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 恵が目的を達成して帰路につきはじめたちょうどそのころ、姫沢明(男子20番)はたった一人で奮闘していた。もちろん側には佐藤千春(女子7番)もいるのだが、彼女には辺りの監視のすべてを任せているため、実際作業に取り掛かっているのは明一人だけであった。
 明は『長距離モールス信号機』を制作した際に余ったわずかな部品を出来るだけ有効に活用し、それらを計算通りに組み合わせていくことによって、少しずつだが『電磁波発生装置』を完成へと近づけつつあった。
 明は丁寧に次々と細い線を繋ぎ合わせることによって、複雑な回路を作り上げていき、さらに恵に手渡した物よりも一回り小さいマイナスドライバーを使用し、小指の爪ほどの大きさのビスを回して個々の部品を一つの装置へと固定していった。
 これらの作業は常人では不可能、ましてや中学生などに到底行える作業などではなかった。いやそれよりも、プログラム会場でこの装置の構造を考えつくことなど、ほぼ神業だったと言って良いだろう。しかしここにいる一人の中学生は設計から作業までをたった一人でこなし、今まさにこの計画を実現させようとしていた。
 しかし今のまま作業を進めていても、何時まで経っても装置が完成する事はない。前にも言ったが、今明の手元にある材料とは、あくまでもモールス信号機を制作した際の余り物にすぎないのだ。もちろん出来るだけそれらの余り物でまかなうよう努力はしたが、どうしてもそれだけでは足りない部品もいくつか存在している。なのでこの装置を完成させるためには、あといくつかの足りない部品を、どこかから調達してこなければならない。しかし頭の回転の早い明の事だ。この問題に対して既に手は打っている。そう、恵に部品調達の“おつかい”を頼んだのだ。あとは恵が説明通りに行動し、明が命じた部品をすべてそろえる事が出来れば問題無しである。
 しかし恵は部品をすべて調達でき、かつ無事にこの場所に戻ってこれるのだろうか、明はこれのみが心配だった。
確かに恵は銃を一丁持っているうえ、防弾チョッキまで装備しているが、それでも強力な敵と遭遇してしまえば、簡単にやられてしまう可能性もある。万が一そのような事態が発生したら、明の考えたこの脱出計画は完全に失敗で終わってしまうであろう。そのため、明ですらもさすがに緊張を抑える事は出来ず、心臓の鼓動するスピードがいつもと比べ倍増していた。
 頼む。無事に戻ってきてくれ氷川さん。
 普段は神頼みなどしない明だが、この時ばかりは無意識のうちに祈っていた。
 恵、千春、この二人の前では自信有りげに計画について語っていた明だったが、じつのところ、明はこの計画が成功する確率がどれくらいかなど知る由もなかったのだ。なぜなら首輪についての情報は先ほど緊急で仕入れたばかりの未確認情報であったうえ、その真偽を確かめる方法が無いのだ。しかし今自分が仕入れる事が出来る情報はこれが限界でる。脱出を計画する明に残された道は、父が与えてくれた情報のみが頼りであり、もはやこれを信じる以外には道は残されていなかったのだ。

 ピー…。
 明の側で突如、例のモールス信号機が鳴り始めた。父が新たに明に情報を伝えようとしているようだ。明はすぐさま作業の手を止め、モールス信号の音に耳を向けた。
 榊原にモールス信号の盗聴をされるのを防ぐために音量を極限にまで下げたモールス信号機の音は、神経をそれのみに集中して聞いていないと聞き逃してしまいそうだった。
 装置から次々と音の暗号が飛び出してくる。明はそれに意識を傾けながら、信号を解読した文字を紙の上に連ねていく。どうやらこの際は携帯電話で文字を打ち込んだりなどはしないようだ。
 明がB4の紙の上に書き連ねていった文字の列は、すぐに7列目まで進んだ。だがそのとき、
『おらぁ!!てめぇら起きてるか!! 今は午前7時、もう起きる時間だぞ! 寝てる奴はすぐに起きろぉ!!』
 毎度おなじみの榊原お騒がせ放送だ。
 気がつかなかった。もうそんな時間だったのか。
 明が辺りを見回すと、確かに木々の間から差し込む木漏れ日が薄暗かったはずの森林をほのかに照らしていた。数メートルほど向こうで見張りをしている千春の姿も、くっきりと見えるほどにまでなっている。
『それじゃあもう5回目の放送となるから皆分かっていると思うが、今から6時間以内に死んだ奴の名前と、今後6時間の禁止エリアを発表するぞ!!』
「佐藤さん! 放送の内容をすべてメモしておいてくれ!」
 明はそう言うとすぐさま再びモールス信号に意識を戻す。今伝わってきている情報はとても重要なものなのだ。放送に気をとられて聞き逃してしまえば、後々後悔する事になる。
 榊原の必要以上の大声の放送でかき消されてしまいそうな信号を聞き逃さぬよう、明は自分の耳を装置に押し付ける。そしてその辛い体勢のまま、聞こえた暗号を優れた頭脳ですばやく解読、そして紙に書き連ねる。これもまたとてつもないスピードでこなしていった。
 だが明はここで驚愕の事実を知ることになる。伝わってきた暗号を解読していくうちに、自分たちは更なる暗礁に乗り上げようとしていたという事実を知ることになったからだ。そのため自然と表情が歪む明。
 なんだって!? 今更そんなことを言われて、俺はいったいどうすれば良いと言うんだ!?
 一方的に事を伝えようとする装置に向かい、明は心の中で疑問を投げかけていた。
 自分が立てた脱出計画、それも既に最終段階に差し掛かろうとしていた大事なとき、こんな時にこの計画の落とし穴を知ることになろうとは…。


