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 手にはイングラム。両の腰にはスミス&ウエスンとワルサー。ついでに上着のポケットの中にコルトガバメントのモデルガン。
 クラスメートを葬るたびに、次々と銃が手に入るという快感を覚えてしまった
沼川貴宏(男子17番)の暴走は、もはや誰の手にも止められなかった。
 彼は数時間前に四人目の標的、矢島政和と遭遇し、そして沼川最強の武器、イングラム・サブマシンガンでその全身を貫いた。
 政和は当然即死。今までと同じように彼の武器が貴宏の手に渡るはずだった。しかし、このとき初めて、貴宏は倒した相手の武器を手にしなかった。なぜなら、政和の武器が銃ではなかったからだ。彼の武器はボウガン。ガンマニア貴宏にとっては、そんな銃を退化させたような原始的な武器に興味が無かったのだ。
 そもそも貴宏は、このプログラムで生き残るとか、殺人を楽しんでいるとか、そういう類の考えなどは無かった。そう、彼はただ純粋に銃の素晴らしさを楽しんでいただけであった。そのため、出来るだけ多くの武器を手にし、このプログラムを少しでも有利に進めようなど、そんなことなどは全く考えてなかったのだ。
 貴宏は政和のボウガンはその場に放置。しかしそれとは別の物に興味を抱いた。
 政和のポケットをなんとなく探ってみると、中から黒い球体が一つ出てきたのだ。そしてデイパックの中には何やらそれの説明書らしき紙切れが一枚入っており、そこには『大東亜政府特製煙幕弾』と表記されていた。
 煙幕だって? うわっ、なんだか面白そう!
 矢島政和が自分から逃げようとした際に投げ、煙を噴出させていた物は、おそらくこれだったのだろう。手の中におさまるほどの黒き球体に興味を惹かれ、貴宏は無意識の内にその球体を自分のポケットの中にしまっていた。
 これにて彼の装備は、また更に厚みを増したといっても良いだろう。
 サブマシンガン。拳銃が二丁。モデルガン。そして煙幕弾が一つ。
 現在生き残っている生徒たちの装備状態と比べてみても、彼のそれはトップレベルの豪華さを誇っていた。過去に破棄してきた斧やボウガンなど、これらのラインナップを前にもはや装飾品にすらならない。
 それは現在の彼がこのゲームでどれだけ有利な立場であるかをも意味している。もはや軟弱な装備しか保っておらぬ者などでは、今の彼を倒すことは難しいであろう。しかし、そんな彼に匹敵するほどの豪華ラインナップを占めている者もまだ存在している。
 貴宏はそのような事実を知りもしせず、ただひたすらに次なる獲物を探し続ける。これだけ沢山の玩具を手に入れたのだ。これで今遊ばない訳にはいかない。そのため貴宏は欲望を発散させる為の標的が欲しかった。
 狭い山道を歩いていくと、突如前方の木々の隙間から人家の屋根らしき物が見えた。さらに進むとその姿はよりはっきりとなり、目の前に住宅地が広がっている光景が飛び込んできた。
 久しぶりに見た人間が住んでいた場所。ずっと山の中をさまよっていた貴宏は、なんだか少し不思議な気持ちになった。
 なんなんだろう……この気持ちは……。
 自らの心情の異変に気付いた貴宏だったが、その正体を確かめるには至らなかった。とにかくこの銃たちで遊びたいと、頭の大半はそんな考えに支配されていたからだ。
 それと同時に、貴宏はついに一つの的を発見した。前方の山道を、住宅地方面からこちらに向かってドスドスと駆け上がりながら、彼女、
吉本早紀子(女子22番)は突如こちらに向けて銃を発砲してきたのだ。
 危険を感じた貴宏は、すぐさま側の木の陰に隠れた。激しい銃声が聞こえた後に、側の伸びきった雑草がびしびしと音をたてて宙を舞った。
 貴宏は恐怖よりも感激に胸がいっぱいだった。ようやく見つけた標的が大好物を抱えてきたのだ。貴宏の目に確かに映った、早紀子の手に抱えられたショットガン。瞬時にその正体はレミントンであると判断したのはさすがだ。
 あの銃が欲しい。


