98


 浩二は住宅街を駆け抜け、再び薄暗い森林の中を走りだした。まだまだと勢いを増す豪雨に全身を撃たれ、一歩踏み出すごとに身体中から雫が垂れた。
 急がなければ!
 思いのほか時間を使ってしまったことに、浩二はかなり焦っていた。あと数分でここは禁止エリアへと変化してしまう。はやく隣のエリアへと移動しなければ、この忌々しき拘束具、首輪が爆発してしまうのだ。それだけは絶対に避けなければならない。
 浩二は自らの手で先ほど、親友である桜井稔をゲームから離脱させたばかりであった。もう二度と会えぬ親友の事を思うと、いくら堪えようとしても、涙が自然と外へ出てきてしまう。
 しかし幸いというべきか分からないが、浩二が流した涙も、全て雨の雫に吸収され、外見からは全く分からない状態であった。
 浩二は雨と涙ではっきりとしない視界を頼りに、とにかく全速力で走る。しかし重みのあるデイパックと、ぬかるみ滑る地面が邪魔をし、なかなか思うように走れない。
 あと3分。
 浩二お気に入りのダイバーズウオッチで時間を確認。残された時間は少ない。
 さらにスパートをかけようとするが、焦る気持ちがそれを更に空回りさせる。それはいつも冷静である浩二にとっては珍しい様であった。
 あと2分。
 浩二の焦りがピークへ達した。そんなときであった。浩二の前方に鉄塔が姿を現した。それは住宅街の端に位置する変電所跡からの第3鉄塔であった。さほど大きくはないこの島は、電気の需要が本土よりも低いのだろう。そのためか鉄塔もさほど大きいものではなかった。
 あそこだ!
 ついに浩二は目指していた目印を発見した。あらかじめ島の地図を綿密に観察していた浩二は、7−Fと8−Fの丁度境目に、この鉄塔が存在している事を確認していたのだ。つまり、この鉄塔よりも向こう側に移動できれば、何とか禁止エリアから抜け出す事が出来るはずなのだ。
 助かった! あとはあそこを通過すら出来れば…!
 安心した瞬間であった。その鉄塔の向こう側から何者かが飛び出してきたかと思うと、直後ドンドンと二発の銃声が響いた。
 とっさの事で訳が分からなかったが、浩二はすぐさま横に飛び退き、なんとか被弾を逃れた。
「誰だ!」
 浩二は前を向き直り、相手の正体を確かめた。
「吉本!」
 今まで鉄塔の裏に隠れていた、その大型の強敵、
吉本早紀子(女子22番)の存在に動揺が隠せず、浩二の顔が引きつった。
 早紀子は構わず、攻撃を再開する。再び数発の銃声が轟くが、浩二は自慢の反射神経を利用し、何とか側の木の後ろに隠れ、それも回避する事に成功した。
 畜生! アイツはやる気か! クソッ、分かりやすくていいな!
 すぐさま反撃を開始した。あらかじめ手に持っていたブローニング・ハイパワー9ミリから、二発三発と銃弾を放ち、突破口を開こうとするが、いかんせん距離が離れすぎており、どれも標的に命中する事はなかった。
 くそぉ! ただでさえ時間が無いってのによ!
 焦るのは当然だった。早く鉄塔の向こうへと駆け抜けねば、時間切れと共に浩二の首輪が爆発し、命はそこで尽きてしまうのだ。
 だがそんな浩二の想いを邪魔するかのように、脱出口の前にガーディアンのごとく立ちはだかる巨体。それはまさしく鉄の壁であった。
「ちくしょぉ!」
 決心を固め、木の後ろから飛び出し、巨体の死神へと浩二は走り出した。それと同時に再び銃を発砲し、なんとか強大な敵を打ち倒そうと試みるが、またしても弾は全て外れてしまった。すると今度は早紀子が反撃。しかし浩二も上手くステップを踏んでかわした。
 浩二は更に反撃を続けながら思った。
 しかし、何でアイツ、こんなところで待ち伏せなんてしてたんだ? まるで俺がこっちに向かってくる事を知っていたみたいじゃないか。
 すると浩二は、とある回答を見出した。
 …まさか! あいつレーダーを持っているのか?
 それを証明することは出来ないが、浩二にはその仮説が当たっているという自信があった。そうでなければこんな場所で待ち伏せなどしているはずが無いからだ。
 つまりはこうだ。レーダーで標的を探していた早紀子は、まだ禁止エリア予定場所にいる生徒を発見した。するとその生徒は自分のいるエリアへと駆けて来た。それをいち早く知った早紀子は、急いでエリアの境目に移動し、そして息を潜めていた。あとはそこにターゲットが現れたのを確認した後、脱出口を自らの存在で塞ぎ、真正面から狙い撃ちしようと考えたのだろう。なかなかたちの悪い、しかし効果的な作戦であった。
 飛んで火に入る夏の虫。早紀子の罠に、まんまと真正面から飛び込んでしまった今の浩二には、まさにこの言葉が的確であったろう。
