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 浩二はとにかく斜面を登り続けた。勿論一人の人間を背負ってのその行動は、楽なものではなかっただろう。しかしそれでもさすがは浩二といったところか、着実に難所をクリアしていった。
 これで稔の体重がもっと重かったりでもしていたら、こうはいかなかったであろう。
 稔はあらためて、自分が小柄でよかったと思った。
 そんななか、ついに稔が滑り落ちた難所の斜面にさしかかった。浩二にしたって、荷物を持ってこの斜面を登った事はないのだ。ここは今までのように簡単にはいかないだろう。
 しかし、そんな想像とは裏腹に、稔を担ぎながらでも、浩二はこの斜面を登っていった。勿論スピーディにとはいかなかったが、それでも稔が一人で登るよりも安定していただろう。そして意外にも、あっさりとこの難所を登りきってしまった。
 難所を登りきると、そこには浩二が持って上がってきていたデイパック2つがそのまま放置されていた。
「スマン稔、一度降ろすぞ」
 そう言うと、稔が返事を返すのも待たず、ぬかるんだ地面の上に稔を降ろした。そしてデイパックのジッパーを開き、なにやら中の荷物をあさり始めた。
「何しているの浩二?」
 浩二の行動の意図がつかめない稔は、当然の如く浩二へと聞く。
「これからもお前を背負って歩くからな、さすがにこの荷物全てを持って歩く事は無理だ。だから必要な物だけを一つのデイパックにまとめて、残った荷物はこの場に捨てていくんだ」
「荷物を捨てて行くだって? 大丈夫なの?」
 浩二の発言に驚き、稔はついこう言った。しかしそれは当たり前の発言であろう。まだ後どれだけ続くか分からないプログラムの中で、このデイパックの中に入っている荷物の何が役に立つか分からないのだ。だというのにそれらを断ち切るというその判断は、とても賢明だとは思えなかった。
 しかしその判断は仕方がなかった。稔を担いでいる浩二には、もはや二人分の荷物を持ち歩くほど、体力に余裕は残されていないのだ。その点から考えると、やはり荷物の何割かを切り捨てるという考えにたどり着いてしまう。
 様々な思いを頭の中に巡らせていく稔を尻目に、浩二はせっせと荷物の整理を始めた。乱雑にデイパックの中に手を突っ込み、出てくるもの出てくるものすべてに目をやり、必要か不必要かを判断した後、再びデイパックの中にしまう、あるいは辺りのぬかるんだ地面の上に放り出していった。
 浩二が民家の中で調達した“脱出計画に必要なもの”は、雨に濡れぬようビニール袋に包んだ後、デイパックに再び入れられ、修学旅行のために個人的に持参した、トランプ等の遊具の類は、全てその場に放り出された。それを見て稔はちょっと止めに入りたかったが、生死がかかった今、そんなことを気にしている場合ではないと思い、何とかその気持ちを押しとどめた。
 まあいいか、うまく脱出できれば、また買えばいいんだし…。
 浩二の計画をよっぽど信用していたのか、そんな楽観的な考えさえ浮かんでしまった。
「よし、こんなもんだろ。じゃあまた出発するぞ。乗れ稔」
 浩二は荷物を一つにまとめたデイパックを肩に掛け、かがみこんで稔に背中に乗るように指示をした。浩二の体力は、どうやらまだ大丈夫なようだ。
 稔が遠慮がちに背中に乗ったのを確認すると、浩二はすっと立ち上がり、再び山歩きを開始した。
「登り道はもうすぐ終わりだ。後はちょっと下山道を通れば、すぐに目的地に付く。何とか時間内には間に合うだろう」
 浩二は独り言のように言うと、出っ張った岩に足をかけ、ゆっくりと斜面を登った。
 そこから少しの間、上り道が続いたが、それも長くは続かなかった。浩二の言ったとおり、道は下りへと変化したのだ。そこに到達するまで、何度か危うい場面もあったが、それも仕方のないことであった。稔と荷物を持っているうえに、右手には常に拳銃、『ブローニング・ハイパワー9ミリ』が握られていたのだ。残った左手のみしか使えなかったこの状況に、危険が伴わない方が不思議といっても良いだろう。
 下山道にさしかかった浩二だが、これも安心して歩けるものではなかった。勢いを増した雨が地面をさらに溶かし、危険な状態に変えていたからだ。
 地面にかかる体重は、上りよりも下りの時の方が大きい。つまり、上り道よりも足が地中に沈むと同時に、滑る事も多いのだ。まだまだ油断は出来ない。
 稔がそのような事を心配していると、ふと何かに気づいた浩二が歩きながらこう言った。
「おい、前を見てみろよ」
 それに反応し、稔はすぐに前方に目を向けた。大雨によって発生した霧により視界が悪く、浩二が何を見てそう言ったのか理解できなかったが、よく目を凝らし、ようやく何か建物が並んでいる光景が、ぼんやりと確認できた。
「あれって、もしかして」
「ああ、目的地の住宅地。俺たちの最終目的地だ」

