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 自分は何故、浩二に銃を向けられているのか。稔は訳が分からなかった。
「こ、浩二?」
 なんと言えば良いのか分からず、ただ浩二の顔を見上げる稔。しかしその視界に入ってきたのは、先ほどまでとはうって変わった、非常に冷たい視線で稔を見下ろしている浩二の顔であった。
 とたん、稔の背筋に寒気が走った。
 まさか、浩二はこのまま僕を殺すつもりなのだろうか。いや、まさかそんなはずはない。浩二は怪我をした自分を背負ってまでして、こんな場所にまでつれてきたのだ。はじめから殺すつもりだったのなら、こんな場所にまで背負ってくる必要は無いはずだ。
 しかし稔に向いた銃口と、冷たい浩二の目を見ては、嫌な想像をせずにいられなかった。
「な、何のつもりなんだ?」
 必死にそれだけの言葉を押し出すのが精一杯だった。あとは浩二の口から返事が返ってくるまで、食い入るように口から目を離さなかった。
 重い沈黙が訪れた。返事を待つ稔に対し、無言のまま稔を見下ろす浩二。その沈黙が破られるまで、稔は永遠に時が止まってしまったかのような錯覚すら覚えた。
「稔、俺はお前をここで終わらせる」
 永遠の沈黙がついに破られた。浩二がようやく口を開いたのだ。しかし、稔にはその意図が全くつかめなかった。
「終わらせる…?」
 またしても訳の分かっていない稔が不思議そうな顔をしているのを見て、浩二は再び口を開いた。
「ああ、俺はここでお前を殺す」
 稔はようやく事態を把握した。先ほどまでとは変わった浩二の表情。長い付き合いである稔は、浩二のその言葉に偽りがないという事を感じ取ったのである。しかし、それでも信じる事が出来なかった。
「なんで…なんでだよ? 嘘だろ浩二! じゃあなんでこんなところにまで僕を連れてきたんだよ? なんで脱出計画なんて進めてたんだよ?」
 ついに耐え切れなくなった稔は、思った事全てを、声を張り上げて吐き出した。しかし、そんな稔に動じることなく、浩二は淡々と返す。
「悪いな。全て演技だったんだよ。そう、脱出計画なんて初めから存在していなかったんだ。全ては“安全にお前を殺すため”の計画だったのさ」
 稔はまだ訳が分からなかった。
 僕を殺すため? いったいどういうことだよ?
 もはやその疑問も声にはならなかった。しかし稔の表情から全てを読み取ったのか、浩二は疑問に答えるため語り続けた。
「そう、このゲームでは一人で行動するよりも、複数でチームを組んだ方が有利に事を進められるんだ。例えばどこかで敵に遭遇したとしても、一人でいたなら確実に狙われるが、二人でいれば最初に狙われる確率は二分の一になるだろ。さらには敵が近くにいても、二人いたほうがそれに気づく確率も高まる。そこで俺は考えたんだ。なんとかお前を仲間にして、少しでもこのゲームを有利に進めたらどうかとな。
 しかし、何も策も無く、お前を仲間にするよりも、なにか希望をもたせておいたほうが団結力を高める事が出来るだろうと考えたんだ。そこで俺はお前がより俺について来るように、架空の脱出計画の話を持ち出した。するとその効果は想像以上だった。完全に俺を信じ切っていたお前は、疑う事も無く俺についてくる事を選んでくれた。そう、お前はその時から俺の盾、あるいは敵の監視役になっていたわけだ。
 あとは思い通りだった。俺はお前を手もとに繋げとめておくために、架空の脱出計画を進めている演技を続けた。それが民家捜索などだ。するとお前は疑うことなく、進んで計画に手を貸してきた。しかし、あの捜索そのものには全く意味なんてなかったのさ。全てはお前を俺のもとに繋げとめておく為だった。
 その成果が現れたのが矢島が俺たちの目の前に現れた時だった。矢島は俺がまいた餌、つまりはお前の存在にまんまと引っかかり、俺の存在にも気づかず近寄ってきた。結局上手く逃げられたが、確かに効果はあらわれていた。
 そして今、生き残りはたった11人。計画の嘘がばれぬうちに、そろそろお前を始末しておこうと考えたんだ。しかし銃を撃てば銃声が鳴る。そうなればそれを聞きつけた誰かが、俺のもとにやって来かねない。しかしそこが禁止エリアへと変化する直前なのなら話は別だ。あと十数分で禁止エリアへと変化するような場所に、いくら殺人者だろうと来るはずが無いからな。そう、俺がお前をここに連れてきたのは、誰にも追われる事も無く、安全に銃を撃つためだったのさ」
 長い説明の末、浩二はようやく言葉を切った。
 全てはゲームを有利に進めるための計画…。
 稔は無言のままそれを聞いていたが、信じられなかった。まさか自分は浩二に利用されていただけだったなどと。
「さて、ここが禁止エリアへと変化するまで、もうさほど時間は残されてはいない。悪いがもう終わらせてもらうぞ」
 浩二は引き金に人差し指をかけた拳銃の照準を、正確に稔へと合わせなおした。
 稔はただ呆然としながら、そんな浩二の様子を見ていることしか出来なかった。周りで起こった出来事全てが、現実だったのか、それとも幻だったのか区別が出来なくなり、もはや何が真実で何が嘘なのかも分からなかったのだ。
 しかし一つだけ分かる事があった。一見光をなくしたように見える浩二の瞳の奥に、まだかすかに光が見え隠れしている、そんな様子を感じ取った。
「…嘘だろ浩二」
 その言葉は稔の唇を押しのけ、自然と出てきていた。
 それを聞いた瞬間、一瞬ビクッと浩二の肩が動いたような気がした。
「浩二が僕を僕を背負っている時に見せた真剣な顔、あれは絶対に演技じゃなかった。それだけじゃない。出会ったときも、家の中を捜索したときも、僕を守ってくれたときも、どの浩二の顔も縁起なんかじゃなかった。僕には分かる。あれはすべて浩二の本当の顔だったよ。むしろ今の浩二の顔こそ演技のように見えるよ」
 稔が口から出す言葉一つ一つに、浩二は反応して身体を奮わせた。
「なぁ、嘘なんだろ、浩二!」
 稔は最後に悲痛とも言える声で、浩二の名を呼んだ。浩二の様子の変化は一目瞭然だった。冷たく変化していた目は、かすかに生命を取り戻し、一度は稔へと向いていたはずの銃口は、再び別の方へと向き直っていた。
 浩二は何かを考えているように、じっと下を向きそのまま少しの間動かなかった。
 またしても沈黙が訪れた。ほんの少しの間の短い沈黙。しかしそれも長い長い時間のように感じる。大変不思議である。
「もう何も言うな。言っただろ。俺は最初っからお前を殺すためにこの偽の計画をでっち上げたのさ」
 ようやく浩二は顔をあげた。そこには先ほどまでの冷たい浩二の顔は無かった。透き通った涙に潤まされた純粋な目に、もはや邪念などは感じられない。


