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 大樹がその言葉を放った途端、対峙していた須王の顔つきがさらに厳しくなった。自らを王になるべき存在だと自負していた彼にとって、侮辱的な大樹の一言は許せるものではなかったのだろう。
 内に抱く殺意を隠す事も無く、逆にそれを見せ付けようとするかのような須王の態度を見ては、一般的な人間なら、大なり小なりの恐怖を感じてしまうはずだ。しかし、大樹は全く怯む事も無く、平然と、かつ逆に相手に恐れを与えんばかりの迫力を全身から放ち続けていた。
 大樹が須王に恐れを抱かない理由、それは自らの力を信じていたという事に尽きるであろう。
 インターハイで中学生空手界の頂点に登りつめたこともある彼は、全国でも屈指の猛者である。なので、確かに彼に敵う中学生など、ほとんど存在してはいないはずだ。大樹が自信を持つのも当たり前だと言えよう。
 しかしだ、大樹が自らの力に自信を持つ理由は、実はそんな単純なことではなかった。
 大樹は約束したのだ。ある人物との間に結ばれた、何物よりも固き“ある約束”、それによって、彼は自らの力に自信を持った……いや、正確には信じるようになったというべきだろうか。とにかく、その鎖の如く固き約束が結ばれた瞬間から、剣崎大樹の最強伝説が始まり、そして今もそれを継続させ続けているのだ。
 そんな大樹の心境も知らず、ただひたすらに自らの欲望のみを追い求めてきた愚かなる殺人者は、むき出した牙をぐっと噛み締めた。
「この俺がムシケラだとぉ!」
 落としたチェーンソーを拾い上げ、再び走り襲い掛かってきた須王。自らの身体に拳を叩き込まれたうえ、さらには侮辱の言葉すら浴びせられ、虚構の王は怒り狂ったようだった。
 乱暴に振り回されるチェーンソーの刃が幾度も大樹へと迫る。しかし、大樹の格闘センスは、それしきで参ってしまうほど生ぬるいものではない。先ほどと同様に、ひらりと宙を舞うかのように、華麗にそれをかわし続けた。
「……お前のくだらない話を聞いてて、ホントに呆れたよ。何人もの命を握りつぶしてきたお前が追い求めていた物は、そんな虚構の産物だったとはな」
 迫る刃から視線を外すことなく、自身の身体を操り、相手の攻撃全てを回避しながら、大樹はゆっくりと口を開いた。
「お前のようなクズが、全ての人間の頂点に立つだと? 独裁者にでもなるつもりだったか?」
 一方的な暴力で襲い掛かかってくる相手に、大樹は冷ややかな視線を送ることで対抗した。もちろん、こちらが手を出して相手を沈めることは簡単だが、大樹の怒りは、もはやその程度でおさまるものではなかったのだ。
 愚かな思想の果てに、残虐の限りを尽くしてきた須王に対して、言いたいことは山ほどある。そして相手を倒すよりも前に、その全てを吐き出したい。大樹はそんな衝動に駆られたのだ。
 須王がチェーンソーを頭上へと振り上げ、それを大樹の頭に叩き込まんばかりに、一気に振り下ろした。勢いよく下りてくるそれも見切り、大樹は重心を低くしつつ、右にステップを踏んでかわす。そして素早く相手の後ろに回りこむと、須王も急いでついていこうと身体をひねった。その顔には焦りの表情が浮かんでいるようにも見える。大樹の格闘センスが、まさかこれほどのものだったとは、思ってもいなかったのかもしれない。
「どうした? 顔色が悪いぞ須王。まさか想像以上の相手の強さに怖気づいたんじゃないだろうな」
 先ほど、須王が言った言葉を、大樹はあえてそっくりそのまま返した。すると、須王は怒りで顔を真っ赤に染め、さらにがむしゃらとなって襲い掛かってきた。だが、大樹ほどの実力者を相手にしては、冷静さを失った殺人者に勝ち目は無かった。
「テンメェー! ぜってぇブッ殺してやるっ!」
 つい先ほどまでの冷静な口調は何処へ行ったのか、須王は発狂したのかと思うほどの大声をあげた。しかしその大声にも、大樹を一瞬たじろかせるだけの力すら無かった。
 顔面へと突き出されたチェーンソーの刃を、ぐっと屈んで避け、大樹はするりと相手の懐へと潜り込んだ。
 須王は、突如近距離に入ってきた相手の動きに驚き、驚愕の表情を隠す事が出来なかったようだ。ただ必死に、突き出したチェーンソーを手前へと引き戻し、それでなんとか自らの身を守ろうと試みるが、すでにその対応は遅すぎたようだ。
「俺はお前の思想。それに、これまでの行動経緯、全てを許しはしない」
 大樹はそう呟きつつ、須王の両腕をがっしりと掴んで不能にし、そして自らの顔を相手の目の前に移動させ、鋭い眼光で相手の目を照らすかのように視線を合わせ、睨みつけた。
 大樹の目に写っているのは、相手の強さに恐れをなし、恐怖に怯えた敗者の顔。
「畜生っ、離しやがれぇ! なんでだ! なんで俺ほどの男が、お前なんかにやられなきゃならないんだぁ!」
 まさに王者から敗戦者へと転落した男は、ガタガタと身体を震わせ、かつては自らが雲の上から見下ろしていた愚民に仕留められることに納得できず、悔しがっているようだった。
 自らの欲望の果てに、何人もの尊き生命を奪ってきた殺人者のなれの果てに、大樹は哀れとすら思ってしまった。しかし何があろうとも、この男を許しはしない。楽しみながらクラスメートを葬ってきたその男の姿を思い浮かべれば、たちまち大樹の頭の中は、怒り一色に染まってしまう。そして、不幸にもこの男の手によって全てを強制終了させられた人々のことを思えば、自分がその無念を代わりに晴らしてやるべきだと思うのだった。
 そして何より、忍を消したこの男を殺したかった。
 両手を掴んだまま、大樹は頭を後ろへと大きくのけ反らし、反動でバネのように身体を戻して、自らの頭で相手の脳天を叩きつけた。もちろんその瞬間、自らの頭部にも激痛が走ったが、その程度の痛みなど、殺された者達の痛みを思えば何ともなかった。
 須王は何か叫びながら一歩後ろへとたじろいた。頭を叩きつけられた事により、一度は塞がった頭の傷が再び開いたのか、男の頭から垂れた新鮮な血液が、額に新たな線を描いた。
 大樹はそこで攻撃を止めはせず、さらに大きく一歩踏み出した。そして、全ての怒りを注ぎ込んだダイヤモンド級に固く握られた鉄の拳で、もはや抵抗すら出来ないだろう男のボディへと、強烈な一撃を叩きこんだ。


