76


 恵の予想通り、目的地である集落にたどり着くまで、さほど時間はかからなかった。
 薄暗く不気味な森を抜けたとたん、大地に生ける者すべてに生命を与える日の光が、眩しいほどに降り注いだ。そう、あの恐ろしい夜が明けたのである。そのためか、まだ最悪の状況下であるにも関わらず、なぜか恵の表情にも安堵の色が見えた。
 ところで、森を抜けたのは良いが、目的の集落とは何処にあるのか。
 恵は四方360度をくまなく見回した。すると恵の位置から右へおよそ30度の方角、距離はたった50メートルほど先に、捜し求めていた集落が見えた。
 よかった。何とか無事に辿り着くことが出来た。
 集落の存在も確認でき、さらに気持ちが高まってきた。後はあの中のどの家かで、電磁波発生装置の“材料”を発見できれば万事解決である。
 かつては微塵もなかった希望のかけらが、今この瞬間だんだんと膨張しているのを感じた。
 さて、まずはどの家の中から調べようか。
 恵は立ち並ぶ住宅の間を歩きながら、最初に物色する家をどれにするか悩んでいた。
 希望する条件はある。その条件とは進入しやすそうな民家。戸締まりがきちんとされている民家に侵入しようとすれば、ドアの鍵を壊すか、あるいは窓ガラスを割るなどの方法を余儀なくされる。しかしこれらの方法を実行するとなると、どうしても大きな音を立てることになる。敵に見付かることが厳禁である今の状況下では、それらの方法はあまりにも無謀すぎる。そうなると最も良いのは、戸締まりがきちんとされていない民家を見つけ出すことであろう。
 民家と民家の間を歩きながら、一つ一つのドアや窓の戸締まりをチェックする恵。しかしその努力もなかなか報われない。しかし諦めなかった。ここですべてを投げ出してしまえば、今までの苦労は水の泡となってしまうのだ。
 そんな恵の視界に、ふと気になる光景が飛び込んできた。
 立ち並ぶ家々の中に一軒、明らかに人の手によって窓ガラスが破壊された民家があるのだ。これを見て恵には事の状況がすぐに分かった。恵がここに来るよりも前に、何者かがこの民家の中に進入したのだ。ただそれが何時のことなのかは分からない。分かりやすく言えば、進入した何者かが、まだこの民家の中に潜んでいるのか、それとももう出て行ってしまったのかが分からないのだ。
 そんな建物の中に入るなど、それはどう考えても安全策とは言えないであろう。しかし、この時の恵の足は、なぜかこの民家に向かって動いていた。何故だかは分からない。もしかしたら恵の奥底に潜んでいた冒険への興味がこの民家へ導いたのかもしれない。

 恵は外から割られたのであろう窓から内部に進入した。その瞬間に恵は感じた。この建物の内部には既に生命の気配などは感じられないと。
 もう出て行った後なのだろうか。いや違う。この建物中に進入した者は既に行き絶えているのだ。建物内部を満たしている濃厚な血の匂いがそう暗示している。つまりこの民家の中に何者かの死体があるのだ。
 そのことを考えると、恵もさすがに身震いを抑えることはできなかった。
 恵は慎重になりながら、そろりそろりと廊下を進んだ。するとその先の床に、ぽっかりと開いた穴が出現した。これはまさしく地下室への入口であった。そして血のにおいはそこから溢れ出しているように感じた。
 緊張のため鼓動を早める心臓が、「中を除いてはいけない」と恵に危険信号を送っているようだった。
 しかし意を決し、恵はゆっくりと中を覗き込んだ。すると恵の鼻が、また一段と濃厚な生臭さをキャッチした。間違いない。血のにおいはこの中から発生しているのだ。だが中は真っ暗で何も見えない。
 恵はカバンの中から懐中電灯を取り出し、地下室の中を照らした。そして愕然とした。恵が懐中電灯で照らした先に、胴体からおびただしい量の血液を流しながら絶命している生徒二人の死体が現れたからだ。それは紛れもなく三年A組唯一のカップル、戸川淳子と加藤塔矢の射殺体であった。
 それを見た瞬間、恵の足は自然と一歩後ずさっていた。初めて見た死体に動揺せずにはいられなかったのだ。だが恵はそれでも視覚と嗅覚により沸き上がった吐き気を抑えながら、地下室の底で横たわる二人の死体をじっと覗き込んだ。そして気がついた。
 二人の死因は紛れもなく銃によるものなのだが、それぞれの学ランとセーラー服に開けられた弾痕に恵は見覚えがあったのだ。それは特徴があり、ただの弾痕とは違うと恵にも認識することが出来た。
 二人の服に開けられた小さく細かい、そして多数の弾痕は、まさしくショットガンによる散弾が貫通した跡であった。
 恵はとっさに先ほど吉本早紀子に撃たれたばかりの自分の背中に目をやった。
 同じだ。自分の背中に開けられた弾痕と、まさに同じ跡だ。
 恵は確信した。この二人を殺害した犯人は、間違いなく先ほど恵を襲ったばかりの女子、吉本早紀子であると。
 そう思った瞬間、恵は急いでこの家から出て行こうと、まっすぐに出口へと駆けていた。この家があの死神、吉本早紀子が一度入った家だったのだと分かると、なぜか恵はこの中にいることに不安を感じたのだ。
 恵は身震いしながら、自分が早紀子と遭遇した時の出来事。そしてたった今見たばかりの光景を頭の中で混合させながら、あの死神のことを考えていた。
 吉本早紀子…あの女は危険すぎる……。