 住宅地に着いた二人は、すぐさま以前侵入した事がある民家へと向かった。
 下山道に意外と苦戦を強いられた為、住宅地の存在を確認してから、到達するまでに時間がかかってしまい、ここが禁止エリアへと変化するまでに、あまり時間は残されてはいない。
「急ぐぞ!」
 多少焦り気味である浩二。稔と荷物を背負ったまま、最後のスパートをかけたのか、全速力で走り出した。
 長時間雨にうたれたために、二人とももはや全身水浸しである。まるで衣服を着たままプールに飛び込んだかのようなその状態に、雨はさらに容赦なく襲い掛かる。
 浩二が足を地面につけるたびに、ぱしゃぱしゃと水溜りが音をたてた。
「着いた!」
 以前侵入した民家を見つけるやいなや、二人は雨から逃れるように、すぐさま中に飛び込んだ。
「間に合ったね」
 稔は腕時計を見ながら言った。ここが禁止エリアに変化するまで、残りおよそ30分といったところか。ギリギリセーフである。
「奥の部屋に行くぞ」
 浩二はそれだけ言うと、靴を脱がずに玄関から内部へと歩みだした。
 あいにくの天候の為、民家の中は大変薄暗い。足元に何かがあれば、気づかずにつまづいてしまうであろう。
 目の前に現れた扉を開き、浩二は部屋に入るやいなや、稔と荷物をゆっくりとその場に下ろした。
 そこは以前、二人が捜索をした部屋であった。散らかった部屋の様子はそのままで、浩二が踏み割ったCDケースも全く変わらぬ状態で残されている。稔が丁寧に分けた本の山も変わらぬ様子だ。
 あの時はまさか、もう一度この部屋へと戻ってくる事になろうとは思ってもいなかった。しかし、今こうして自分はここに舞い戻ってきた。
 何故このような面倒な事をしなければならなかったのか。
 浩二が調達した“脱出に必要な物”とは、いったいどのように使うのか。
 いや、そもそも脱出計画とはどのようなものなのか。
 その全容が、ついに浩二の口から明らかにされる。そしてその瞬間は、もう目と鼻の先に迫っているのだ。稔は興奮を抑える事が出来なかった。
「浩二、ついにやったね。僕たちついに脱出できるんだね?」
 しかし、稔がそう言うも、浩二は何故か返事をしてこなかった。そして何処か遠い所を見ているような目をしている浩二に、なにやら違和感を感じた。
「……どうしたの、浩二?」
 浩二の様子に心配し、稔はじっと顔を見たまま聞いた。すると浩二の手が動いた。支給武器である拳銃を握った右手が、地面に座り込んでいる、無防備な稔の方へと向いた。



【残り 11人】



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