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『ピピピピピピ……』
 木造の教室内に、突如けたたましく響き渡る電子音に驚き、
榊原吾郎はテーブルの上に置いてあった黒い携帯電話へとすばやく手を伸ばした。
 しっかりと携帯電話を掴むと、それを自らの顔の前へと移動させ、ディスプレイを覗き込んだ。緑色に光るデジタル画面には『須王』という二文字が浮かび上がっている。
 畜生……、なんて悪いタイミングで電話してくるんだ。
 一瞬戸惑いを感じた榊原だったが、このまま電話に出ず、相手を無視し続けるなどできないと判断。いまだ鳴り止まぬベルの音を掻き消すためにも、しかたなく電話マークのついたボタンを押した。
「あい、お電話どうも。榊原です」
 できるだけ平静を装い、はきはきと喋ろうとしたが、緊張のためか、どこかうわずった口調になっていたかもしれない。髪の毛の一本も生えていない頭部から、ぬるりとした汗が滲み出し、彼の体温は上昇するばかりだった。
 榊原がこれだけ緊張するのにも無理はなかった。彼が今電話している相手の名前は、ご存知のとおり『須王』という。そう、今回のプログラムの参加者でもあった須王拓磨、その父親である。
 榊原にとって須王は上官である。そのため、生徒たちに対してあれほどの威厳を見せ付けていた彼でさえも、二十歳近く年下であるこの男を前にしては、失礼の無いように頭を下げなければならない。須王という男が、どれほど恐ろしい男であるか、それを知っているだけに尚更である。
 これは榊原のみに言えたことではない。普段は大きな顔で歩いている政治家でさえも、彼の前では廊下の隅で息を潜めなければならない。それほど、須王という男の存在は絶大なのである。
『須王家は、全ての者の上に君臨する存在でなくてはならない』
 こんな思想まで抱いているこの男。はたして、榊原がここで「お子様は先ほど殺されました」などと伝えたならば、いったいどれほど恐ろしき形相を浮かべ、怒り狂うだろうか。その姿を想像するだけで身震いしてしまいそうだった。
『ご苦労だな、榊原。さっそくだが、あれからプログラムがどうなったか教えてくれ』
 榊原が恐れていた通り、彼は余計な話は何一つすることなく、自らの用件のみを突き出してきた。予想していた事とはいえ、これには榊原も悩むばかりであった。この男の機嫌を損ねたならば、いつどんな形で自分に圧力がかかってくるか分からない。もはや彼にはほんの少しの時間稼ぎを実行するにも精一杯だった。
「あ、はい。前回のお電話以降、亡くなられた生徒の数は十四人。まず午後二十三時直前に、男子6番の北川太一が、22番の矢島政和にボウガンを頭に射られて死亡。日付が変わって、次に午前一時十四分に、女子13番の時任乙葉が、男子7番の剣崎大樹によって銃殺され、その後――」
『そんなことはどうでもいい。それよりも、ウチのせがれはどうなった? あれから何人殺したんだ?』
 受話器から溢れる低トーンの声によって遮られ、榊原の必死の時間稼ぎも実を結ぶことなく、やむなく事実を伝える羽目になってしまった。
「……お子さんはあれから、男子12番の辻本創太と、女子9番の新城忍、いずれもかなりの実力者であった二人を、見事に葬ることに成功いたしましたが……」
『……どうした?』
 榊原は一瞬躊躇したが、もはやヤケになったか、次の瞬間には口調を少し強め、ついに確信部を伝えた。
「……殺されました。男子16番、名城雅史……、こちらとしてもノーマークであった、この男の手によって……」
 彼がこの言葉を放った後、少しの間沈黙が訪れた。
 はたして、須王は今、何を思って黙り込んでいるのだろうか。榊原の中で不安がだんだんと大きくなっていく。
「し、しかしあの状況では、敗北は仕方がなかったですよ。お子様を殺した名城雅史は、他に二人の生徒と手を組んでいましたし。三対一では、さすがに須王家のお子様であろうとも、苦戦を強いられるのは致し方ないですから……。それに、お子さんは有力選手を含め、七名もの生徒を葬るというかなりの成績保持者。さすがは須王家のご子息であるといった感じですかね」
 必死に相手の機嫌取りに徹する榊原だったが、須王は黙りこくったまま、なかなか言葉を返しては来なかった。それがまた、榊原の抱く不安感を増大させた。
 その沈黙を破ったのは、意外にも須王だった。
『……腑抜けが、拓磨の奴。あいつには多少は期待してたんだが、まさかその程度の“ゴミクズ”だったとは……』
「えっ?」
 須王の意外な反応に、榊原は驚くばかりだった。しかし須王は構うことなく、自ら思ったことを、遠方の榊原に向かって話し続けた。
『須王家に生まれた者は、いかなる理由があろうとも、すべての人間の上に立たなければならない。ところが今回、拓磨は他の生徒に無様にも殺された。すべての人間の上に立てなかった。
 そんな器の小さい男など、もはや須王家には要らぬ。たった四十六人の中の頂点にでさえ立てなかった“ゴミクズ”など、惨たらしく殺されてしまえば良い』
「あの……、失礼ですが、お子様の死に対して、残念に思ったりとかはしないんでしょうか?」
 実の息子の死に対しての、あまりに無慈悲な須王の言葉に、榊原はついこんなことを聞いてしまったが、それへの須王の返答は、以下のようなものであった。
『笑止! もはやあんな馬鹿息子になど、同情する事すら時間の無駄だ。須王家は更なる発展の為にも、一秒たりとも時を無駄に消費する事は出来ぬ。
 再来年、我が家の次男が中学三年生になる。もちろん、コイツにもプログラムに出場してもらうつもりだ。プログラムで優勝すら出来ない者が、国中の頂点に君臨するなど出来るはずが無いからな。息子達の中から優れた人材を選出する為にも、一ヵ月後に産まれる五男を加え、私はこれからも息子達全員をプログラム内に放つつもりだ』
 それだけ言うと、須王は榊原の返答を待つことも無く、一方的に通話を切断してしまった。
 少しの間、呆然としていた榊原だったが、すぐに何かが吹っ切れたかのように笑い始めた。
 以前から須王家は恐ろしい家系だと存じていたが、まさかここまでイカレていたとはな。まったく、末恐ろしい一族……いや、恐ろしい父親だ。常軌を逸したこの一族、どうやらこれからもプログラムを楽しいものにしてくれそうだ。
 須王拓磨の死を知った際、予想外の展開に戸惑っていた榊原の不安は何処へ行ったか、今の彼はまさにご満悦そうな笑みを浮かべている。しかし何かを思い出したか、彼は突如モニターへと向き直り、緩んだ表情をもきっと引き締めた。
 さて、そんな未来の事よりも、今の俺は今回のプログラムを最後まで見届けなければならない。予想すらしていなかった番狂わせに驚かされはしたが、それもまたプログラムの醍醐味。
 生き残ったメンバーのデータを見比べつつ、またニヤリと笑む榊原。


 生き残った者達よ! 最終決戦は今始まった! 嘆き、悲しみ、苦しみ、もがき、それぞれが必死になって、いかなるドラマを生み出すか、この俺に見せ付けてみよ! 凄惨な光景は、この俺に最高の至福を与えてくれることとなるだろう!
 さあ、必死になって殺し合え! 最後の一人になるまで!


【残り 4人】




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