どこかから銃声が何発か聞こえたことくらいかな」
 利久が言葉を切ると、猛は少々顔色の悪い小島由美子の方を向いて「次頼む」と言う。
 指名された由美子は緊張しているのか、少しの間黙っていたが、他の六人が話を聞きたそうにこちらを見ていたので、
「私は亜美と真緒の次にここに到着したよ。それまでには誰にも会わなかったし、何も変わったことは無かった。本当だよ」
 とだけ言った。



 これで千秋と猛を除いたメンバーのうち四名が話を終えたことになる。残されたのはあと一人、坊主頭の杉田光輝のみだ。
「ワイもスタートしたんは森林の中やった。周りは木ばっかりで、暗かったし、ここに来るのにはえらい難儀したで。結局到着したんは磐田たちよりも三十分早かったくらいや。変わったことと言えば……そうそう、ビル近くにまで来たときに、一人でフラフラ歩いとる氷室の姿を見かけたわ」
「氷室なら、俺達もこの近くで見かけたな。銃持ってたから、万が一のことを考えて、見つからないように隠れてやり過ごすことにしたけどな。お前も氷室には声かけなかったのか?」
 猛の言葉に、光輝は肩をすくめた。
「冗談やない。あいつ歩きながら一人でブツブツと何か言ってるんやで。あんなヤバそうな奴に声かけれるほど、ワイの肝は据わっとらんわ」
 氷室歩の精神の不安定さは、誰もが知っている。そのため、光輝の判断には皆が納得したようだった。(事実、その判断は正解だった。精神崩壊した歩に遭遇してしまった六条寛吉は、悪霊と間違われて銃殺されているのだ。猛や千秋と同様に、光輝もまた命拾いした人物だといえる)
 こうして仲間達の話は終わった。猛が話を聞きながらもビルの外を警戒してくれていたので、皆安心して話に集中できたようだ。
「あとは俺と春日だけだな。まあ、ゲーム開始直後に俺と合流した春日は、べつに話さなくても良いだろう」
 皆の視線を浴びながら、猛は自分達の身の周りで起こった出来事を話し始めた。
 ゲーム開始直後、山崎和歌子が徳川良規を殺害する現場に、千秋が遭遇してしまったこと。
 良規が殺される瞬間を見てしまった千秋もが、和歌子に殺されそうになったこと。
 間一髪のところで猛が駆けつけ、千秋を助けたということ。
「まさか、山崎のやつが殺戮を始めるとは……」
「どうして……どうして和歌子が……」
 猛の話に、誰もがショックを隠せないようだった。無理もない。先ほどの皆の話が本当だったなら、猛と千秋の二人以外は、このとき初めてゲームに乗ってしまった人物の存在を明確に知ったのだから。
 そんな様子を見て、千秋は不安に思った。
 ここでさらに新田の件までも話してしまえば、仲間達との再会に望みをかけている皆は、きっと落胆してしまうだろう。だがしかし、これはいつまでも隠し続けれることではない。
 はたして、仲間の死を今伝えるべきなのだろうか。それとも、再会の期待が高まっている今は、皆を欺き続けるべきなのだろうか。千秋には判断できなかった。
 それは猛も同じだったらしい。
 和歌子の変貌ぶりを知った皆のショックがあまりにも大きかったことに、彼もこの先の出来事を話すべきなのかどうか判断しかねている様子だ。
 突如話を止めてしまった猛の様子に、何人かが不思議そうな目を向けている。
「どうした磐田? その後にまだ何かあったのか?」
 利久が聞くが、猛は答えることができない。
 沈黙が続く中、外はだいぶ明るくなってきていた。東の地平線から頭をわずかに覗かせている太陽が輝き、割れた窓から差し込んだ日差しが、薄暗かった廃ビルの内装を、今やはっきりと浮かび上がらせている。不気味な夜が明けて、ようやく朝が訪れたのだ。
 沈黙は思ってもいなかった形で破られることとなった。
 どこかでブツンと何かの機械のスイッチが入ったような音が聞こえた。
『おはようございまぁす! ウンコちゃんたち、元気にしてますかぁ? さぁさぁ朝の六時になったので、今回最初の定時放送を始めさせていただきまぁす』
 島のどこかに設置されているらしいスピーカーを通して聞こえたその陽気な声は、相沢智香を殺した憎き仇、プログラム担当教官、田中一郎のものだった。

【残り 三十一人】
←戻る メニュー 進む→
トップに戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送