「浩二…」
 浩二の様子につられてか、つい稔にも感情が込み上げてきた。
「稔。俺はお前が大好きだ。だから他のやつらなんかにお前を殺させはしない。だが俺もまだ死にたくはない。しかし俺とお前二人ともが生き残るなんて不可能だ。だから、せめて俺がお前を…」
 喉の奥で何かが引っかかったように、浩二が声を詰まらせた。一度せきばらいし、再び稔の顔をじっと見てこう言った。
「お前と過ごした時間なんて、本当に短い間だったと思う。だが…」
 稔はもはや何も言い返せなかった。状況を整理しきれていない事もあったが、浩二の話を遮ってはいけないと感じたのだ。
 浩二は泣き声になりながら、こう付け加えた。
「楽しかった」
 声を詰まらせ、苦しそうに話す浩二を見て、稔はもう耐えられなかった。込み上げた感情が奥底から押し出したように、見開かれた瞼の間からあふれ出た涙が、一筋の流れとなって頬をつたった。
 浩二…。
 稔の頭の中に、今までに浩二と過ごした、かけがえのない思い出が蘇った。浩二が言うように、それは長い時間の思い出ではなかったが、短い人生の中で、最も中身が詰まった、もっとも楽しい時間であった。
 浩二だけじゃない。雅史、靖治、親友達に加え、三年A組の仲間たちの顔、どの顔もが鮮明に蘇った。
 しかし、全てはもうじき終わる。
 稔は全てを受け入れる準備を整えた。そして銃を向ける親友の顔を一度見た。そこにはいつもと変わらぬ親友の顔があった。
 稔はそのまますっと目を閉じ、あとは全てが終わるのを待った。
「さよならだ、稔」
 再び苦しそうな声が聞こえた。それから間もなくのことだった。
 バァン!
 その音はこの島の何処までも響いていった。


【残り 11人】



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