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  飯峰中に通う三年生の一人、中村信太郎とは、特筆するほどの取り柄も無く、クラス内でも目立たぬ部類に位置する生徒だった。しかし、他のクラスメートの誰もが持たぬ、彼唯一の特徴があった。それは、自己中心的という性格をそのまま具現化したような人物だったということ。
 彼が家族とともに海外旅行に出かけたのは、ある夏休みのことだった。
 飯峰中三年A組の生徒達の中には、偶然にも誰一人海外旅行を経験した者がいなかった。それを知るや否や、信太郎が教室のど真ん中で、クラスメート達に向けて、海外旅行を経験したという自慢話を展開していたというのは、あまりにも有名な話だ。
 普段目立たぬ信太郎は、そうやってささいな自慢話を盛大に演出することで、自らの存在をアピールしていた。だが、彼の自慢話を聞いて、気を良くする者がいなかったのは当然のことだろう。
 それでも信太郎は自慢話を止めはしなかった。自己中心的な彼には、呆れているクラスメート達の心情を察する力が無かったのだ。
 性格的にそのような問題のある信太郎に対しては、雅史も少なからず注意を払い続けていた。それは、このプログラムが始まってからも例外ではない。
 信太郎は早紀子が倒れたのを見ると、すぐさまこちらへと駆け寄り、にたりと不気味な笑みを浮かべて見せた。
「ラッキー、一発で当たっちまったぁ! まさかこんなにも上手くいくだなんて、思ってもなかったぜ」
 笑い声を上げながら、その場で小躍りしだした信太郎の姿は、人に向けて銃を撃ったばかりの者の態度だとは思えなかった。おそらく、彼は罪悪感など全く感じていないのだろう。信太郎の自己中心的な性格は、こんな所でも垣間見えた。
「し、信太郎。今まで何処で何をしていたんだ?」
「俺か? 俺はその辺の茂みの中で、ずっと隠れ続けていたぜ。一度も誰にも見つかる事が無かったのは、本当に偶然だったけどなぁ」
 茂みの中に潜み続ける信太郎の姿を想像した。一日四回の定時放送の度に、名簿の生徒名の上にペンでチェックを書き込む彼の姿を。
 他人の事を思いやれぬ彼のことだ。おそらく生徒の生き残りが減っているのを実感するたびに、ニタニタとほくそ笑んでいたのではないだろうか。
「さて、吉本も仕留めたし、もしかして生き残ってるのって、あと名城だけか? じゃあひょっとして、お前を殺せさえすれば、優勝は俺のものってことかぁ」
 迷いなく銃口をこちらへと向ける信太郎の姿を見て、今度こそ助からないだろうと思った。しかし、信太郎が引き金へと指をかけた瞬間、何かが彼の腹部を貫いた。
「ギャッ」
 信太郎は負傷箇所から血を噴出させながら、突如その場に崩れ落ちた。
 雅史は信太郎の身に何が起こったのかを確認する為に、辺りを見回した。信太郎に背後から撃たれ、倒れていたはずの早紀子が、拳銃を握っているのに気が付くまで、時間は掛からなかった。どうやら彼女はショットガンの他にも、まだ銃を隠し持っていたようだ。
 早紀子が握る、サイレンサーが装着された銃の先端からは、白き煙が舞い上がっていた。
 信太郎を倒すと、早紀子はのっそりと立ち上がり、やはり敵に撃たれた背中を手で撫でていた。
 撃たれた衝撃で倒れてしまったものの、銃弾が命中したのにもかかわらず、やはり彼女の身体は傷一つ負ってはいないようだった。まさか、本当に鋼鉄製の身体を持つとでも言うのだろうか。
「だ、大丈夫なのか、吉本?」
 無意識の内に早紀子の身体を心配してしまっていた。ほんの数分前までの雅史なら、直美を殺した張本人である早紀子に向けて、こんな優しき言葉をかけてやることなどなかったであろう。もしかしたら彼女の話を聞いているうちに、雅史の心境に変化が起こったのかもしれない。
 雅史の問いかけに言葉で返答することなく、早紀子は無言のままセーラー服をめくり上げて見せた。それを見て、雅史の中で全ての謎が解けた。