 しかし虫もただでは黙っていない。
「くそぉ! そこを通せ!」
 狙いをしっかりと定め、さらに連続で引き金を絞ると、銃口から2,3発の弾が、早紀子に向かって飛んでいった。すると、その内一発が、ついに早紀子の腹部へと命中したのだ。巨体である早紀子は的となる部分が大きい。そのため集中さえ出来れば、浩二にとって撃ち抜けぬ標的ではなかったのだ。
「よっしゃぁ!」
 勝利を確信した浩二は、その場に倒れこむであろう早紀子の側を、悠々と通過しようと駆けた。しかしここで誤算が生じた。腹部を撃たれた早紀子は、その場に倒れこむだろうと思っていたが、まるで何事も無かったかのように、再びショットガンを連続で撃ってきたのだ。
 予想していなかった突然の反撃に対応しきれず、反応の遅れた浩二の左大腿部が貫かれた。
 なんだと! あいつ腹を撃たれたのに、なんで立っていられるんだ?
 貫かれた大腿部の、信じられないほどの痛みに耐えかね、浩二はついにその場に崩れ落ちた。
 まさか! あいつ防弾チョッキを装備していたのか!
 浩二は確信した。そうでなければ腹を撃たれて平然としていられる人間がいるはずが無い。それをあらかじめ予測していなかった事、これは完全に浩二の失策であった。
 早紀子が持っている支給武器はこれで、レミントン、レーダー、防弾チョッキ、と最低でも3つ。つまり、彼女は既に複数のクラスメートを殺害しているということは、容易に想像することが出来た。
 クラスメートを殺害することに容赦が無いうえ、装備も完璧か。最悪の敵だな。
 残された時間はもうわずか。早紀子に殺されるにしても、禁止エリアに引っかかり爆死するにしても、もうそれは目の前にまで迫ってきていた。
 時間が目前に迫り、早紀子はその体勢のまま、少しずつ後ずさりをはじめた。支給地図では境界線が漠然としているため、万が一のことを考え、できるだけ安全なエリアへと入っていこうとしているのだろう。
 絶対に俺は死なねぇ。
 浩二は足の激痛に耐え、這いつくばりながらでも前進を続けた。残り時間は20秒。それまでに鉄塔を越えなくてはいけない。
 間にあうか?
 そんな浩二に、早紀子はなおも攻撃の手を休めようとはしなかった。がしゃんと音を立てながら、狙いを再び浩二へ合わせ、発砲した。
 浩二の斜め前一メートルほどの場所で、濡れた土が跳ねた。
 残り10秒。頼む、間にあってくれ!
 鉄塔の足元に到達した。しかし安心はまだまだ出来ない。ここはまだ確実な安全圏とはいえないのだ。
 残り5秒。
 上手く動かない左足を除く、全ての手足を限界まで働かせ、なんとかして前に進んだ。対し、早紀子はかなり向こうにまで後退していた。彼女はもう確実に安全圏に入っているはずだ。
 3…2…1…。
 時間切れが迫った。もう安全圏に入っているのか。それともまだ禁止エリア内から脱出できていないのか。
 …0!
 時計の針が16時を指した。浩二は恐怖に目をつむり、全てを受け入れる気持ちの準備を整えていた。しかし、そこから何も起こらなかった。目を開き時計を見ると、秒針は既に20秒を指していた。浩二の時計は正確に調整してある為、時間がずれてなどはいないはずだ。つまり、浩二は見事に禁止エリアを脱したのだ。
 やったぞ! 助かった!
 しかし喜びの時は長くは続かなかった。遠方から浩二の生存を確認した死神が、再び舞い戻ってきたのだ。重い身体を支える足を、土の中に沈ませながら、どすどすと駆ける早紀子。
 あいつ、絶対に俺を仕留める気か!
 浩二は倒れながらも銃の照準を合わせ、強大なる敵を迎え撃とうとした。お互いに同時に引き金を引くと、再び激しい攻防戦が始まった。
 早紀子はだんだんと前進しながら、ショットガンを連発。対する浩二も負けじと抵抗するが、足の痛みに耐えかね、なかなか狙いが定まらない。
 運命の瞬間はすぐに訪れた。容赦なく連続で放たれた早紀子の弾の一発が、ついに浩二の頭部を貫いたのだ。
 くそっ…俺はまだ死ぬ訳には…。
 見事に急所を貫かれ、浩二の意識は一瞬のうちに暗黒の地へと落ちた。
 浩二の流血を洗い流すかのように、豪雨は更に激しさを増した。そんな中、濡れた髪を自らの顔に貼り付かせ、浩二の亡骸を見下ろしていた早紀子は、すぐさま次の標的を探しに歩き出した。
 名城雅史の親友達。その最後の生き残りは、こうしてゲーム脱落者となった。
 そして、生き残っている生徒の数は、ついに一桁台に突入した。


 『杉山浩二(男子11番)・・・死亡』


【残り 9人】



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