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 もう少しだ。もう少しで戻る事が出来る。
 行く手を阻む倒木や、足に絡み付いてくるツタなどにより、移動はなかなか困難だったが、恵は時間をかけて歩き続け、ようやく明たちがいる場所の目前にまで来ることができた。
 思えば長い道のりだった。往復時間だけでも2時間以上、この薄暗き森林の中を歩き続けたのだ。帰り道にいたっては、数々の機械を分解して手に入れた部品をいっぱいに詰め込み重くなったカバンを持ち、さらには今度こそ吉本早紀子に後をつけられるのを避けるため、大きく迂回して帰る事にしたのだ。そのために行きよりも長い距離を歩く事になったうえ、このような歩きにくい場所を通るはめになった。早紀子と二戦を終えた恵にとって、これは相当辛いことであった。
 だがそれももう終わる。恵は遠方で辺りの監視をしている千春の姿をすでにとらえていた。その場所までゆっくり歩いても1、2分ほどで到着できるであろう。
 すると千春の方も恵の姿に気づいたらしく、すぐさま明にそれを伝えたようだ。直後茂みに隠れていて見えなかった明が姿を現した。そして恵に向かって大きく手を振った。
 それを見た恵は心底ほっとした。

 恵が到着すると真っ先に声を出したのは千春だった。
「よかった! 無事に戻ってこれたのね」
 そう言いながら恵の側に駆け寄り、差し出したカバンをすぐさま受け取った。そしてそれを明へとまわした。
「た、ただいま…」
 疲れきっていた恵も何とかして声を出した。その声は少しかすれ気味だったように感じたが、それも達成感によってか、むしろすがすがしくすら感じた。
 一方明はというと、無言のまま受け取ったカバンの中身を次々と取り出し、その一つ一つをじっくりとチェックしていた。指示した物がすべて集められているかどうか調べているようだ。
 明がカバンから取り出し、チェックを終えた部品を、地面の上に丁寧に並べていくと、中はすぐに空になった。最後の部品のチェックを終えて明がようやく声を発した。
「よく無事で帰ってきてくれた。歓迎するよ」
 恵はその言葉が言い終わらぬ内に、急いでもうおなじみの携帯電話の文字打ち込みを開始した。
『ちゃんと帰ってきたんだから、とりあえず私の首輪につけられた時限起爆装置を外してもらえないかな。どうもこれがあると落ち着かないのよ』
 少し焦っている様子の恵を見て、明は少し微笑んで返した。
『ああそれね。じつはそれはフェイクなんだ。俺にはそんな機械を作っているほど時間に余裕はなかったし、脅しだけでもそうやってしておけば、裏切られる事は絶対にないだろうと思ってね。嘘だと思ったら自分で思いっきり引っ張ってみなよ』
 その言葉に驚いた恵は、首の後ろに取り付けれていた、時限起爆装置と思われていた物を思いっきり引っ張ってみた。すると意外と簡単にとれてしまった。見るとそれは確かにただの金属の固まりでしかなかった。もちろん首輪に異常はない。どうやらまんまとはめられたようだ。呆然とするしかなかった。
 明は微笑みながら、携帯電話の文字の打ち込みを始めた。
『OK。とりあえず必要な物はすべて揃っているみたいだ。たぶんこれでなんとかなるだろう』
 明はそれらの部品を持って、すぐさま装置開発の最終段階に取り掛かるため、恵の出迎えをそこですぐさま切り上げた。恵も事を急がなくてはならないと分かっていたため、そのことに関して嫌な気分にはならなかったが、一つだけ気になる点があった。明が見せた携帯電話に打ち込まれた文字。
『たぶんこれでなんとかなるだろう』
 たぶん…?
 恵は何やら言い知れぬ胸騒ぎを感じた。

 明は今手に入ったばかりの部品をすぐさま装置に取り付ける作業を開始する。これらの作業がすべて上手くいったとき、恵たち三人はついにこの場から開放されるのだ。いや、三人だけではない。上手くいけば今まだ生き残っているはずのクラスメートたちの何人かも救出する事が出来るかもしれない。
 それにしても…。
 恵は先の放送で、またしても女子が二人も死んだと告げられた事を思い出した。これにより今生き残っている女子は、残りたったの五人となったのだ。そのうち二人は今ここにいる自分と千春。つまりこの場にいる人間を除けば、生きている女子はあとたった三人だけなのだ。
 恵は今生き残っている女子の顔を順に思い浮かべる。
 女子1番、石川直美。たしかクラスの女子の中で一番騒がしかった戸川淳子の親友だった。吹奏楽部所属。成績もそれなりに良く、マジメという印象が強かった。人に対しての思いやりも持っており、好感の持てる人物だった。
 女子9番、新城忍。先の石川直美たちの仲良しグループの中によく混じっている。空手が強いらしく県大会上位入賞経験あり。そのため戦闘力の高さには定評がある。万が一やる気になっていたら恐ろしい強敵となるだろうが、彼女も人格的に問題は無さそうだったので、ノーマークでも大丈夫だろう。
 恵は最後に残った一人の顔を思い浮かべた。
 女子22番、吉本早紀子…。
 考えるまでもなかった。恵はすで二度も彼女に襲われたのだ。その容赦なく相手を仕留めようとする様を思い浮かべるだけで、今でも鳥肌が立つ。奴は放っておくのは危険すぎる。