 見事に身体のど真ん中へとミラクルヒットした鉄拳は、須王のあばら骨数本を砕き、その恐ろしき破壊力を見せ付けたのだった。
 須王はまるで横綱の張り手で吹っ飛ばされたかのように、後方へと放物線を描きながら吹っ飛び、そして土の地面の上に倒れた。上空を見上げるように仰向けに倒れた彼は、手足を力なく広げ、自分の身体で大の字を形作った。
「……畜生。お前なんか……ムシケラなんかに……」
 須王が生まれてから約十五年の間に、今ほど悔しそうな表情を浮かべた事があっただろうか。
 生まれてこの方“何者にも敗れたことがなかった”彼にとって、この敗北は精神に、多大なるダメージを与えていた事は確かだった。そして、敗北ということが、これほどまでに苦しいことだったのだと、初めて知ったであろう。
 大樹は大の字のまま身体を動かそうとしない須王へとゆっくりと歩み寄り、そしてまだ冷たいままである視線で見下ろした。
 須王の呟きに何か言い返すこともなく、ただじっと見下ろしていた彼だったが、おもむろに口を開き、「終わりだ」と告げると、ポケットからアイスピックを抜き出し、右手で握ったそれを、相手の左胸へと一気に振り下ろした。
「殺される側の気持ちを、今度はお前が身をもって思い知れ」
 最後にそう付け加えた。


【残り 6人】




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