113


 貴宏は手を休めることなく、弾が切れるまでマシンガンの運動を休めなかった。無数に撃ち放たれた冷たい弾は、次々と煙の中に吸い込まれていく。これだけ沢山の弾が早紀子に向かっていったのだ。もはや彼女の生命は絶望であろう。貴宏はそう思った。
 再びマシンガンからはカチカチと音が鳴るだけで、弾が発射されなくなった。ようやく弾が切れたようだ。
 役目を終えたマシンガン、それを持つ手をすっと下し、じっと煙の方を見つめ続けた。
 濃度の高い煙の中は、視界がほぼゼロに等しく、相手の生死すら確認することが出来ない。貴宏は仕方なく、その煙が晴れるのを、その場でじっと見ていることにした。
 まるで生き物のように、もやもやと自ら動き、そして広がっていく煙の塊。それがだんだんと周囲の空気の中に消えていき、少しずつだが、その内部の様子が見えるようになってきた。しかし、もう死体となっているであろう早紀子の姿は、まだ見えない。
 これまでの貴宏なら、既に痺れを切らし、レミントンを手に入れるために煙の中に入っているだろう。しかし、このときの彼は何やらただならぬ驚異を感じ、慎重に事を進めることを選んだのだ。
 その理由は簡単だった。貴宏がこれまでに殺害した四人の生徒は、いずれも貴宏に攻撃を仕掛けてくることは無かった。
 最初に殺した栗山綾子は、ただ怯えて叫ぶばかり。
 次に殺した富岡憲太も威勢だけは良かったが、所詮は命乞いする弱者に過ぎなかった。
 三人目の倉田麻夜に至っては、一撃で倒した為、反撃のチャンスを与えすらしなかった。
 最後の矢島政和も、煙幕で貴宏から逃れようと試みたりはしたが、やはり反撃などはしてこなかった。
 つまり貴宏にとって、自らの生命を脅かすような行動をとった相手は、早紀子が初めてだったのだ。そして、貴宏はこのとき、自らの生命が危機に直面するということに、初めて少なからずの恐怖を感じたのだ。彼が慎重に行動しようと思ったのは、おそらくこの辺りが一番の理由であろう。
 煙と一定の距離を保ちながら、少し低く屈んだ体勢のまま、視界が広がるのを待ち続けた。もしものためにと、一応イングラムに弾を詰め直そうかとも考えた。
 いや、あれだけの数もの弾を撃ったのだから、まさか吉本さんも生きてはいないだろう。大丈夫だ。心配することなどは無い。
 自分にそう言い聞かせ、早まる胸の鼓動を抑えようと試みる。しかし、彼の鼓動はいっそう早まるばかり。なぜか落ち着くことはなかった。
 なんでだ? あの状況で吉本さんが生き延びたはずは無い。彼女は絶対に死んでいるはずだ。なのに、どうしてこんなにも緊張しているんだ?
 自らの体の異変に気付いた彼だが、その異変を引き起こした原因は何であるのか想像がつかなかった。しかし、彼は頭で分かっていなくとも、身体は既に事態を感じ取っていたのだ。蠢く煙の中、まだ活動し続けている強大な生命。
 貴宏に向けられた、彼女の炎をも凍らせてしまいそうな冷たい目。思い出すだけで心音が停止してしまいそうだ。しかし、その目の中に、再び自分の姿が映し出されてしまうのだろうかと、考えれば考えるほど、恐怖感が高まり、もはや貴宏には制御のしようが無い。
 耐え切れなくなった貴宏は屈んで、急いでイングラムに弾を詰め直す。その瞬間だった。天地を二つに割ってしまいそうなほどの、爆音並とも言えるほどの強烈な銃声が耳にとどいた瞬間、煙の中から飛び出した散弾の欠片たちが、彼の脇をかすめ、背後の木をなぎ倒さんばかりに突き刺さった。
 まさか……まさか……!
 頭の中で否定し続けてきたことが覆され、貴宏は怯えるばかりであった。
 だんだんと晴れてきた煙の中に、うっすらと浮かび上がる巨体。その鋭い眼光が貴宏に向けられているのが、まだ煙が完全に晴れていない現在であっても分かる。
「うっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 奇声を発しながら、弾を詰め直したばかりのイングラムを、すぐさま煙の中の獣に向けた。そして体内から引きずり出された恐怖心が、まるで貴宏の指を操ったように、迷うことなく引き金を引き絞った。
 撃ち出された銃弾は全て、間違いなく彼女の胴体へと向かっていく。そしてそれは確実に突き刺さったはずだ。それなのになぜだ。なぜ彼女は立っていられるのだ!
