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−真実への扉(1)−

「女子十四番、羽村真緒がたった今死亡しました!」
 担当教官が全身から漂わせる不機嫌なオーラを前にして緊張してしまったのだろうか、報告のためにソファーの側へとやってきた若い兵士の顔は少しこわばっていた。たぶん、機嫌の悪い田中に近づくのを恐れた先輩兵士たちに、彼は無理矢理に業務報告の役目を押し付けられたのだろう。
「……」
 田中一郎(担当教官)は無言のまま書類の上に万年筆を走らせ、羽村真緒の死亡エリアや時間などを記載する。それが済むとテーブルに積まれた紙の束の上に書類を戻し、半ば放り投げるような形でペンをその横へと置いた。
 田中がずっと黙ったまま振り向いてくれさえもしないので、若い兵士はその場から離れてよいのかも分からなかったらしく、少しの間ソファーの隣にじっと立ち尽くしていたが、途中でもう重たいい空気に耐えられなくなったのか、逃げるようにして業務へと戻っていった。田中はその後ろ姿を横目で追う。
 違う。こんなはずじゃなかった。
 テーブルの上に置いてあったティーカップを手に取り、淹れてからまだ一度も口をつけていなかったハーブティーを喉の奥へと一気に流し込む。長時間放置していたためにもうすっかり冷めきってしまっていたが、そんなことはどうでもよかった。今彼の頭の中には、首輪からの音声が途絶えてしまったというアクシデントに対する悔しさしかなかったので。
 せっかく梅林中の連中がプログラムに選ばれたと聞いて、担当教官に自ら名乗りを上げたというのに、これでは全く意味が無いではないか。と彼は声には出さず密かに嘆く。
 田中が今回担当教官を務めようと思うに至ったのは、とある二つの理由が存在していたからだった。
 梅林の面々がもがき苦しみながら命を失わせていく様子を、間近から観察したかった。それと、梅林中プログラムの担当教官を務めることによって、これまで自分を苦しめてきた闇が、もしかすると少しは晴れるかもしれないと思ったから。
 後者は理由というよりも、希望といったほうが適切なのかもしれない。しかし僅かに抱いていた期待とは裏腹に、田中の頭の中に立ち込めていた闇は未だ全く消え去ろうとしない。
 それもこれも、あのくだらないアクシデントのせいだ。
 首輪からの音声が途絶えたとなると、死を直前にした生徒達の生の声を聞いて楽しむ、なんてことができなくなるのと同時に、田中が求めていた『あることに関する情報』も入ってくる可能性が無くなってしまう。
 ちくしょう。コンピューター内部のプログラムが書き換えられていたって――、いったい何処の誰がこんなくだらないことをしやがった。
 外部からのハッキングか? いや、ここのセキュリティ体制はかなりしっかりしていて、いくら優れたハッカーでも島の外からアクセスするのは相当難しいし。仮にセキュリティを破って侵入することが出来るとしても、盗聴回路を司るプログラムを書き換えて、そいつに何の得になる? 悪戯か。それとも単純にプログラムを妨害したかっただけなのか。いや、危険をおかしてまで外部の人間がそんなくだらないことをするわけが無い。
 となると犯人は、比較的容易にプログラムの書き換えが可能な内部の者か――?
 上半身を捻って部屋の中にいる兵達一人一人の姿を観察する。田中に背を向けた状態でコンピューターと向き合い仕事に勤しんでいる者もいれば、忙しそうに部屋のあっちこっちを歩き回る者もいる。皆一様に忙しそうだ。
 一見すると誰もが任務を全うするためにマジメに働いているように思える。しかし、それは見せかけの姿に過ぎず、裏では何か良からぬことを企んでいる、なんて者もいるかもしれない。そしてそいつが今回のアクシデントを故意に引き起こした、と。
 ありえない話ではない。
 田中は兵士一人一人に――信頼していたはずの醍醐一尉にすら疑いの眼差しを向ける。
 覚えてやがれ。俺を怒らせた罪は大きい。今はまだ誰が犯人なのか見当もつかないが、今回俺の邪魔をした者が誰なのか判明したあかつきには、命で償ってもらうことになるからな。
 そのとき、突然兵士の一人が大きな声をあげた。
「担当教官!」
 田中が即座に振り返ると、先ほどの若い兵士がソファーの方へと駆けてきていた。
「どうした」
「プログラムの修正作業がたった今終了しました。もういつでも回線の復旧が可能です」
「本当か!」
 田中は勢いよく立ち上がり、部屋の中心へと移動した。
「それでは今すぐに盗聴回路を繋げろ! 急ぐんだ!」
 アフロヘアーをゆさゆさと揺らしながら兵士全員に命じる。
 そのとき彼は気付いていなかった。田中に背を向けてコンピューターと向き合っている兵士二人、桂木幸太郎木田聡の顔が急激に青ざめていたことに。

【残り 九人】
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