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 定期放送の時間でないにもかかわらず、島内に榊原の声が響き渡った。
『優勝者決定! 生き残った名城雅史君は、迎えの者が来るまで、しばらくその場で待機していてください』
 その言葉使いは、これまでの彼のものとは打って変わり、とても丁寧だった。優勝者に対しては、待遇がまるで特別なのだろうか。
 心身共にボロボロだった雅史は、もはやその場から動くことすらままならなかった。
 頭のてっぺんから足のつま先まで、彼の全身の至る所に傷口の姿が見える。
 直美を救出するために、崖を下っていた時に手の平にできた擦り傷。
 早紀子からの逃走の際、草の上で転んでできた両足の擦り傷。
 坪倉武にペンで刺されてできた右腕の刺し傷。
 皮肉にも、それらどれよりも、雅史の命を守るために早紀子が銃で貫いた右足首が、一番の重傷だった。
 動けぬ雅史がその場でしばらくじっとしていると、遠方に一台の古めかしき大型のジープが姿を現した。ジープは徐々にこちらへと近づき、雅史の側で停車すると、内部から数名の兵士が飛び出してきた。兵士達は雅史の身体を抱き上げると、ジープの座席へと放り込み、再び走行を開始した。
 ほどなくして、雅史を積んだジープは、生徒達の出発地点でもあった分校に到着。勢い良く飛び出した兵士達は、再び雅史を抱きかかえると、そのまま分校内部へと入っていった。
 見覚えのある廊下を通ると、拉致された雅史たちが、この島で初めて目を覚ました教室へと到着した。訳の分からぬうちに拉致され、騒然としていた生徒たちの姿は、もちろん無く、今では寂しいほどに静まり返っている。
「男子十六番、名城雅史君、優勝おめでとう」
 雅史の身体が教室の床に転がされた直後、覚えのある中年男性の声が耳に入った。振り向くと、そこにはサングラスをかけたスキンヘッドの男が立っていた。榊原吾郎だった。
「2002年度、岐阜県市立飯峰中学校三年A組対象、共和国戦闘実験、第六十八番プログラム。参加生徒総数四十六名の内、見事生き残ったのは君だ」
 サングラスに隠された目つきは見えはしなかったが、彼の口元は明らかに笑みを浮かべている。失われた数多くの生命のことを思うと、彼の態度はたいへん腹立たしく思えた。
「さて、優勝した君には規定どおり、政府の援助による生涯の生活保護が約束されるうえに、なんと総統閣下直筆のサイン色紙がプレゼントされます。どうぞ素直に喜んでいいですよ。あと、ちょっと面倒かもしれませんが、本土に帰還した後はニュース番組のインタビューと、生活保護の手続きを受けてもらいます。あ、もちろん身体の怪我を回復させる為にも、私どもに良い病院を紹介させていただきますよ」
 ひたすら話し続ける榊原だったが、その言葉はとても事務的で、彼自身の感情など全く込められているようには思えなかった。彼の低姿勢なその態度も、表面的なものでしかないのだろう。それがまた、雅史は気に入らなかった。
「オッサンはどうしてそんなにも淡々と話せるんだ? 四十五人もの中学生がこの島で死んだんだぞ! それが他人のこととはいえ、いくらなんでも冷徹すぎないか? そもそも、皆が死んだのはお前のせいじゃないか!」
 雅史の言葉はまだまだ止まる様子は無かった。しかし、突然表情を厳しく変化させた榊原によって、脇腹を力いっぱい蹴りつけられ、その怒りの声は強制的に中断させられた。
「こっちが丁重に対応してやれば、すぐに調子付きやがって! これだからクソガキは嫌いなんだよ!」
 毒々しき口調の榊原。やはり彼の本当の顔はこちらだったようだ。
「戦時中、俺は自らの生命を賭けて、国の為に戦った。俺達大人は、ひもじい思いをしながらも、飛び交う銃弾の下をかいくぐりながら、大東亜の土台を創り上げたんだ! だが、今のクソガキ達を見てみろ! 俺達の苦労も知らずに、既に敷かれた線路の上で、ただあぐらをかくばかり! 果ては国を乱さんばかりに、自分勝手な行動すら起こす! 俺はな、そんなお前達の姿を見ているとイライラするんだよ!」
 榊原に再び脇腹を蹴られたが、雅史はぐっと堪えた。
「よく覚えていろ! お前らガキの萎えきった人生など、大人達の尊大さの前には、全くの無力だって事をなぁっ!」
 全てを吐き出した後に、榊原は背を向けて出入り口へと向かった。途中、「俺は霧鮫に賭けてたのに」とか、「コイツに賭けた奴は大もうけだな」と一人ごちていたいたのが聞こえたが、雅史には全く関係の無いことだった。
「あと数分でこの島から発つ。なにか忘れ物があるなら、今の内に言っておけよ」
 振り返ることなくそう言った榊原は、そのまま廊下へと出て行こうとしていた。
「……俺は、精一杯生きてやる」
 廊下へと一歩踏み出した途端、そんな声が聞こえ、榊原はその足を止めた。そして振り返った。
「皆と約束したんだ。俺は、死んだ者達の想いを背負って生きていくって。だから、俺は精一杯生きてやるんだ! 見てやがれ、クソジジイ!」
 目に一杯の涙を浮かべながらも、大声でそう叫ぶ雅史の姿を見て、榊原は「フン」と鼻を鳴らし、ようやく教室を後にした。

 ほどなくして、雅史は島から発つこととなった。
 本土に到着してすぐ、榊原の言ったとおり、眩しいほどにカメラのフラッシュを全身に浴び、たくさんの報道カメラを前にインタビューを受けることとなったが、雅史は一言も質問に答えはしなかった。しかし、モニターに写された彼の目つきは、ある種の決意の色を浮かべていた。
 こうして、四十六名もの生徒達を、絶望の底へと追いやった、2002年度共和国戦闘実験第六十八番プログラムは、幕を閉じた。

 しかし、物語はこれで終わりはしなかった。このプログラムには、誰もが予想すらしなかった真相が隠されていたのだ。
 雅史がその事実を知ったのは、じつに三年も後の事だった。



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