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 雅史の人指し指の力によって、コルトパイソンの引き金が傾けられたと同時に、妖しく黒光りする銃身の先端から、固く冷たき殺人弾が勢い良く飛び出した。
 意志も何も持たず、ただ人を殺すためだけに存在しているそれは、スパイラル回転を繰り返し、美しいほどの直線を空中に描き出しながら、大樹の右胸部へと真っ直ぐに向かっていった。
 運命の時間が訪れるまではほんの一瞬だった。
 銃弾は大樹の元へと到達した直後、驚くほどすんなりと彼の右胸部から体内へと入り込んでいった。そして幾つかの臓器を傷付けながら体内を突き進み、最後は背中の皮を破って出てきた。
 大樹の身体を貫通した銃弾は、まだ勢いを緩めることなく、次なる標的、須王拓磨の右胸部の皮を突き破り、再び体内横断を開始した。
「がぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 自らの右胸部、須王にとっては心臓のあるべきそこに、銃弾がめり込んだ瞬間、許しがたき殺人鬼は、この世のものとは思えぬほどの絶叫をあげた。その直後、大樹の首に巻きつけていた腕の力が抜け、須王は全身を背面へと傾け始めた。
 須王の体内へと入っていった銃弾が、再び空気中へと顔を出す事はなかった。大樹の体内を通過している間に、勢いを失った銃弾は、ちょうど須王の心臓に突き刺さった瞬間、そこで前進するのを止めたからだ。
 背面へと倒れた須王は、左右どちらの胸部からも凄まじい量の血液を流しだしていたが、アイスピックで刺された左側とは比べ物にならぬほど、右側の負傷箇所は凄まじかった。こうなるに至るまでの過程を知らぬ者でも、この状況を見れば、何が彼を死に至らしめたか想像に難しくないかもしれない。
 心臓を撃ちぬかれた須王は、もちろん、今度こそ二度と起き上がることはなかった。プログラムが始まった当初、絶対に誰も殺さないと心に誓った雅史が、ついに人を殺してしまったのである。
 雅史は本来なら、クラスメートを自らの手で殺めてしまったという事実に、言い知れぬほどの罪悪感を押し付けられ、それに苦しみ悶えるはずなのだろうが、このときばかりは、クラスメートの死に対して感情を抱く事はなかった。自身の欲望のみを追及した結果、罪なきクラスメート達を闇に沈めていった悪魔に対してなど、かすかな情すら見せてやる必要などない。心の底でそう思っていたのかもしれない。しかし、彼が須王の死に対して何も思わなかった本当の理由は、そんなことではなかった。今の彼にはそれ以上に気がかりとなっていることがあったのだ。
「剣崎!」
 雅史はうつ伏せに倒れている大樹の元へと走った。
 両手足の自由を失い、すべての支えを失った大樹は、全身の体重を地面にあずけたまま起き上がりはしなかった。しかし、心臓の位置が左である彼は、なんとかまだ生き長らえてはいるようだ。だが安心などはしていられない。撃ち抜かれた胴体から、須王に負けず劣らずと言うほど、凄まじき流血を展開している大樹は息絶え絶えで、いつ意識が途切れようともおかしくはないといった様子だからだ。
 雅史は学生ズボンが泥に汚されるのも気にせず、大樹の側で地面に膝をつけ、仇討ちのためとはいえ悪魔へと果敢に立ち向かった正義の戦士の顔を見下ろした。
 敵が逃げ出そうとするほどの強大な威圧感。かつての大樹は全身からそれを滲み出させていた。しかし、今の大樹からは、そんな感覚など微塵も感じられなかった。
 つり上がっていた眉は両端を力なく下げ、常に力の入っていた眉間のしわも、今では力なく伸びきっている。突き刺さるような眼光を放っていた両目も、消燈前であるかのように虚ろに見えた。
 大樹は雅史の姿が見えると、その虚ろな視線をゆっくりと移動させ、その顔がちょうど中心に写るように視界のフレームを合わせた。そして、心配そうな表情を浮かべる雅史とは対称的に、薄く笑みを浮かべた。
「……何も出来ない……ただ正義を主張するだけの臆病者かと思っていたが……、やればできるじゃねぇか」
 やはり傷は相当に深かったらしく、大樹のその声にまで力は感じられなかった。
 息を荒げる彼の姿に、雅史はまた心を痛ませた。一度は止めた涙だったが、大樹を撃ったのは紛れもなく自分なのだという罪悪感に耐え切れなくなり、再び瞼の奥から滲み出す。
「ゴメン、剣崎! 俺……俺……、この手で……剣崎を……!」
 嗚咽が混じり、途切れ途切れになった雅史の言葉は大変聞きづらかったが、大樹はそれをきちんと聞き取れているのか、再びうっすらと微笑み、力はないが穏やかな口調で言葉を返してくれた。
「泣くなよ……名城……。俺はむしろ感謝してるさ……。俺一人では成し遂げられなかった復讐に……きちんとケリをつけてくれたんだからな……」
 言い切った直後、やはり胸の傷が相当に痛むのか、大樹は表情を苦しそうに歪ませた。
 大樹の瞳の奥に写っている自らの姿が、だんだんと遠のいていくのを感じた雅史は、彼に急いで声をかけた。
「お、おい、剣崎! どうしたんだよ! 死ぬな! 絶対に死なないでくれ!」
