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 数時間もの間、ずっと森の中を歩き続けたうえ、緊張のあまり神経をすり減らしてきた雅史には、さすがに疲労が溜まってきていた。だがそんな雅史の様子を知ってか知らずか分からないが、大樹は一度も足を止めようとしなかった。それだけ忍のことが心配なのだろう。
 前の放送で時任乙葉と倉田麻夜の死が告げられたことにより、その時点ですでに生き残りはたったの15人となったと分かっていた。もはや一刻の猶予もない。
 普段なら朝食の時間はとっくにすぎていたが、雅史たちは歩きながらパンをほおばり、少し遅めの朝食を摂っていた。だがこれはあくまでも、少しでも体力を維持するためであり、味を楽しむ余裕などはなかった。
 大樹につられ、雅史も口にパンを押し込み、それを水でむりやり流し込んだ。しかし無理し過ぎたのか、直後むせてしまった。
 移動中、雅史は大樹と口を交わすことなどほとんど無かった。その理由は大樹の忌まわしき過去を知ってしまった事にあるだろう。
 壮絶な大樹の過去を知り、雅史はそれにどう反応すれば良いのかが分からなかったのである。
 壮絶な過去の話とは、空手の公式試合の最中の事故により、大樹の対戦相手が不運な死を遂げたという、なんとも後味の悪い話であった。
 もちろんこれは大樹が故意に相手を死なせた訳ではなく、あくまでも事故である。しかしこの事件が原因で、今の大樹は殺人という行為を冷静に行えるようになってしまったのだ。
 もちろん雅史には、大樹にどのような理由があろうとも、やはり殺人を犯すという行為には納得することは出来なかった。だが大樹の考えは全く間違っているとも言い切ることはできない。自分たちを殺そうとする者が現れれば、それを無視して通り過ぎることなどは出来ず、やはりそれに応戦せざるをえないのだ。
 分からない…いったい何が正しい考えなんだ?
 頭の中が疑問でいっぱいになり、今にも破裂してしまいそうな感覚に襲われた。
「まだ気にしているのか?」
 先を行く大樹が重い沈黙を破るかのように、久しぶりに口を開いた。大樹の声を聞いたのは数時間ぶりのように感じた。
「剣崎。俺にはお前の考えが間違っているのかどうか分からない」
 雅史同様、大樹の側も、雅史の声を聞いたのは久しぶりだっただろう。長い沈黙がようやく破られ、大樹の表情にも多少の緩みがあらわれたように見えた。
「あたりまえだろうな。お前はこれまで、一度もそういう場面に直面したことがないんだ。戦いの際の心構えの必要性なんか知るはずがない」
「ああ、そうなんだけど、やっぱり俺にはどんな理由があろうとも、クラスメートを殺すことなんてできない」
 この発言をしたのは何度目だろうか。雅史自身、この自らの言葉の裏に秘められた意図をつかむことができなくなってきていた。
 自分はいったい何を考えて、このような発言をしているのだろうか。
 もちろん言葉そのものが示すように、自分自身は殺人なんて犯したくない。ではこれ以外に何か意味はあるのだろうか。
 もしかすると、“大樹への訴えかけ”これかもしれない。
「つまりだ。お前が言いたい事は、俺に向かって“もうクラスメートは殺すな”と言いたいわけか?」
 大樹は雅史が言葉の裏に無意識のうちに込めた意味を感じ取ったようだ。
 雅史は大樹のその言葉に反応することが出来ず、ただその場で黙りこくってしまった。
 そんな雅史の姿を見て、大樹は強く言い放った。
「名城、お前は弱い」
「弱い?」
 雅史は即座に反応し聞き返した。
「ああ、お前は弱い。肉体的にもあるかもしれないが、何より精神は致命傷と言えるほどにもろい」
 雅史はまだ意味がよく分からなかった。そんな雅史の様子を見て、大樹は構わず続けた。
「いいか。俺達は今、プログラムという戦いに強制参加させられている。この中では体力も必要だが、それよりも強い精神力が要求されるんだ。ルールの通り、生き残れるのは最後の一人のみ。その一人になろうと思えば容赦なく相手を仕留める覚悟が必要だ。だが今のお前にはそれがない」
 雅史自身、そんなことなど分かっていた。今の自分には敵を仕留める覚悟などない。そんな自分が最後の一人まで生き残れるはずなどないのだ。だが、そんな雅史ですら、次の大樹の発言には激怒せざるをえなかった。
「そんなお前には、生き残る資格すらない」
 厳格な表情でそう言い放った大樹に向かい、雅史は次の瞬間当然の反発の意を表した。
「言い過ぎじゃないのか剣崎! 確かに俺は生き残る自信なんてない。でもだからと言って、生き残る資格すらないってのはどういうことだよ!」
 雅史の反発が意外だったのか、大樹は一瞬目を見開かせたが、すぐさま元の状態に戻り、同じ口調のまま返した。
「よく聞け名城。お前は戦いとはこのプログラムの中だけのものだと思うか?」
 またしても大樹の言いたいことがよく掴めない雅史は、黙って大樹の次の言葉を待つしかなかった。
「いままでお前は気づいていなかったかもしれないが、この大東亜とかいう腐り切った国の中で生きていくということそのものが、つまり日常が戦いの舞台なんだ。万が一お前が生き残ったとしても、お前は今度、その大東亜とかいう腐った国の中で、たった一人で戦い抜かなければいけない。死んだクラスメート45人の意思を継いでだ。だが今のお前を見てどうだ? お前は45人の意思を背負って戦えるだけの強い意志を持ち備えているのか?」
 雅史は衝撃を受けた。自分に45人の意思を背負えるだけの力はあるのか。答えは否。今のままの自分では、修羅場を潜り抜けることなんて出来るはずがない。大樹の言っていることをようやく理解した。
「分かったか名城。今のままのお前じゃ駄目なんだ。強くなれ」
 大樹はその言葉を放つと、また前に向き直り、再び前進を始めた。
 雅史はその後ろをついていきながら、大樹の放った言葉を何度も頭の中で反復させた。
『強くなれ』
 いったい自分はどうすれば良いのだろうか。
 正しき考えがどれなのか選ぶことが出来ず、必死になって考え込んだ。そのためか、かすかな頭痛すら感じ、頭を垂れながら歩いた。だがその頭に突如何かがぶつかった。
 雅史は驚いて頭にぶつかった物がなになのかを確認しようと、頭を上げ視線を前方に向けた。それでようやく安心した。雅史の頭にぶつかったのは大樹の背中だった。しかし雅史は突如立ち止まった大樹の様子の異変に気がついた。何やら恐ろしい物でも見たように、体を完全に硬直させ、雅史へと振り向いた顔も緊張した表情をしていた。
「なあ名城。地獄って見たことあるか」



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