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 雅史、大樹、そして合流したばかりの直美の三人は、先ほどまでいた、女子三人の遺体が放置されている場所から数百メートルほど歩き離れ、いつものように、辺りの様子をしっかりと見回し、危険が無いことを確認した後、ようやくその場に腰を下ろした。
「そう、忍とははぐれちゃったんだ」
「ああ…」
 これまでの雅史達の事情を聞き、忍はこの場にはいないと知ると、直美は少し残念がっているようだった。
 ゲームが始まってから早一日半が経過しようとしている現在、雅史が最初の頃は不気味に感じていた森林の中にも、もはや慣れてしまっていた。もちろん夜になれば不安さは増すのだろうが、正午過ぎで明るい現在は、いたって平然としていられる。
 しかし、三人の中では重い空気が漂っていた。これまで自分たちの周りで起こった出来事を、ついに直美が話しだそうとしているからだ。
 まだ涙が潤む目を真っ赤にしながら、うつむき加減に上目遣いで雅史と大樹の様子を見比べ、ついに直美が口を開かせた。
「知ってると思うけど、私はクラスの中で二番目に分校からスタートしたの。すごく恐かった。まさか本当に友達同士で殺し合うことになるなんて、信じられなかったの」
 雅史はその一字一句を、一つも聞き逃さぬよう、じっと真剣に聞いた。
「でも私は親友たちを信じたかった。彼女たちは私と同じ想いを持っていると信じたかった。だから私は出発前に、私の次に出発する絵梨果の耳元でこう呟いたの。『外で待ってるから』って」
 これは雅史も知っていた。確かに彼女がそう呟いたのが、雅史の座っていた席までにもかすかに聞こえてきていたからだ。だがおそらく、教室の一番前にいた榊原達には聞こえていなかっただろうと思われる。実に絶妙な声の加減であった。
 直美は続けた。
「そして私は外で待った。するとすぐに絵梨果が出てきた。私はすぐに彼女に抱き着いて言ったの。『いっしょにいよう』って。そしたら絵梨果は涙を流しながら頷いてくれた。嬉しかった。絵梨果も私と同じ想いでいてくれてたの」
「小野には会ったのか?」
 大樹が横から口を挟む。
「ええ…。私と絵梨果は、次の次に出てくる智里とも合流できると思って、出入り口付近からちょっと離れた場所にあった茂みの中に隠れていたの。すると中から奥村君が出てきた。悪いとは思ったけど、私は奥村君には声をかけず、次の智里が出てくるまでそこで隠れていたの。そのときは、どうしても信用できる友人たちとだけ合流したいと思ってたから」
 黙って聞いていた雅史だったが、内心この時の直美の判断は正解だったと思っていた。なぜなら雅史は、奥村秀夫にハンマーで襲われ、殺されかけたのだ。もしも直美が秀夫に声をかけ、存在に気づかれていれば、直後とんでもない事態になっていた可能性が高い。過ぎ去った話だが、雅史はほっとした。
「さらにその二分後、ついに智里が出てきた。智里も私たちの姿を見るなり、喜んで駆けてきてくれた。私の思ったとおり、親友たちは皆良い人ばかりだった。本当に嬉しかったよ」
 直美はグスッと一度鼻をすすり、さらに続きを語りはじめた。すこしづつだが気分も落ち着いていっている様子だ。
「私たちはこれで三人合流できたわけだけど、これ以上入口付近で潜んでおくのは、さすがに危険だと判断したの。だってこれから次々とクラスメートが出発するわけだし、その中には…言いたくないけど…、ちょっと…信用できない人もいたし…」
 ばつが悪そうに言う直美に対し、大樹がまたしても口を挟んできた。
「霧鮫だろ」
 すると痛い所を突かれたのか、ちょっと暗い顔をした直美。だがすぐに気持ちを落ち着かせ、それに返した。