『二人に話しておきたい事があるんだ』
 恵の思想を遮るかのように、装置開発作業を進めながら打ち込んだ文字を明が差し出してきた。それに対して恵も同じように打ち込んで返した。
『なに?』
 恵は明の話を聞いておきたかった。先ほどから感じる妙な胸騒ぎ。この原因を知るには明の話を聞かなければならないように思ったからだ。
『さっき親父から新たな情報が届いたんだ』
『7時の放送のときの通信ね』
 千春がそう紙に書いた。千春は明とずっといっしょにいたので、モールス信号が送られてきていたのは知っている。
『ああ、その時の話だ。だがあれは良い情報が送られてきたわけではなかったんだ』
 明は右手で装置開発作業を進めながら、左手で文字を器用に打っている。右脳と左脳が別々に働いているのだろうか。
『まずはこの首輪の歴史について語らなくてはならないかな』
 明は自分の首輪を指差して見せた。
『大東亜共和国で初めて開かれたプログラム、第0回大会にて、この首輪のプロトタイプが誕生した。その名は“オガサワラ一号” しかしこの首輪は総重量が約一キロもあるという代物で、プログラムの最中に首を骨折する生徒が出るという事故が発生。このため試作品であったオガサワラ一号にはすぐに改良が加えられた。
そして第二回大会。ここでオガサワラ一号の軽量化に成功した新型の首輪“インパール七号”の受信システムに異常発生。その時点で生存していた生徒の首輪すべてが誤爆。この事件によって首輪の更なる改良を余儀なくされた』
 恵と千春は真剣にその文を読む。ここまで詳細な情報をあのモールス信号で得ていた明に感心した。しかしこの首輪の歴史などの何が重要なのだろうか。
 明は続けた。
『そして後にさらに改良された新型首輪が登場。その名は“ガダルカナル二号” これはいままでの首輪の問題点をすべて克服し、文句無しの最高傑作ともてはやされ、以後数年間ずっとプログラムで使用され続けた。そう、数年前まで』
 恵はここで突如、明の顔つきに陰りが生じたように感じた。底知れぬ不安を感じ取った。
『しかしこのガダルカナル二号もある事件によって改良されることになった。その事件とは“沖木島脱走事件”だった。プログラムで初めての脱走者が出た事に、政府の人間は焦っていた。原因は結局最後まで不明。政府の人間は仕方なく、首輪にも問題があったのかもしれないと考え、ガダルカナル二号を改良する事にした。それと同時に首輪開発に関する情報流出防止策を強化。よって首輪に関する情報は、政府内のさらにごく一部の人間にしか知られなくなってしまった。そう、そのため俺の親父も首輪が改良されたという事実すら、つい数時間前まで知らなかったんだ。親父にそのことを知らされたときは焦ったよ。何せ俺が作っていた電磁波発生装置は、数年前に使われなくなった、ガダルカナル二号を破壊するための装置だったんだからね』
 それを読んだ恵は、背筋に寒気が走るのを感じた。
『なんだって!? と言う事は、その装置じゃこの首輪は破壊できないって言うの?』
 焦りのためか、いつもよりも文字打ち込みに時間が掛かったが、何とか打ち込み終えた文字を明へと見せた。
『分からない。情報が遮断されてしまった以上、この首輪がどのように改良されているかすらも知る方法もない。だからこの電磁波発生装置が今現在の首輪に有効かどうかも不明だ』
 明も悔しい表情をしながら自分で書き上げた首輪の設計図を見つめている。
 恵はどうしたら良いのか分からなかった。この計画を断念するとなれば、またしても自分は殺し合いに参加しなければならない。しかしそれはもう散々だ。かといって、この成功確率すら不明の脱出計画を続行する事も不安である。万が一、明が開発した装置が、今の首輪には無効な物だったとしたら、いったいどのような事態を引き起こすか分からない。
 隣では千春も同じく色々と考えているようだ。
 そんな二人の様子を見た明が、装置開発の作業の手を止め、意を決して文字を打ち込みはじめた。
『そうふさぎ込まないでくれよ。まだ作戦が失敗したわけでもないんだから。もしかしたらこの装置が今の首輪にも有効かもしれないし、最後までがんばってみようよ』
 そうかも知れないが、不安でいっぱいの恵には、すぐに「うん」と返す事はできなかった。
『ねえ、本当に計画を続行するの?』
 千春だ。
 恵も同意見。何が起こるか分からない計画を、そう易々と進めて良いのかどうか、踏み切りが付かなかった。
『俺は誰も殺したくはない。だけど死にたくもない。そうなると残された道は“脱出”しかないんだ。俺はこの計画の成功確率がどれだけ低かろうと、もう当たって砕けてやろうと思っている。俺は逃げない』
 と明。
『私も協力する』
 千春も考えた挙げ句、どうやら明に着いて行く事に決めたようだ。しかし恵はまだ賛成する事はできなかった。もう何をどうすれば良いのか分からなかったのだ。
『装置はもうすぐ完成する。計画は最終段階に入るぞ』
 明のその言葉にも、恵はなんと言えば良いのか分からなかった。


【残り 15人】



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