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 大量の出血によって引き起こされる眩暈。全身に駆け巡る傷の痛み。それら全てを吹き飛ばそうとしているかのごとく、必要以上に声を荒げた須王のその発言に、雅史達は驚かざるを得なかった。
「み、右心臓?」
 雅史の口から言葉が自然と漏れた。
 須王の言う話が本当なのなら、雅史達が抱いていた疑問は解けることとなる。そして、須王が言っていることはおそらく真実であろう。彼が今もこうして生き続けている事が何よりの証拠だ。
 背中を踏みつけられた大樹は、両手足の傷にその衝撃が響いたのか、痛みに耐え切れず悶え苦しんでいる。そしてその姿を見下ろし、須王は勝利を我が物にしたかのように笑った。
「……ハァ……そ、そういうことだ。それにしても、危うく敗北するかと思われたこの戦いで……、またしても運良く、勝利を手にする事が出来るとは……、ホント、ラッキーだぜ……」
 悪魔の如き不気味な笑顔を浮かべる須王。しかし、言葉の途中で何度か息を切らし、苦しげな表情をも見せた。当然だ。心臓を貫かれるのを免れたとはいえ、彼の左胸に開いた傷は深く、出血も酷い。このまま長き時間を費やし、いつまでも血を流し続けるならば、いずれにしろ彼の命は危ういであろう。しかし、当の本人、須王は自らの危機的状況を知ってか知らずか、まだ悪あがきを止めはしなかった。
 息を切らし、ふらつく足で全身を何とか支えながら、須王は足元に這いつくばっている大樹の襟首へと手を伸ばし、まるでネコを掴みあげるかのように持ち上げた。
「さあ、ゲームはもうすぐフィナーレだ! まずは……お前たち三人を……この場でぶち殺し、そして……残る二人を始末する……。そう……そうすれば……このゲームの優勝者は、この俺……、そう、俺が王者となるのさ!」
 両手足の自由を失った、大樹の哀れな姿を眺めつつ、許しがたき悪魔は嘲笑した。須王に首根っこを掴まれても、ただ手足をだらりと垂らし、反撃も出来ず、大樹はただ悔しそうな表情を浮かべるばかりだった。
 彼は今おそらく、何故あの時、この男の生死をきちんと確認しなかったのだろうと、自らの詰めの甘さを後悔しているだろう。
 そんな彼らの姿を見つつも、自分はどう動けばよいのか判断できずにいる雅史。目に写る衝撃的な場面の数々に、彼の思考回路はマヒしつつあったのかもしれない。
 そうして微動だにできなかった雅史の傍ら、今もまだ親友の変わり果てた姿を抱き締め続けている少女、石川直美も、先ほどようやく事態の異変に気づいたらしく、その視線を許しがたき殺人鬼の方へと向けていた。そして、口元をきゅっと締め、その光景をしばらく見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「……名城君……あれ、須王君?」
 現在、眼鏡を無くした彼女の目では、少し離れた場所に立つ男の姿は、あまりよく見えていないはずだが、どうやら耳に入ってきた声で、その正体を理解したようだ。
 親友の哀れな死に様を目にし、深い悲しみの底に追いやられていた直美の声は、聞き逃してしまいそうなほど弱々しかったが、雅史はなんとかその声に気づき、「ああ」とだけ言った。
 そのときの雅史の様子で、何かを理解したのか、直美はこれまで悲しみの色で染めていた自らの表情を、きっと厳しいものへと変えた。
「……あいつが……あいつが忍を殺したんだね……」
 怒りに打ち震えた彼女の声もまた震えており、そして、小さく弱々しき拳を、めい一杯の力で握り締め、あまりよく見えていない目で、相手を力強く睨みつけていた。
 直美の豹変に気づいた雅史は、急いで彼女へと飛びつこうとした。なぜなら、彼女の弱々しい手の内に握られている小さな銃、ハイスタンダート・デリンジャーの銃口が、須王と大樹がいる方向へと向けられていたからだ。
 目の前の光景があまりよく見えていない直美に銃を撃たせることは、あまりにも危険だった。須王の側には大樹の身体があり、ほんの少し照準がずれてしまえば、誤って大樹を撃ってしまう恐れが十分にあったからだ。