「…うん。霧鮫さんの悪い噂はたくさん聞いていたし、もしも見つかってしまえば、とんでもないことになってしまうかもしれないと恐れて、すぐにその場から離れようって話になったの。私たちが中に隠れていた茂みも、奥村君は上手くやり過ごせたとはいっても、あまり隠れるのに敵した場所とは言い難かったし。それに、私たちが会いたいと思っていた他の三人、忍と美咲と淳子は出席番号がかなり離れていて、相当長い間そこに隠れていないといけなかったから、その間ずっと隠れているのは危険だと判断したの」
 悲しそうに目を伏せる直美を見て、雅史はやりきれない気持ちになった。しかし、もう一つ聞きたいことがあったので、恐る恐る直美へ質問した。
「あの…。さっきの現場の様子から見ると、椿さんも合流してた見たいだけど、それはいったいどうやったの?」
 話しながら先ほどの凄惨な現場を思い出し、雅史はまたやりきれない気持ちになった。
 それは直美も同じだったようだ。雅史にその質問をされた瞬間、また表情に陰りを見せ、一瞬黙りこくってしまった。だが、意を決したかのように、すぐに話し出してくれた。
「美咲は私たち三人が潜んでいた場所に、一人で突如ひょっこりと現れたのよ。突然のことでびっくりしたけど、もう会えないかもしれないと思っていたから嬉しかった」
 直美は少し微笑んで見せたが、すぐに悲しい表情をし、その続きを語り続けた。
「美咲は出発して、私たちと同じように、すぐに出てくるはずの淳子を待ったらしいの。淳子ならこんなプログラムなんかに便乗しないで、自分と共に行動してくれると信じて」
 だがここで雅史はとある事に気がついた。美咲が淳子を分校出入り口付近で待っていたのなら、その前に
辻本創太(男子12番)が出てきていたはずだ。それに気づいた雅史は、その件に関しては何がどうなっていたのか、聞かずにはいられなかった。
「なあ、椿さんは辻本に会わなかったのか?」
 すると直美は、またしてもばつが悪そうに話す。
「美咲も私たちと同じく、親友たち以外とは誰とも会わないようにしてたみたいで、隠れて辻本君をやり過ごしたらしいの」
 これに言葉を返したのは大樹だった。
「それは仕方が無いだろう。このゲームでは誰がどう変貌していてもおかしくはないんだからな。そういう意味で、椿がとった行動は、正しかったと言って良いだろう」
「そういうわけで、美咲は杉山君をやり過ごした後、ついに淳子と会うことが出来たの。お互いに手を取り合って再会を喜んだ後、美咲はいっしょに皆を探そうと持ち掛けた。でも……」
 直美が更に暗い表情になった。
「淳子は美咲と共に行動することを拒んだらしいの。理由は加藤君を探しに行きたいから……」
 そういえばそうだった。戸川淳子は加藤塔矢と付き合っていたのだ。
「それを美咲に聞いたとき、私はすごくショックだった。淳子は私たちを探すことよりも、彼に会うことを選んだ。それを聞き、ショックを受けた私は一人で泣きたくなったの。だから一時的に皆と離れて、森の奥深くで泣き続けていた。そうしたら、突然どこかから大きな爆発音が聞こえてきたの。私は何か嫌な予感がして、すぐに皆がいた場所に走って戻ったの。そうしたら…」
 雅史は直美の話に息を呑んだ。
「みんながバラバラになって死んでいたの!」
 直美の目から、再び涙が溢れ出した。あの壮絶な場面を思い出してしまえば仕方が無い。誰だって泣きたくなるだろう。
「つまり、お前が三人のいた場所から離れている内に、何者かがそこにやってきて、そいつが三人を爆弾で殺した。こういうわけだな」
 大樹が今までの話から推測して言う。おそらくそれで間違いはないだろう。
 誰なんだ。何もできないか弱い彼女たちを、そうも簡単に殺してしまうのは。
 雅史の中で怒りの炎が燃え上がった。
 その直後、突如島のどこかに設置されているのであろうスピーカーから、ブツンと電源の入るような音が聞こえた。直後、
『おんどらぁ! 全員聞いてるか! 今から恒例の定時放送を始めるぞ!』
 劈くようなだみ声に、つい耳を塞いだ。
 さ、榊原!
 島中に響き渡るであろうその大声に、雅史は恐れを感じていた。



【残り 11人】



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