81


 恵は一瞬、千春の言った言葉を理解できなかった。
「なに言ってるの佐藤さん?」
 そんな恵の問いに対し、千春は微笑みながら、あたかも常識を語るかのように返した。
「あーもう、分からないの? この首輪は姫沢君の書いた設計図の物とは別物なのよ。だから電磁波発生装置を起動した瞬間、姫沢君の首輪は暴発した。ということは、この装置を使って首輪を外すためには、まず今の首輪の構造が、設計図とはどのように変わってしまっているのかを調べる必要があるの。それで違いが分かれば、装置を改造することによって、今度こそ計画を成功させることが出来るかもしれないでしょ。そのために、もう死んじゃった姫沢君の首を切断して、爆発した首輪の残骸を回収し、それの構造を調べるのよ。分かった?」
 淡々と話す千春を見て、恵は背筋に寒気を感じた。
 何なのよこの子? 死体とはいえ、どうして今まで私たちのために尽くしてくれた姫沢君の首を、そうも簡単に切断しようとか考えることが出来るわけ? そもそも首輪の残骸なんて調べたって、ほとんどが吹っ飛んじゃった今、構造なんて分かるはずないじゃない。いや、それが分かったとしたって、私たちだけで、今の首輪の構造に合わせて装置を改造することなんて出来るわけがない。
 恵の考えはもっともであった。明が死んでしまった今となっては、どうあがこうと脱出計画を成功させることなど出来るはずがないのだ。


