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 早紀子の接近に気がついた恵は心の中で嘆いた。
 まさかアイツ、私の後を追いかけてきたというのか!? いや、私は確かにあの女を振りきった。それもこの場所とは違う方向に走ってだ。だからあの女は私がこの集落に向かったなんて知るはずがない。じゃあ何故私の向かったこの場所を知ることができたんだ? それともあの女は偶然ここに戻ってきただけなのか!?
 いずれにしろ、早紀子はとんでもなく悪いタイミングで現れてくれたものだ。
 恵はカーテンの影に隠れながら、ガラスごしに外の早紀子の様子を覗き込む。
 やはりショットガン以外の荷物などは持っていないようだ。早紀子はクラスメートを抹殺することだけしか考えていないのだと判断して良いだろう。すっかり変貌した恐ろしき目つきからもそう認識することが出来る。とにかく殺意のこもった形相で、無言で歩み寄ってくるその姿は慈悲無き死神の姿以外の何者でもなかった。
 もし見つかったとすれば、先ほど行ったばかりの“死の鬼ごっこ”の延長戦参加を避けることは難しいだろう。ここはあの女に見つかってはならない。そうだ、裏口から静かに出て行けば、あの女に見つからずにこの場から離れることが出来るかもしれない。
 そんな淡い思いを抱いた瞬間、恵と早紀子の間を遮断する、民家の窓ガラスが派手に割れた。早紀子が窓ガラスに向けてショットガンを発砲したのだ。
 恵は部屋の中に飛び散る破片を避けるために、その優れた反射神経を活用し、すばやく部屋から廊下へと飛び出した。そのため窓ガラスによる負傷はかすり傷程度も無かったが、恵の淡い思いは窓ガラスとともに打ち砕かれた。
 くそ、あの女、私がこの家に潜んでいることに気づいている!
 遭遇を避けることは難しいと判断した恵だが、それでも真っ向勝負を避けるため、すぐさま裏口へと駆け出した。すると同時に、早紀子も裏口へと駆け出したようだった。
 急がなければ。さもなくば裏口から飛び出した瞬間、ショットガンの格好の餌食にされてしまう。
 脱出のための“材料”が入ったカバンを大事に抱えながら、全速力で裏口へと駆ける。
 裏口に到着すると、急いで鍵を外し、ドアを思いっきり開いて外へと飛び出した。
 薄暗い密閉空間から開放され、明るく新鮮な空気が漂う外の世界にすがすがしさを感じる暇もなく、早紀子の姿を走りながら確認しようとする。すると早紀子は恵に遅れること約十秒で裏口の前を通過した。そしてそのまま恵を追いかけてこようとする。
 走力勝負であるなら、足に自身のある恵に勝算は十分すぎるほどあるはずだ。それは先に行った“死の鬼ごっこ前半戦”にて立証済みである。しかし今行っているのはあくまでも死の鬼ごっこ。追いつかれなくとも銃弾が命中してしまうとゲームオーバーなのだ。つまりいくら足が速かろうと恵は全く優勢などではなかった。そのため今は一瞬たりとも気を抜くことができない。
 とにかくこうして無言の追いかけっこが再び始まったのだった。


 案の定、早紀子は先ほどと同じようにショットガンを連射する。しかし一瞬早く、恵が民家の塀の裏へと回り込んだ。標的が塀の裏に回り込んでしまったため、銃弾はその塀の表面に新たな弾痕を掘った。
 その隙に恵はさらに民家の狭間を駆け抜ける。背後では追跡する早紀子が同じく塀の裏へと回り込み、恵の通った後を追走する。しかしその間にも運動神経に定評のある恵は、次々と集落のいたるところに点在する分かれ道を通過し、なんとかして早紀子の視界から消え失せようとしていた。そうなるともはや、早紀子にとって銃弾を命中させるどころではない。とにかく恵の姿を視界に捕らえるために、必死で追走するしか無いであろう。恵はそう思うと余裕のためか自然と笑みがこぼれた。
 次の分かれ道は右!
 目の前に現れた四つ角を見て、恵はすぐさま曲がる方向を決定。とにかく今はすばやい判断が重要なのだ。
 決断したとおり、次の四つ角は右に曲がる恵。そのまままっすぐに塀と塀の間を駆けていると、またしても目前に四つ角が現れた。
 よし、次の分かれ道は…。
 しかし突如、目前のその分かれ道の右側から、どすどすと走る早紀子の体が飛び出してきた。これにはさすがに恵は仰天した。
 くそっ、あの女、私の通った道をそのままついてきているのだと思っていたのに、まさか私の行動を先読みして待ち伏せていたのか!?
 すぐさまUターンしようとするが、恵の耳に、またあの銃声が飛び込んできた。それと同時に恵のセーラー服の腕の部分が裂けた。弾丸が腕にかすったのだ。
 負けじとこちらも銃で早紀子に向かって反撃するが、相手も上手く塀の後ろに隠れ、その弾丸をすべて回避した。しかしその隙にも恵は逃走。早紀子が塀の後ろに隠れているタイムロスを利用し、またしても距離を引き離した。単純ではあるが恵の頭脳プレーと言えよう。
 今度こそ、あの女から完全に逃げ切ってやる。
 走りながら今度は恵の方から仕掛けた。後方に早紀子が追走する姿が見えるのを確認し、またしてもトカレフを撃った。早紀子はコンクリート電柱の後ろに隠れ、恵の攻撃を上手く回避。その隙に恵はリードを広げる。一見単純極まりない作戦だが、それは見事に成功していた。
 よし、後は上手く曲がり角を利用すれば、このまま早紀子から逃げ切ることはたやすいだろう。
 早紀子が再び銃を撃つ音が幾度も聞こえたが、二人の距離が相当開いている現在、それらを命中させることは難しい。やはり一発も命中するどころか、恵にかすることすらなかった。
 恵は次々と現れる交差点を軽快に曲がる。そのうちに目論見どおり、早紀子の姿は完全に見えなくなった。
 死神に二度も遭遇するという災難にあったが、恵はそのいずれも逃げ切ることに成功した。これはある意味快挙を成し遂げたといっても良いのではないだろうか。当然それはトカレフや防弾チョッキがあって成し遂げることが出来たのだが。
 しかし万が一、恵が明たちの待つ場所に戻ってから、早紀子がその場所に現れたとしたらどうだろうか。考えるまでもない。恵を含めた三人の命すべてを守り抜くことは相当難しいであろう。今後あの死神との三度目の遭遇など、絶対にあってはならないのだ。
 恵はそう考え、念のために辺りをもう一度見回したが、早紀子の姿は見えなかった。
 良かった。早紀子は本当に私の姿を見失ったみたいだ。
 ここから明たちのいる場所までは結構遠い。恵を尾行でもしない限り、その場所を早紀子に突き止められることはまずないであろう。そう思い安心した恵はそのまま明たちの元へと帰ることにした。
 さあ、これでようやく私の役目は終わる。
 恵はほっと肩をなで下ろした。



【残り 15人】



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