 外に出た恵は次こそはと、入る家を慎重に選んだ。その結果、残念ながら戸締まりがされていなかった家は他には見つからなかった。いや、集落すべての家の戸締まりを確認したわけではないが、今の恵にはそのような時間の余裕などなかったため、しかたなく手ごろな民家の窓ガラスを割って進入するという方法をとることにしたのだ。
 恵は選んだ一件の家の窓ガラスに、トカレフの握りの部分を思いっきり叩き付けた。しかし一度目はガラスを割ることができなかった。出来るだけガラスの割れる音を抑えようと、無意識に力を緩めてしまっていたのかもしれない。
 今度こそはと力を込めてトカレフを叩き付けると、窓ガラスは木っ端微塵に砕けた。
 あまりにも大きな音がしたので、恵は驚くと同時にかなり焦った。誰かが音を聞きつけ来るのではないかと思い、トカレフを握り締めたまま、その場で少しの間体勢を構えていたが、誰も来る様子が無かったため、恵は今度こそ安心して民家の中に入り込んだ。

 今度の家は入ったとたんに血の匂いがするなどということはなかった。
 恵は中をぐるりと見渡し、一番材料となる物がたくさんありそうな部屋を絞ると、すぐさまその部屋の中に入った。
 部屋の主は学生だったのだろうか、真っ白い壁には今人気の音楽グループのポスターが貼られ、CDラックにはJ−POPはもちろん、大東亜では珍しい洋楽のCDまでもが並んでいた。
 あ、このCD生産枚数が10万枚限定だったやつだ。
 恵は自分が欲しかったCDを見つけ、喉から手が出そうになったが、今はそれどころではないと気づき、すぐさま意識を材料探しへと引っ張り戻した。
 恵が部屋の中をあさると、目的の物が次々と見つかった。どうやら今の恵にとって、この部屋に入ったのは正解だったようだ。
 事前に明に手渡されていたマイナスドライバーを手に取ると、部屋の中にある電子機器を次々と分解し始める。
 パソコンやらラジオ、果ては扇風機などありとあらゆる機器を分解し、明に指定された部品を順に回収する。
 機械音痴であった恵だが、明の丁寧な説明があったおかげで、難なくそれらを入手することが出来た。手際の良さは賞賛に値するだろうと勝手に思った。
 恵は回収した部品を、持参したカバンの中に放り込んだ。
 さあ、目的の物がすべて揃ってしまえば、もうこんな所には用はない。これさえあれば私たちはこのゲームから脱出することが出来るんだ。
 恵はさっさとこの場を去り、そして今も自分の帰りを待ち続けてくれているはずの二人の元に帰ろうと思った。だが恵がなんとなく窓の外に目をやると、それがいかに難しいことであるかという現実を知ることになった。
 一度は振り切ったはずの死神、
吉本早紀子(女子22番)が恵のいる民家に向かって歩み寄ってくる姿が、窓の外20メートル付近にまで近づいてきていたのだ。


【残り 15人】



トップへ戻る   BRトップへ戻る   75へ戻る   77へ進む

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送