「私はそんなこと反対よ! いくら首輪の残骸を調べたって、私たちだけでこの計画を成功させることなんて出来るはずないし、姫沢君の首を切断なんてしたくない!」
 恵は当然の意見を述べ、千春に抗議した。だが直後、恵は硬直した。なぜなら先ほどまで恵が手にしていたはずの銃、サイレンサー付きトカレフが千春の手に握られ、その銃口が恵の方へと向けられていたからだ。
「反論は受け付けないわよ。私はあくまでも生きてこのゲームから離脱したいの。逆らうなら容赦なくあなたを殺すことにするわよ」
 千春の言葉には慈悲など全く込められていなかった。恵は今更気がついた。
 いままでの千春は、ただ良い人ぶっていただけだった。そして今、その化けの皮が剥がれ落ち、ついにその無慈悲な本性を現したのだろう。今までその素性を隠していた千春を見て、やはり話に聞いたとおり、計算高い女だったと実感した。
 恵は明に駆け寄った際、その場にトカレフを放り出してしまったことを、今更ながら後悔した。
「それがアンタの本性なのね」
「そういうこと。成功するかどうかわからなかったけど、万が一本当に脱出できるのなら、ここはおとなしく協力する“ふり”をしておいた方がお得だろうと思ってね。何も言わず姫沢君についてきていたわけよ。でもまあ、計画が失敗に終わっちゃった今となっちゃ、良い人ぶる演技なんて続けててもしょうがないでしょ」
 千春はそう言いながら、明の首に押し当てていたノコギリを引きはじめた。
 恵はそれを止めさせるため千春に飛び掛かろうと思ったが、
「止めといた方が良いわよ。私はアナタを殺すことにためらいなんかないし、もちろんアナタが防弾チョッキを着込んでることくらい知ってるわ。だから飛び掛かるなんて無謀な行動は無意味なんだからね」
 と微笑んで話しながら、恵の眉間へと銃口を向ける千春の姿を見ては、既に動きはじめていた自らの足を止めざるを得なかった。
 それを見た千春は再び微笑み、明の首切断作業を再開した。
 千春はまず明の頭部を足で踏み付け固定、そのままノコギリを前後にひたすら動かす。ゴリゴリと何かが削られていく音が響き渡る。その間も千春は恵の方から視線を離そうとはしなかった。恵に打つ手はなかった。
 明の首の下の地面に、血で染まった赤い骨粉がぱらぱらと降り注ぐ。それはだんだんと小さな粉の山を作り出し、その山が大きくなればなるほど、明の首の骨はだんだんと細くなっていった。
 突如、ガコンという音が聞こえると同時に、切り離された明の頭部が千春の足元から転がった。それを見た千春は、すかさず首の切り口から首輪の残骸を抜き取り、それを自らの目の前に持ってきて観察しだした。
 十数秒間、千春は首輪の残骸をじっくりと観察していたが、とたんに声を出して笑いはじめた。恵には千春が笑い出した訳が分からなかった。
「あはは…残念。氷川さん駄目だったわ。首輪の中身、ほとんどが吹っ飛んじゃってて、これじゃあ構造を調べるなんて不可能だわ。失敗よ。とんだお笑い劇だったわね」
 恵の中に怒りの炎が燃えあがった。
 分かっていた。明の首を切断する前から分かっていた。首輪の構造を調べるなど不可能であると。千春もそれは大体分かっていたはずだ。だというのに明の首を切断するなどというその行動、もはや死者を弄んでいるとしか思えなかった。
「アンタ…絶対に許さないわよ」
 恵の怒りのすべてが込まれたその言葉に、千春も一瞬顔を強張らせたが、すぐに平静を取り戻した。恵がいくら怒ろうとも、銃を持つ千春の方が有利という事実は変わらないからだ。
「へぇ…よくそんな口が聞けるわね、氷川さん」
 千春は銃口を恵へと向けた。
 怒りという感情に支配された恵だったが、さすがにこの時は恐怖を感じた。状況がどう転がろうと、死への恐れが消えることなどないのだ。
「ふふふ…でもこのままあっさりと殺しちゃうのももったいないわね。そうだ、良いことを考えたわ」
 何やらろくでもないことを考えたのだろう。千春は再び微笑しはじめた。
「氷川さん。この場で着てる物すべてを脱いでもらおうかしら」
「はぁ? 何言ってるの?」
「良いから脱ぎなさい!」
 意味不明な命令に素直に応じようとしない恵に、千春が強く言い放った。
 恵はふと思った。
「なによ。この防弾チョッキをよこせってこと?」
 自分の制服をめくって、下の防弾チョッキをちらりと見せる恵。だが千春は、
「ふふふ、そういう事じゃないわよ。ただ素っ裸で銃弾を撃ち込まれて死ぬっていう、無様な死に様をあなたに提供してあげようと思ってね」
 と薄気味悪い笑みを浮かべて言った。
 最低だこの女!
 最高まで高まっていた恵の怒りが、その限界を超えた。
「バーカ! 誰がアンタのそんな命令なんて聞くと思う?」
 恵のその言葉を聞いた瞬間、千春は銃を握る手を動かした。直後、恵の腹部に激痛が走った。千春の手元で銃口から一筋の煙が上がっているのが見えた。
「逆らうんじゃないわよ! いい? アナタの命は私の手の平の上にあるのよ。今度逆らったら、次こそは本気で殺すわよ!」
 恵は防弾チョッキによって守られた腹部へと手をやった。穴が開いたセーラー服の下で、防弾チョッキによって進路をはばまれた銃弾の存在が、手のひらの感覚で確認できた。
 あの女、本気だ。
 恵にかつてない恐怖が襲いかかった。今まで何度か死の間際の恐怖を体感したが、今度こそは逃げ切れる状態ではない。絶体絶命であった。
「もう一度言うわよ。服を脱ぎなさい」
 千春が舌なめずりしながら再び同じ命令を口にした。だが恵はまたしても言った。
「アンタの命令なんか聞かないわ! 死ね、どうせアンタに生き残るなんてできないわ! 死ね!」
 千春の表情がかつてないほどの歪みを表せた。同時に恵はぎゅっと目を閉じた。
 終わった。私の命はここで尽きるのね。
 恵が死を覚悟した瞬間、その銃声は轟いた。
 ドゥン!!
 妙な感覚だった。自分は今千春の手によって、この世という生き地獄から開放されたのだ。そう、死はむしろ恐くなかった。どうせ今生きていたって、このプログラムの中から無事に脱出できるわけなどない。希望を失った今、どうせならもう死んでしまいたいとも思っていた恵には、平然と死を受け入れる覚悟は整っていたのだ。そのせいか、撃たれたというのに、体の何処からも痛みなど感じなかった。
 恵には、もはや銃声すらも、天国へと駆ける列車の汽笛にすら感じた。だが、次に妙なことに気がついた。
 銃声?
 おかしい。たしか千春の持つあの銃にはサイレンサーが装着されており、銃声など鳴らないはずだ。じゃあ、あの銃声は…。
 恵は恐る恐る目を開いた。そしてまずは自らの体中を見た。何処にも撃たれたような外傷は無く、全くの無傷であった。
 次に千春の方へと目をやった。恵は仰天した。
 先ほどまで恵へと銃を向けていた千春。今はその頭部に無数に開けれた穴から血を噴出させ、地面へと倒れ込み、そこへとてつもない大きさの血だまりを作り上げていたのだ。
 これはいったいどういう事?
 事態を把握できない恵は考えた。
 自分は千春に撃たれそうになった。でも今、その千春は私の目の前で死んでいる。頭から血を流しながら…。
 恵ははっとなって辺りを見回した。事態を把握したのだ。
 千春が恵を撃とうとした瞬間、そこに第三の人物が現れた、そして千春が銃を撃つよりも一瞬早く、その第三の人物が千春を撃った。そのため今、自分は生きている。
 辺りを見回す恵の視界に、ある人物の姿が飛び込んできた。以前恵を追い掛け回した死神、
吉本早紀子(女子22番)が再び現れたのだ。


 
『佐藤千春(女子7番)・・・死亡』


【残り 13人】



トップへ戻る   BRトップへ戻る   80へ戻る   82へ進む

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送