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 漆黒の天空の中に大小多数の星屑が輝いているのが見える。まるで空に宝石をちりばめたかのようなその光景は、通常ならば人々にある種の感動を与える力を持っているはずである。しかし今地上で戦いを続けている生徒達にはそんな無数の星屑を眺めている余裕などは全く無かった。いや、見たとしてもそれに対して感動を感じることが出来る精神状態の人間はこの島にはいないのである。なぜならこの殺し合いゲームが始まってから、生徒達の精神状態は徐々に崩壊しつつあったからだ。
 波の音がすぐ側に聞える断崖絶壁の縁に立ちすくんでいる一人の男子生徒の精神状態もまさにそのような状態だった。


「お、俺は人を殺してしまったのか!?」
 柊靖治を漆黒の断崖絶壁の下に突き落とした張本人、
北川太一(男子6番)は崖っぷちで立ちすくみ、ガタガタと震えていた。
 太一は自分の両手を顔の前に持っていき、それをじっと見つめた。自分の手が震えている様子を自らの肉眼でも確認することが出来た。手が震えるのも当然だ。この両手こそが靖治を地獄の底に突き落としたのだ。
 普段から気が弱くて小心者であった太一が、自分が殺人を犯したという事実に平然としていられるわけがなかった。今は軽いパニック状態に陥っているといっても間違いではない。とにかく頭の中が混乱していた。

 太一は一人でとにかく震えながら、絶壁の側の岩陰に隠れていた。恐かったのだ。何時何処から敵が襲ってくるか分からない。もし襲われたとしたら体力に自身の無い太一は、すぐにその餌食になってしまうことは明白であった。
 そんななか自らの視界の中に柊靖治の姿が入ってきた。その存在を確認した太一は、靖治の方へと自然とゆっくり歩んでいった。そして靖治の側まで来た…と、ここまでは間違いはない。問題はこの後だ。
 靖治の側に来た太一はゆっくりと手の平を前に突き出した。そしてその手で靖治の背中に“触れた”。そう“押す”つもりなどは毛頭無かった。ただ“触れる”だけのつもりだったのだ。しかし靖治はそのまま崖の下へと落ちていってしまった。
 太一は頭を抱えて考えた。
 この時の自分に殺意はあったのだろうか?
 太一はそれが分からなかった。
 自分はなぜ靖治の背中に向けて手を伸ばしたのか。一人で恐い思いをしていた中、クラス内ではもっとも信用できそうな人物、靖治を見つけた嬉しさのあまり、自分の存在に気づいてもらおうと思い、靖治の背中にポンと触れようとしただけだったのか? それともやはり靖治を崖から突き落とすのが目的だったのか? 分からない…。自分があの時何を考えていたのか、全く分からない…!!

 太一は靖治が落ちた断崖絶壁の下を覗き込んだ。相変わらず波が岩に叩き付けられる音が聞こえる。しかし遥か下にあるはずの海は暗闇に支配され全く見えなかった。となると当然落ちた靖治がどうなっているのかなども分かるはずがなかった。しかしこの高さだ。靖治が生きていることなど万に一つもないであろう。そう、自分が殺人を犯した事実を否定する理由は何一つ無いのだ。
 太一は恨めしかった。そして憎んだ。人を殺した罪深き自らの肉体と精神を。
 太一はその場にかがみ込んだ。そしてその体勢のままうつむくと、太一の足元の地面にポタポタと水滴が落ちたのが見えた。その水滴を見て初めて気が付いた。太一は自分でも気づかないうちに泣いていたのだ。太一は自分が泣いていることにさえ気が付かないほど精神状態が不安定になっていたのだ。
 太一はしばらく徐々に涙で濡らされていく地面をじっと見ていた。別に何かを考えていたわけではなく、それはもう放心状態であったといって良いだろう。
 太一が濡らされていく地面を見つめ続けしばらくしたとき、突如地面に赤い水滴が滴れた。太一はその水滴が何なのか分からなかった。とにかくじっと地面を見続けていると、続けざまにまた赤い水滴が落ちた。そして赤い水滴は徐々に落ちるスピードを早め、最終的には太一の身体を伝い流れ、ダラダラと地面を真っ赤に染めた。
 太一はそれでも気が付かなかった。自分の後頭部に深々と矢が突き刺さっているということに。そしてそこから真っ赤な血が流れ出しているということにも。それだけ太一の精神状態が混乱状態に陥っていたのだ。
 太一の視界の中で真っ赤な地面が近づいてきた。地面が太一に迫ってきているのではない。太一が地面に向かって倒れ込もうとしていたのだ。
 太一はすぐにどさっと倒れた。だが太一には何が起きたのか分からなかった。そして自分の最期が迫っていることも分からなかった。
 太一はそのまま起き上がる力を失った。

「はぁ!はぁ…!」
 倒れた太一の背後ではボウガンを抱えた
矢島正和(男子22番)が息を切らしていた。


 『北川太一(男子6番)・・・死亡』


【残り 17人】



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