 貴宏の中に毎度お馴染みの欲望が浮上した途端、彼は勢い良く立ち上がり、木の陰から両手を出してイングラムの銃口を標的へと向けた。貴宏が引き金を絞ると、先端からタタタと警戒な音をたてながら、金属製の弾が次々と飛び出した。
 一秒間に何十発も発射された銃弾が、一斉に相手に降り注ぐその光景は、まさに鉛の雨が降っているようだった。しかし早紀子もすぐさま岩陰に隠れてそれを回避。さらには負けじと反撃までも仕掛けてきた。
 お互いに障害物の裏に隠れながらの攻防戦は、当然なかなか決着がつかない。一秒でも早くレミントンを手にしたい貴宏は痺れを切らし、隙を見て数メートル前方の大木の陰へと飛び移った。上手くいったらしく、相手が次々と発射する散弾の欠片一つ被弾することもなく、無傷で距離を縮めることが出来た。
 調子に乗った貴宏は、また隙を見て前へ移動。そんな行動を何度か繰り返した。すると、最初は数十メートル離れていたであろう彼らの距離は、気がつけばもう二十メートルも離れていなかった。
 貴宏が隠れている木の表皮の一部がはじけた。お互いの距離が縮まったことにより、それだけ相手に照準を合わせやすくなっているのだ。万が一木の裏から身体をはみ出させていたならば、間違いなく今の一撃で、彼の身体は貫かれていただろう。もはや油断は出来ない。
 しかし、通常ならば人生に一度すら経験できないであろう実戦に、彼は恐怖などは感じていなかった。戦争映画さながらのリアルな銃撃戦体験に、ガンマニア貴宏はこれ以上に無い至福を感じてすらいたのだ。
 早紀子の攻撃に耐え忍びながらも、貴宏は負けじと撃ち返す。
「アハハハッ! 当たれぇ!」
 イングラムの銃口から凄まじいスピードで弾が連続して発射される。その反動で対象物に照準を合わせづらいが、大量に発射された弾の数がそれをカバーしてくれているために、さほど問題ではない。撃ち放たれた銃弾の何パーセントかは、確かに早紀子の潜む岩の表面を抉り取っている。
 貴宏が銃を連射している間は、さすがの早紀子ですら岩陰から顔を覗かせることはなかった。サブマシンガンとショットガン。どちらも優れた銃器であるのは確かだが、その二つを比べた際に軍配が上がるのはサブマシンガンの方であろう。つまりその点で比べてみれば、今この戦闘で優位な立場にいるのは貴宏の方である。
 貴宏はイングラムの弾を連射していたが、突如カチカチと音を立てるだけで弾が発射されなくなった。弾切れを起こしたのだろうと思い、イングラムの尻からマガジンを取り出し、新たに弾を詰み直そうとした。
 死神早紀子がその隙を見逃すはずがなかった。鉛の雨が途切れるやいなや、すぐさま岩陰から頭を覗かせ、両の手に抱えられたショットガンの照準をしっかり合わせ、そのまま何発もの散弾の雨を降らせる。
 弾を詰め直していた貴宏も、もたれかかっていた木全体が揺れたため、驚きの表情を隠せなかった。早紀子が放った強力かつ残忍な冷たい金属の塊全てが、正確に貴宏に向かって飛び掛ってきたのだ。
 弾を詰め終わり、貴宏もすぐさまに反撃。先ほどと同じように鉛のシャワーを早紀子に浴びせようと試みるが、やはり岩陰に隠れてしまった標的を射抜くには至らなかった。
 貴宏はだんだんと苛立ち始めた。こんなお互いに隠れながらの銃撃戦じゃ、何時まで経っても決着なんかつかない。なんとかして、この均衡状態を脱せないだろうか。
 そんな時、突如貴宏の頭の中に名案が浮かんだ。
 イングラムに仕事を一時中断させ、ポケットの中に手を伸ばした。手の先に丸く固い物体が触れる。そう、矢島政和から奪い取った政府特製煙幕弾だ。貴宏は煙幕弾を掴み取ると、それを自らの顔の前に持っていき、その姿をじっと眺めた。黒光りした表面はざらざらとしているが、それ以外には特にこれといった特徴は見られない。説明書によれば、この球体は叩きつけるなどして衝撃を与えるだけで破裂し、辺りを包み込むほどの煙を噴出すのだという。
 本当だろうか?
 ほんの少し疑ったが、この間にも貴宏の盾となっている大木は銃弾を受け揺れ続けている。あまり悠長にしている場合でもなさそうだ。
 意を決し、貴宏はその球体を早紀子の潜む岩陰付近に向けて投げた。煙幕弾は放物線を描きながら、正確に彼女に向けて飛んでいく。そして地面にぶつかった瞬間、はじけ、そして内部から視界を塞ぐ煙を噴出した。
 効果は予想以上に絶大だった。早紀子の隠れていた岩陰付近は完全に煙に包まれ、もはや視界はゼロ。向こうはもはやこちらの動きを把握することも出来ないであろう。その想像以上の効果に貴宏は興奮した。
「すごいや! まさかここまで見えなくなるなんて!」
 相手がこちらの動きを把握できなくなったことをいいことに、貴宏は喜び勇んで木の陰から飛び出した。しかしやはり早紀子は貴宏のその行動に気が付いていないらしく、全く見当違いの方向を撃つばかりであった。
 これはチャンスであった。貴宏は岩に早紀子の身体を遮られぬ場所に急いで移動し、そして両手でしっかりとイングラムを構える。
「アーッハッハッハッハァ! 今度こそ当たれぇ!」
 イングラムの銃口から発射された冷たき殺人弾が、ついに早紀子を仕留めんばかりに煙の中に消えていった。


【残り 7人】




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