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 天才青年姫沢明!?
 恵は千春が言ったこの言葉を脳の中で復唱した。それはその言葉があまりにも衝撃的だったからだ。クラス中の皆から天才と呼ばれるこの男、いったいどんな脳を持ち合わせているというのだろうか? それは恵には計り知れなかった。
 そんな中、恵はふと思ったことを千春に向けて言った。
「そう言えば、さっきはごめんなさいね佐藤さん。謝って許されるはずはないと思うけど、銃で撃とうとしてしまって」
 冷静になった今、恵は本心から千春には悪かったと思っていた。それにこの後、千春とは共に、明プロデュースの脱出プランに協力することになる可能性があるのだ。早めに謝っておかないと、この後ギクシャクした関係のままだと、計画がはかどらない可能性があるのだ。そんなわけで恵は早いうちに心から詫びようと決意したのだ。
 そんな恵への千春の返答は、意外にも明るかった。
「気にしないでよ。こんなプログラムに巻き込まれてしまったら、誰だっておかしくなるのは当然なんだから」
 と言うと同時に、『皆で協力して姫沢君の脱出計画を成功させましょ』と書いた紙を恵に見せてきた。
 千春の返答により、恵が内に抱いていた罪悪感がさらに増幅したように感じた。
 恵は先ほどまで、千春のことを“ただのずる賢い女”だと勝手に認識していたのだ。しかし今、目の前にいる千春を見るとどうだろうか。恵が思っていた人物像とはかけ離れた、このやさしき女の姿を見ると、一人で勘違いを知ていた自分を恥じずにはいられなかった。

「これを見てくれ」
 突如、恵と千春の間に明が割り込んできた。デイパックの中の探し物がようやく見付かったらしい。明は二人に“それ”を差し出して見せた。それは一枚の紙切れだった。
『何これ?』
 その紙切れの意味が分からない恵は、またしても携帯電話に打ち込んだ文字を、明の顔の前へと持ってきて見せた。明は同じく携帯電話の文字で返答した。
『これは俺達に取り付けられている首輪の設計図さ』
 この回答に、またしても恵と千春は共に驚愕した。まさか明が設計図を作れるほど、そこまで首輪について解明しているなどと思ってもいなかったからだ。
『先ほどまで俺は親父との交信で、反政府組織トロイが得た、このプログラムに関する機密情報を伝えてもらっていたんだ。その中でこの首輪に関する詳細な情報があったから、俺はその情報を元にこの設計図を作り上げたんだ』
 またも呆然としてしまっている2人に気を止めず、明はさらに衝撃の事実を伝え続けた。
『さて、そろそろこの計画の核心に触れようと思う。
出発前に榊原が言っていたが、俺達はこの首輪があるせいで逃げ出すことができない。だがしかし、この首輪さえ無効にしてしまえば、逃げ出すことが出来る可能性はグッと高くなるんだ。そこで俺が考えた脱出方法というのは、この首輪そのものを破壊してしまおうという計画なんだ』
 首輪の破壊だって!?
 恵は明の考えにずっと驚きっぱなしである。しかしそれでも恵は浮かんだ疑問を明にぶつけようとする。
『ちょっと待って。たしか榊原はこう言ってたはずよ。この首輪は対ショック性で、そのうえ完全防水であり、絶対外れないようになってるって。それでもこの首輪を外せるって言うの?』
『だから言ってるだろ。首輪を外すんじゃなくて、破壊するんだよ』
 恵の質問に臆することなく、明はすぐさま返答した。
『順を追ってわかりやすく説明するとだ、実はこの首輪を解除する方法は複数あるんだ。
まずは俺達生徒の死。この首輪は装着している人間の心臓パルスに反応して生死を確認しているんだが、装備者が死亡して心臓パルスが停止すると、首輪は分校のメインコンピューターに“死亡”の信号を送った後、自動的に電源がOFFになるんだ。だがさすがに死ぬ訳にはいかないから、これは脱出には使えない。
二つ目は首輪を外してしまうという方法だ。俺達に首輪を取り付けたのは、いくら政府の人間とはいっても所詮はただの人間だ。だから外し方さえ知っていれば、同じ人間である俺達にも取り外すことが出来ないはずがない。しかしトロイのメンバーの中でもその方法を知っているのは、まだごく一部の人間しかいない。そのため親父もその方法までは知らなかったんだ。というわけでこの方法もボツ。
そして最後に残ったのが“首輪を破壊する方法”だったというわけだ。
俺はこの設計図を作り上げた後、色々と調べてみた結果、この首輪の構造はある種の電磁波に弱いということに気がついたんだ。そこで設計図の回路を順々にたどって行くと案の定だった。この首輪はある特定量の電磁波を受ける事によって、死亡信号をメインコンピューターに発信するという誤作動を起こした後、なんと故障してしまうんだ。そこで俺は思ったんだ。その特定の量の電磁波を放つ装置を作成することが出来れば、首輪を破壊し、脱出できるんじゃないかってね』
 これまでで一番長い明の文章を読み終えた恵は実感した。この説明の通った明の計画は、本当に成功するのではないかと。
『すごいじゃない! 私たち本当に脱出できるかもしれないわ』
 千春がそう紙に書いていた。
 だがここで、明が初めて不安にさせる一言を発した。
『しかしだ。その電磁波を発生させる装置なんだが、一応制作には取り掛かっているんだが、まだ完成していないんだ』
 恵は意外に思った。これまで自分の想像を遥かに超越する行動を続けてきた明のことだから、既にその装置の開発も終えているのだと思っていた。しかし明も所詮はただの人間だ。さすがにそこまで迅速には進んでいなかったのだ。
 明はさらに文字を打った。
『完成できていない理由なんだが、実はそれを制作するための部品が足りないんだよ。そこで二人のうち一人に頼みたいことがあるんだ。俺がその装置の開発に当たっている間に、足りない部品をどこかから調達してきてほしいんだ』
 恵は耳を疑った。
『つまり私たちのうち一人に、この危ない島の中を一人で歩いてきてほしいってこと?』
 恵はそんなこと絶対にしたくなかった。この島の中には殺意を持ったクラスメートが、確実に複数歩き回っているのだ。そんな場所で探し物をするなど、完全に自殺行為にしか思えなかったのだ。
『頼む。脱出できるかどうかが掛かってるんだ』
 明は恵と千春を見比べながら懇願した。
 恵が千春の方を見ると、千春も脅えた表情をしていた。今の自分もそんな顔をしているのだろうか?
 恵は悩んだ。
 どうしよう。やはりここは断った方が良いのだろうか? でも上手く行けば本当に脱出できるかもしれない。やはりここは計画に協力するべきなのか?
 悩みに悩んだ挙げ句、恵の中で答えは一つに絞られた。
 出来ることなら人を殺したくなどない。なら私は人を殺さなくて済む、この姫沢君の計画に協力しよう。
『分かった。私が行くわ』
 恵は自ら名乗り出た。



【残り 15人】



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