 彼女のセーラー服の下から姿を覗かせたのは、なにやら見慣れぬ形をしたグレーのごわごわした衣類だった。おそらく、防弾チョッキとかいう物なのだろう。これがあったから、雅史や信太郎に銃で撃たれても、彼女は平然としていられたというわけだ。
 腹部の激痛に悶え苦しむ信太郎の傍らで、早紀子はゆっくりと屈み込み、まだ熱い煙を吐き出し続けている拳銃『H&K MK23』を、彼の手の中から引き剥がした。そして容赦なくその銃を信太郎へと向け、足を貫いた。
 再び全身を駆け巡った激痛に耐えかね、信太郎は「ふぎゃぁ」と情けない声を上げた。まだ生きているとはいえ、これで彼は身動きすることすらままならないだろう。
「……最後の邪魔者も現れたことだし、これでようやく悪夢が明けるわ」
 早紀子が自らのスカートのポケットへと手を入れ、パイナップルのような形をした黒き物体を取り出したのが見えた。
 あれは、まさか……。
 物体の正体をなんとなく察知した雅史は、背筋に冷たい感覚を覚えた。
「名城君。私から離れてちょうだい」
 早紀子は信太郎の身体を引きずりながら、雅史から離れつつ言った。
「何をする気だ、吉本!」
 雅史が駆け寄ろうとすると、早紀子は「来ないで」と叫びつつ、例の黒い物体、手榴弾を高く掲げて見せた。
「私は今から、この男と共にプログラムから離脱する。だけど、私達に近づけば、あなたも死ぬことになる。だから、近寄らないで」
「バカヤロウ! 俺なんかの為に心中するつもりか! やめろよ! 俺はそんなこと望んでない!」
 早紀子の暴走を止めようと、雅史は二人に向けて駆け出した。
「あなたが望んでいなくても、私は名城君の生存以外には、何も望んでいない」
 早紀子は右手に持つH&Kを構え、その照準を雅史へと合わせた。
 タァンと銃声が響き渡ると同時に、雅史はその場に倒れた。
 激痛を放つ右足首へと目を向けると、そこから大量の血が溢れ出しているのが確認できた。どうやら、早紀子の手によって貫かれたらしい。この足ではもう、早紀子に近づくことはできない。
「さて、もうお別れの時間……。思い起こせば不幸な人生の中で、あなたの姿を見ているときが、一番の至福を感じていた……」
 苦しみもがく信太郎を地面に転がすと、早紀子はすっと立ち上がり、そしてその顔を雅史へと向けた。
 雅史は再び立ち上がろうとしたが、銃弾で貫かれた足ではどうにもならず、ただその姿を見つめることしか出来なかった。
 遠くで燃えさかる街の光を背に受けた早紀子の姿は、雅史の位置からでは逆光となり、はっきりとは見えなかった。しかし、今まで無表情のままだった彼女の顔が、うっすらと微笑んでいるような気がした。


「さようなら、名城君……。生きて……」
 早紀子の黒きシルエットが、手榴弾のセーフティグリップを外した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! やめろ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 自らが追い込まれた事態を把握した信太郎が、早紀子の足元で悲痛に声を上げている。しかし、その声が途切れるまで、時間はさほどかからなかった。
 早紀子の足元に落とされた手榴弾から、白き閃光が発せられると同時に、凄まじき爆音が島じゅうを走り回った。
「よ、吉本ーーーーーーーーーーーっ!」
 足の痛みも忘れるほどに、雅史は大声で彼女の名前を叫んだ。しかし、信太郎の姿と共に、早紀子の生命は舞い上がる砂煙の中に消え失せた。


 
『中村信太郎(男子15番)・・・死亡』

 『吉本早紀子(女子22番)・・・死亡』



【残り1人/ゲーム終了・以上飯峰中学校三年A組プログラム実施本部選手確認モニタより】




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