『以上だ!! 次の放送までの6時間もがんばって戦うんだぞ!!』
 プツンと放送の切れる音がしたかと思うと、まるであのダミ声放送がなかったかのように、森林は再び静まり返った。かすかに聞こえるモールス信号機の音を除いて。
「全部書き込んだよ」
 千春は自分の持ち場を離れぬよう気遣い、その場から抑えた声で伝えた。
「ああ…ありがとう」
 明はそれをよく聞きもせず、まだ信号を聞き続けていた。既に一枚目の紙は文字でいっぱいになり、文字列は二枚目にまで及んでいる。しかしそこからは長くは続かなかった。放送終了後からおよそ三十秒後には、情報を伝えきった装置は音を止めて静かになっていた。
 明は今自らの手で書き込んだばかりの文字列を睨み付けながら、今後どのようにすれば良いのかを考え込んでいた。
くそっ! いったいどうすればいいんだ!?
 明が眉間にしわを寄せ、苦痛に近い表情を浮かべているのを見ながら、横から千春が今の放送内容を伝えてきた。
「今の6時間の間に死んでいたのは二人だったわ。それも共に女子、麻夜と乙葉だって。あと禁止エリアに関してだけど、この場所はまだ大丈夫みたい。一応地図に書き込んでるから後で姫沢君も確認しといてね」
 千春のその言葉は沈んでいた。当然だろう。長年ともにすごしてきた仲間がまた死んだのだから。だが明の耳にその言葉はほとんどとどいてはいなかった。「ああ…」と適当に返事だけし、視線は文字列に向けたまま、頭の中で何度も計画を継続させるべきかどうかを考え続けていた。
 やはりこの作戦は中止するべきか? いや、今更氷川さんや佐藤さんの期待を裏切る事なんてできない。それに今皆が生き残るにはこの方法しかないんだ。作戦を中止になどさせたくはない。しかしこのまま成功確率が未知数であるこの計画を続行させるのも危険極まりない。俺は果たしてどうしたら良いんだ…。
 明はその場で頭を抱えたくなったが、側には自分を見つめている千春がいる。この作戦に期待を抱いている彼女の前で、明自信が不安な表情をしてはならないと思い、あくまでも自信に満ち溢れているという“演技”を続ける事にした。もちろんこれに罪悪感を感じずにはいられないが、今やっとのことで希望により元気を取り戻した千春を不安にさせないためにはこうするしかなかった。
 こうして明は作戦そのものに対する不安感を抱きつつ、千春をだましている自分への嫌悪感までもを抱く事となり、少しずつ精神が不安定な状態へと陥りつつあった。普段は常に冷静沈着を保っている明にとって、今の様は考えれれない状態だった。

 突如側から信号が鳴った。父親から再びモールス信号が送られてきたのだ。
 更なる重要な情報かもしれないと思い、再び紙とペンを握り、神経を信号のみに集中させた。そして先ほどと同じくすばやく暗号を解読しながら文字を紙に連ねていく。精神状態が不安定とはいえ、並外れた頭脳を持つ明にとっては、まだこの程度の暗号解読はたやすい事であった。まだそれだけの精神状態は保つことが出来ていた言っても良いだろう。
紙の上に次々と並べられて行く美しい文字は、再び一行の列を描き出した。今回の信号は短く、その一行を書き終えた時点で終了していた。
 親父は今度はいったい何を伝えようとしていたのか。
 明は今自らが書いたばかりの一行の文字列を読んだ。

−アキラガンバレシヌナ−

 突如心に何らかの強い衝撃を受けたように感じた。
 親父…。
 この時、自信を失いつつあった明の心境に変化が現れた。今まで表面的には演技を続け、自信に満ちた表情を保っていたが、それはあくまでも仮面をかぶっていたに過ぎない。しかしもう仮面を剥ぎ取っても大丈夫であろう。
 明は自らを偽っていた忌々しき仮面を剥ぎ取り、自分の本当の顔を出した。何かを強く決意したたくましき表情、これこそまさに明の本当の顔である。
 ああ、やってやるよ親父。どんな大きな穴があろうと、俺は俺の考えを疑ったりなんかしない。何事にも恐れず自分の全力を出して、そんな穴なんて飛び越えてやる。そしてこの島から脱出してやるんだ。
 強く決意した明は、再び作業を開始した。目前に見え隠れする大きな問題を気にせずにはいられなかったが、それでも自分の計画を信じつつ、装置の開発に力を注いだ。
 俺は絶対に死なない。
 心の中で遠くの父親に何度もそう伝えた。



【残り 15人】



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