 奇声を発しながら、引き金に当てている指先に力を込めようとする直美。その奇声に気づき、大樹を持ち上げたまま、回避を試みようとその場から動き出す須王。そして、直美の暴走を止めようと、彼女の銃を奪い取ろうと試みる雅史。三者それぞれが一斉に動き出した。
 次の瞬間には、森林内にバンと渇いた銃声が鳴り響き渡った。
 直美の手元からは一筋の煙が上がっているが、銃口は空に向いていた。直美が引き金を絞るよりもほんの一瞬早く、雅史の手によってその軌道が変えられたのだった。
 雅史は力ずくで直美から銃を奪い取った。
「か……返してよぉ! その銃を返して! あの男を殺させてよぉ!」
 泣き叫び、懇願する直美。しかし、雅史はその直美の願いを撥ね退けるしかなかった。雅史の頭の中には、いかにすれば、これ以上誰も傷つかずに、この状況から抜け出す事が出来るかという考えしかなかったからだ。しかし、大樹の身柄を須王によって拘束されてしまっている今の状態を、どうすれば脱する事が出来るか。それが考え付かなければ、状況を好転させる事など出来るはずがない。雅史の考えを成功へと導く事は難しそうであった。
 一方、突如銃口を向けられた須王は、また表情を厳しく歪めた。しかし今回は痛みによって引き起こされた苦しみを表す歪みではなく、それはむしろ怒りを表しているようだった。
「……やってくれるじゃねぇか石川! まさか……てめぇみたいなゴミクズに銃口を向けられるとは……、思ってもいなかったぜ……。だがな……、これはまさに王への反逆……。よって……お前たちは罰を受けなければならない……」
 須王はそう言ったと同時に、持ち上げていた大樹の身体を側に引き寄せ、その首に自らの腕を回して固定した。そして、アイスピックを大樹の首に突きつけ、こう言った。
「さぁ、選択するがいい! この男の死を選ぶか。それとも、今お前たちが持っている銃二丁を俺に譲り、三人共に命を乞うか……。選べる回答は一つだけだ! さあ……、どちらを選ぶか答えろ!」


「なっ、なんだと!」
 須王が突如突き出したこの難問。もちろん雅史達が即答できるはずがなかった。
 これまでお互いを信じ合い、共に団結して行動してきた仲間である大樹を見捨てる事など、まず出来るはずがない。しかし、大樹を助ける為に、雅史達が銃を差し出してしまえば、その場で三人共の命が、須王によって消されてしまう事は想像に難しくない。
 だが、突破口を全て塞がれた訳ではない。雅史の頭の中には、須王が提示しなかった第三の選択肢が浮かび上がっていたのだから。しかし、それもほんの一瞬の内に塞がれようとは、雅史は思いもしなかった。
「おっと……。お前が銃で俺を撃って……剣崎を救い出すなんて回答はナシだぜ……」
 須王はそう言うと、側の大樹の身体をさらに引き寄せ、自らの身体の正面へと移動させた。すると、大樹の大きな身体によって、須王の全身は後ろへと隠れてしまった。おそらく、大樹の身体を弾除けにし、雅史達によって撃たれるのを防ごうというつもりなのであろう。(雅史は知りはしなかったが、それはちょうど、銃を向ける柊靖治から逃れる際に、須王が用いた手段、まさにそのものであった)
「さぁ、撃てるものなら撃ってみやがれ! もちろん……剣崎に当てず、俺だけを撃ち抜く自信があるのならなぁ!」
 まさか、こちらの考えをこうもすぐに読まれてしまうとは。
 大樹の身体は須王のものよりも一回り大きく、標的の姿を完全に隠してしまっており、銃の腕前がどうだろうと関係なく、須王のみを撃ち抜くことなど不可能である。雅史はたいそう悔しがった。
「ちくしょう須王、悪あがきはよせ! お前がどうにかして、ここで俺達に勝利したところで、深い傷を負ったお前が生き長らえるなんて不可能だろう! だから、ここでいさぎよく剣崎を開放し、無駄な戦いを止めるんだ!」
 雅史の言葉の通り、須王の身体に限界がきていることは明らかであった。息も先ほどよりもさらに荒くなり、全身を支えている足元もふらふらで、もはや限界であるはずだ。しかし、須王はそれでも止まることは無かった。
「うるせぇ! カスが俺様に向かって口出しするんじゃねぇ! お前はただ俺の命令に従えぇ! さもなければ……コイツの命はもう終わりだ!」
 首元に当てられていたアイスピックの頭数ミリが、大樹の首の中へ潜り込み、そこから赤い血液が一筋の直線を描くように垂れた。これ以上、須王の命令に従わず、彼に刺激を与え続けるならば、大樹の生命は絶望である。
