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 突如投げかけられた言葉の意図を掴めず、雅史は自然と「え?」と返していた。
 地獄?
 雅史は大樹が何を見てそう言ったのか、その真相を知りたいがために、大樹が真っ直ぐ見つめている前方へと目を向けた。その時、雅史はようやく大樹がどうしてそのような発言をしたのかを理解した。
 それはまさに地獄のような光景であった。
 そこにあったのは、何か大きな力を加えられ、胴体から引き千切られた手足が辺りに散らばり、つい数時間前までは、それが生きて動いていたなどと思えないほど、無残な姿へと変貌した三人もの人間の変死体だった。その五体がバラバラに砕かれ、肉片が飛び散ったその様は、雅史に吐き気を感じさせるほどすさまじかった。
 死体は既に腐敗しはじめており、それらから鼻につくほどの腐臭が放たれ、その匂いにつられ、何処からともなく集まった蝿たちが、三人の死体をむさぼっていた。
 まるで遥か昔に見た、戦争の記録映画のワンシーンにでも迷い込んでしまったのかと錯覚してしまうほどの、惨たらしきその光景に、倒れそうになるほどの眩暈すら感じた。
「こ…これはいったいどういうことなんだ?」
 全身を恐怖で震わせながら、雅史は恐る恐ると言った感じで、なんとか口を開いた。だがそれを聞く大樹にも何が起こったのか分かるはずがなかった。
「そんなこと俺が知るわけないだろ! ただ一つ言えることは、こんなことをした本人は、人間を殺すことに全く迷いなど感じていない。しかもこの残酷さを見ても分かるように、その冷酷さは俺なんかよりも遥かに上だ」
 さすがの大樹も、このすさまじき光景にはショックを受けたのか、発言の中に、なにやら脅えのような感情が込められているようだった。


 ふと見ると、その死体の側に、首から切断された頭部が転がっているのが見えた。雅史は吐き気を抑えながら、それが誰の頭であるかを確認しようとした。すぐに分かった。何らかの力により、陥没して頭の形が変形してはいるが、それは紛れもなく、あの女子の仲良しグループのメンバーの一人、椿美咲であった。
 さらに辺りを見回すと、上原絵梨果や小野智里の頭も確認できた。これでようやく分かった。どうやら雅史が最初に思っていたとおり、彼女たちは集まったようだ。だがそこに何者か招かれざる客が訪れ、そいつが彼女たちを殺したのだ。
 誰なんだ! 何もできない無力な彼女たちを、そうも簡単に殺してしまうような、悪魔のような人間は!
 雅史は恐怖と怒りを同時に感じた。
「おい名城。ちょっと辺りを調べるぞ」
「えっ?」
 突如発した大樹の言葉の意図が読み取れず、雅史はつい聞き返した。
「調べるって何をだ?」
「そうだな、とりあえず三人が誰に殺されたのかだけでも分かれば上出来じゃないか」
 雅史はそれを聞いてなるほどと思った。確かにこのすさまじい光景を作り上げた、殺人鬼の正体が誰なのかは、雅史も気になるからだ。しかし、調べようと思えば、どうしてもこの無残な殺人現場に、より近づかなくてはならない。すでに吐き気が最高潮に達していた雅史は、出来るだけ近づきたくないと思っていたが、今はそんな事を言っている場合ではなかった。自分たち、及び今生き残っている善人たちの命を守り抜くためには、どうしても警戒すべき人物の特定は必要なのである。雅史は何とか気分を抑えながら、現場の中へと足を踏み入れる決心をした。
 それに雅史には、もう一つ気になっていることがあった。それは女子の仲良しグループの一員である、
石川直美(女子1番)の存在に関してだった。
 雅史の予想通り、絵梨果と智里は合流し、さらには偶然か、出席番号の離れた美咲までもがいっしょに行動していた。しかし雅史は、絶対に直美も彼女たちと合流するであろうと思っていた。だが辺りをいくら見回しても、死体の数は三つしかない。いや、そもそも三人の名前が放送で挙げられた際、直美の名前は挙がっていなかった。そしてまだ名前の呼ばれていない直美は、今も生きているはずなのだ。しかし辺りには直美の姿は見えなかった。
 これはいったいどういうことなのか。雅史に今考えられることは二つであった。
 まず一つ目は、このゲームの中、誰も信用できないと思った直美は、出発後、次に出発する絵梨果が校舎から出てくるのを待たず、そのまま何処かへ一人で逃げてしまった。そのため、襲撃に巻き込まれずに済んだ。
 そして二つ目。これはかなり衝撃的な想像であり、雅史もこうは思いたくはなかった。それはこんな考えであった。
 直美は三人と合流したが、実はやる気になっており、三人が隙を見せた際に、何らかの方法で彼女たちを殺害したのではないかという想像だ。つまり、このすさまじき殺人現場を作り上げたのは、もしかしたら直美かも知れないと思ったのだ。
 だが実際のところ、雅史はこの二つ目の想像は、考えた直後に自ら否定していた。
 雅史が知っている石川直美の人格像は、この殺人現場を作り上げた犯人などに、全く当てはまらなかったのである。
 吹奏楽部に所属する彼女は、戸川淳子の相方というだけのことはあって、普段から明るく、真面目で、他人のことも思いやれる、その優しき性格から、クラスの人間の大半から好かれている人物であった。そんな彼女がこんな凄惨な現場を作り出せるわけが無いと思ったのだ。
 そうだ。違う。三人を殺したのは別の人間だ。
 雅史は自らにそう言い聞かせた。
「おい名城。これ見てみろよ」
 辺りを探っていた大樹が何かに気がついたのか、自らの足元を指差していた。
「なにかあったのか?」
「ああ、この地面をよく見てみろ」
 そう言われ、雅史は地面をよく見て初めて気がついた。今まで無残な死体の方に気を取られ、全く気づかなかったが、何やら地面の土が数十センチほどの深さに掘られているのだ。その穴は直径数メートルと、範囲もなかなかに広かった。
「おそらくこれは爆発によって掘られた穴だ。これを見て三人がどうやって殺されたのか分かったよ。どうやら椿たちは小型の爆弾によって爆殺されたらしい」
 それを聞き、雅史は自分が思ったことを口にした。
「まさか手留弾か」
「ああ、支給武器にそれが含まれていてもなんらおかしくない。おそらくその考えで間違っていないだろうな」
 大樹の話を聞き、雅史は恐れのために震えた。
「いったい誰なんだ! 誰がこんなひどいことをしたっていうんだ!」
 雅史の食って掛かりそうな勢いに圧され、大樹は少し驚いた顔をしたが、
「それは結局分からなかった。ただ一つ言えることは、この様を見ても分かるように、椿たちを殺した犯人をこのまま放ったままにしておくのは、あまりにも危険だということだ」
 と真剣な面持ちで言った。
 いったい誰なんだ。こんなひどいことをするのは。
 怒りと恐れのため、体中が震え、雅史は拳を強く握り締めていた。だがこんな時に、またしても雅史たちが予想もしていなかった、不測の事態が起こった。
 雅史の背後でガサッと何かが動く音がした。
 驚いて振り返ると、そこには手のひらに収まるほどの小さな銃をこちらに構え、脅えのためか震えている、石川直美の姿があったのだ。
「い、石川さん…」
 身体中が土で汚れ、眼鏡の奥で涙を流しながら、細く弱々しい手で持った銃を雅史達へ向ける、か弱き少女の姿を見て、とてつもない悲しみを感じた。
「まさか…まさか本当に、君が三人を殺したのか?」



【残り 12人】



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