 時間をかけて薄くなりつつあった煙の層が、ようやく内部を確認できるほどに消え去った。同時に、その場に浮かび上がる吉本早紀子の全身像。一滴の血を流すこともなく、完全なる無傷のまま現したその姿に、貴宏は驚愕することとなった。
 無数の弾丸を受け、ズタズタになったセーラー服。しかし、その下で弾を受けたはずの体からは、全く負傷している気配すら感じられない。
 彼女は鋼鉄の巨神像なのか。それとも不老不死。いや、人間のどんな攻撃をも受け付けない、悪魔の手先なのだろうか。
 混乱する貴宏に構うことなく、冷たく鋭い眼光と共に、再びレミントンの銃口が貴宏に向けられる。それに気付いた貴宏は、すぐさま背後の木の後ろへと飛んだ。間一髪助かったらしく、かすり傷負うことなく、襲い掛かってきた魔弾をすべて回避することに成功した。しかし、まだピンチは過ぎ去った訳ではない。
 木の背後から相手を覗き込む貴宏。あの鉛の雨の中を生き延びた秘密を、どうしても知りたかったのだ。
 見た目は明らかに人間である彼女。鋼鉄で出来た身体などではなさそうだ。もちろん、不老不死とか、悪魔の手先など、今の現代科学の時代を前に考えられない戯言である。では、彼女に隠された秘密とは何なのであろうか。
 木の裏から頭を覗かせていた貴宏であったが、すぐさま頭を引っ込める。引き金に添えている早紀子の人指し指が動いたからだ。ところが、頭を引っ込める瞬間に、貴宏はその秘密に気付くこととなった。
 穴だらけになったセーラー服の下から覗く珍しき衣類。ガンマニア貴宏には、その正体が何であるかすぐに分かった。
 防弾チョッキだ。彼女はセーラー服の下に防弾チョッキを着ていたのだ。だからあれだけの銃弾を身体に受けても、一発も被弾することなく生き延びることが出来たのだ。
 頭の中で状況整理を進める貴宏。しかし、相手の攻撃は激しさを増した。その攻撃の全ては木によって遮られたが、このままでは危険だ。相手は防弾チョッキで身体をガードしているが、自分は完全なる丸腰なのだ。そういう意味では、今現在優位な立場に立っているのは、早紀子の方である。
 頭を……頭を狙わなきゃ!
 早紀子の攻撃が止んだ一瞬の隙をつき、木の裏から出したマシンガンを乱射する貴宏。もちろん、今回は狙いを頭に向けている。
 しかし、早紀子の判断の方が一瞬早かったらしく、再び別の岩陰の裏に隠れられてしまった。しかし貴宏はそれでも弾が切れるまで、マシンガンの運動を休めようとしない。
 乱射された銃弾が、早紀子の隠れる岩の表面を削り取っていく。これにはさすがの早紀子も反撃することは出来なかった。ほんの少し姿を見せれば、すぐさまその鉛のシャワーによって、頭から血をかぶることとなるからだ。
 このままでは勝てない判断したのか、早紀子は岩陰に隠れながら後退を開始したようだ。マシンガンを乱射することに全神経を注いでいた貴宏がそのことに気づいた時には、すでに彼女に数十メートルもの距離を離されていた。
 このまま逃がしてやるものかと、貴宏は負けじと前進しようとする。しかし、木の裏から飛び出そうとした瞬間、再び早紀子が撃った銃弾が襲い掛かるため、追いかけることが出来なかった。
 このままでは逃げられてしまう。あいつはここで殺しておかないと。
 突如イングラムが仕事の手を止めた。またしても弾が切れたようだ。急いでそれに弾を詰め直すが、その隙に早紀子は岩陰から飛び出し、山道を駆け逃げ出した。
「ま、待てぇ! 逃がさないぞ!」
 逃げられてなるものかと、貴宏は弾を詰めることもそこそこに、急いで逃げる彼女の追跡を開始した。早紀子が向かった先は、木々の隙間から姿をのぞかせていたあの住宅地。その一角にはガソリンスタンドらしき建物の姿が見える。
 早紀子はこのまま逃げるつもりなのか。それともこの先の住宅地を最終決戦の舞台として選んだのだろうか。いずれにしろ、決着の時はもう間近に迫っているように思えた。


【残り 7人】




トップへ戻る   BRトップへ戻る   112へ戻る   114へ進む

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送