 どうすれば良いんだ。残された選択肢はどれも絶望的で、一つを選ぶ事などとても出来ない。しかし、これ以上の時間の浪費も不可能だ。ちくしょう。銃を差し出す事も、大樹を見捨てる事も、やはり出来ない。
 雅史が悩みに悩んでいたそのときであった。
「悩む事はねぇ! 撃て! 撃つんだ!」
 突如聞こえたその言葉に、雅史は驚いた。声を上げていたのは大樹だった。
「いいか、よく聞け名城! 俺達とお前達の間の距離はほんの数メートル、お前にも標的を狙える距離だ! どうせ傷付いた身体だ。ここで命を一時長らえようとも、この後に残された戦いで、俺が足手まといになるのは明らかだ。だから、俺の命なんかに構わず、この腐った悪魔をぶち殺す、それだけに専念しろ!」
 それは驚くべき内容であった。これまで共に行動してきた仲間を切り捨ててまで、雅史達に生き残れと、大樹自身が確かにそう言った。しかし、雅史は先にも、それを選ぶ事だけは避けたいと願っていた。そして、今でもその考えは変わらない。だから、雅史が大樹の言葉を、そう簡単に受け入れるなどできるはずが無かった。それに、大樹の言葉に従うにしても、問題はもう一つ残されている。
「何を言ってるんだ! 俺がお前を見捨ててまで生き残ろうとするわけないだろ! それに、須王の身体は、お前の後ろに完全に隠れてて、撃ち抜くなんて不可能だ!」
「言ったろ! お前と俺たちまでの距離はほんのわずかだ! だから俺ごと撃つんだ!」
「なっ、なんだって!」
 その驚くべき話に、雅史はまた仰天した。
「たったこれだけの距離だ! 弾は俺の身体を貫通し、須王の身体にまで届くはずだ! 構うことは無い! 俺ごと撃って須王を殺せ!」
「できねぇよ! たしかにそうすれば、須王を倒す事は出来るかもしれない! だが、どうして俺がお前まで撃たなきゃならないんだ!」
「いいからよく聞け! コイツの心臓の位置は右なんだろ? だったら、俺の右胸に狙いを定めるんだ! そうすれば、俺の心臓を貫かせる事無く、須王を倒す事が出来る! だから俺の右胸を撃て!」
 そのやり取りの間に大樹が放った言葉の中には、信じられないような内容が数々詰まっており、雅史は眩暈を感じるばかりであった。しかも、そんな彼の背中を押すかのように、更なる追い討ちがかかってきた。
「撃って名城君! お願い! アイツを……アイツを殺してぇ!」
 その声は直美のものであった。まるで雅史の足元にしがみつくかのように近づき、懇願の眼差しで涙ながらにそう叫ぶ彼女の姿を見て、雅史は何らかの衝撃を受けた気がした。
 かけがえのない友人を殺され、その死に様まで目に焼き付けてしまった彼女の悲しみは分からなくはない。しかし、そうだとしても、直美のようなか弱き少女の口から、「殺せ」などという言葉が飛び出すとは思ってもいなかった。
 しかし、そんなやり取りが続いた中、須王が黙っているはずがない。
「て、テメェら! かかか、勝手に……俺を無視して勝手に……そそ、そんな話を進めやがって! 絶対に、絶対に認めねぇ! こここ、これ以上そんなことを続けやがったら、コイツを今この瞬間、マジでぶっ殺すぞ!」
 大樹の首に、アイスピックがさらに深く食い込んだ。
「撃て! 撃つんだ、名城!」
「お願い! 撃って、名城君!」
「やめろ! やめるんだっ!」
「俺ごと殺せぇぇぇぇ!」
「アイツを殺してぇぇぇぇぇ!」
「やめろぉぉぉぉぉぉ!」
 三人の声が幾度となく、雅史の頭の中をループした。そして、極限状態の中を生き抜いてきた雅史に、ついに限界が訪れたのか、彼の頭の中は全ての思考回路が消し飛んでしまったかのように真っ白となった。
 そして、雅史の手が動いた。大樹を撃ちたくはないというその意志に、背くようなこの行動は、別の者達の意志によって、操られているかのようだった。
 雅史は支給武器、コルトパイソンを握ったその手を上げ、真っ直ぐと須王、および大樹のいる方向へと向けた。そして、意味も無き奇声を大声で発し、その指に力を込めた。


【残り 6人】




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