 必死に懇願する。もともと神の存在など信じてはいなかった雅史だが、今なら神頼みだって平気でやってのけてやるとさえ思った。
「……俺さ……約束したんだ……。忍と……」
 雅史が再び大樹へと声をかけようとした瞬間だった。突如大樹の口から出てきたその言葉に遮られ、雅史は喉まで出てきていた言葉を飲み込んでしまった。
「以前のインターハイで……、相手選手を死に至らしめてしまった俺は、その罪によって与えられた苦しみに耐え切れなくなり……、一度は空手をやめたんだ……」
 なぜ大樹は突然にこんな話をしだしたのか、雅史には理解できなかった。しかし、息を切らしながらも必死に話そうとする彼の姿を見ては、とてもそれを遮る事などできず、真剣にその話に耳を傾ける事に徹した。
「繊細なことが苦手で不器用な俺にとって……、唯一熱意を持って取り組めるものが空手だった。それを失った当時、俺はただの抜け殻となってしまったかのような生活を送っていた……。いつもなら練習に取り組んでいたはずの時間は……、ただ外をぶらぶらと遊び歩くだけに費やされ、時と共に俺の中にあった熱も、だんだんと冷めていってしまった……」
 昔の事を懐かしんでいるのだろうか、話している大樹の顔は、再び穏やかな色を浮かばせていたように見えた。
「だがあるとき、俺は一人の女に殴られた……。それは紛れもなく、幼少の頃から同じ道場に通っていた忍だった……」
 忍の名前が挙がった瞬間、雅史と同じく大樹の話を側で聞いていた直美の表情がはっと変化したが、彼女も大樹の言葉を遮ってはならぬと思ったのか、黙ったまま大樹の話を聞き続けた。
「試合中の事故とはいえ、一人の人間を死なせてしまった事実に苦しむのは仕方がない。だけど、それを理由に、かつての熱意を捨てるなど、大樹にはそうなってほしくなかった……あいつはそう言ったんだ……。
 そのとき俺は気がついた……。幼いころに母を亡くしているあいつは、これまで俺に一度だって悲しそうな表情を見せた事がない。もちろん……、あいつだって内面ではその悲しみをいつまでも抱き続けていたはずだ。だが、母の死後、忍は母の言葉に従って、強くなると決心した。だからあいつは悲しみにも耐え抜き、強く生き続けることが出来た。
 それに対して俺はどうだ……。苦しみに打ち負かされ、すべての熱意を奪われた俺は弱い人間なのではないだろうか……。だから目が覚めた俺はそのときに、忍に、あるいは俺自身に誓った……。俺も強くなるのだと……」
「剣崎……お前……」
 全てを話しきった大樹は、緩やかな笑みを浮かべてはいたが、雅史はその顔色の変化に気がつき、無意識の内に彼の身体へと手を伸ばしていた。
 胸部から血が流れ出していくと共に、血の気を失っていく大樹の顔から、だんだんと生気の色が消えていく。
 雅史は大樹に立ち上がれと言わんばかりに身体を抱きかかえたが、全身の力を無くした彼が立ち上がることなど、もちろんなかった。
「がんばれ! おいっ! 絶対に死ぬなよ、剣崎!」
 雅史は必死に大樹に向かって声をかけるが、もはやその声も聞こえていないのか、大樹はただ自らが言いたいことを口から出すだけであった。
「……おそらく……俺はもうだめだろう……。すまない……、名城、石川……。お、お前達二人を残して……俺だけが消えてしまって……」
「そんなこと、どうでもいいよ! だから……だから死なないでくれ!」
「……これで……このゲーム内に残された生徒たちは……お前達を含めて四人……。だが、この中で複数の生徒が生き延びること……それはまずない……」
「止めろよ! もう何も言うな!」
「このなかで一人……誰が生き残るか……それを決めるのは本当に難しい事だとは思う……。もうすぐこの世の者ではなくなる俺が……お前達にどうしろと言いはしない……。だが……、これだけは言わせてくれ……」
 必死に呼びかける雅史の声に反応する事もなく、ただ淡々と話す大樹。雅史と直美の顔を順に見比べ、そしてまたうっすらと笑みを浮かべ、こう付け加えた。

「強く生きろ」

 そう言い切った瞬間、彼を抱きかかえている雅史の腕の中で、大樹はがっくりと頭を垂らした。
「……お、おい……。冗談だろ、剣崎……」
 雅史は大樹の頭を持ち上げ、その顔を覗き込むが、早くも真っ青と染まった彼の顔は冷たく、閉じた瞼が再び開くことはなかった。しかし、雅史はまだその事実を信じる事が出来ず、大樹に向かって話し掛けることを止めはしなかった。
「なぁ……目をあけろよ……。死ぬなよ……剣崎……。何か言い返せよ……。なぁ……」
 しかし反応を見せない大樹。雅史の腕の力がふと抜けた途端、その身体はどさりと土の上にかぶさり、やはり微動だにすることはなかった。
 少しの間それを見つめていた雅史。しかし。


「……うっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 もはや否定する事も出来ないその悲しみに耐え切れなくなり、彼が生れてからかつてないほどの大声をあげながら泣いた。


 
『剣崎大樹(男子7番)・・・死亡』

 『須王拓磨(男子10番)・・・死亡』


【残り 4人】




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