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 靖治はこの島の最北端に来ていた。
 数時間前、自分の目の前で坂東小枝が殺された森から、ついさっきやっと抜け出したのだ。
 靖治は当時、小枝の死体の側からなかなか離れることができなかった。自分の力不足のせいで殺された小枝に申し訳が無かった。もうすこし、自分に力があれば小枝を助けることが出来たかもしれない。
 仲井理枝と森文代が目の前で死んだときと同じ後悔をまた味わったのだ。
 すべてが終わってから後悔ばかりしている自分に嫌気がさした。
 自分は何も成長していない。
 靖治は小枝の死体に目を向けた。無残だった。今にもちぎれそうな首もだが、体中に開いた複数の弾痕。これらの弾痕をつけたのは靖治自身である。その事実が靖治の正義感を痛めつけた。
 靖治はしばらく、その自分の罪の象徴ともいえる弾痕を、廃人のごとく身動き一つすることなく、虚ろな視線で見つめていた。
 どれだけ経ったころだろうか。突然昔のことを思い出した。仲間たちとすごした明るい日々が、まるで走馬灯のようによみがえったのだ。
 靖治は目が覚めた。
 このままではいけない。3年A組のメンバーは皆仲間なんだ。これ以上死なせるわけにはいかない。
 靖治はついに立ち上がった。復活したといっても良いであろう。
 靖治はとにかくこの森を抜けようと考えた。視界が悪い森の中での行動は危険を極めるからだ。
 早く他のクラスメートを見つけ、そして皆と脱出方法を考えるんだ。

 森を抜けるのに、さほど時間はかからなかった。靖治が森を抜けた先にはとてつもなく広い空間があらわれた。地面には大小多数の岩がごろごろと転がっており、足場はでこぼこで大変歩きづらかった。
 どこからかバシャーンという水しぶきが上がる音が聞こえてくる。それもそのはず。この岩場の向こうには広大なる海が広がっているのだ。だが今はこの夜の暗さのせいで海の姿を確認することは出来ない。ただ海が発する波の音が何度も無限に耳へと入ってきた。
 靖治は自然とその岩場の端まで歩いていた。と突然、足元から岩の地面の姿が消えた。どうやらこの先は崖のようだ。
 靖治は崖の下を覗き込んだ。だが暗すぎて何も見えない。だが音はたしかにこの下から聞える。この下に海があるというのは間違いないようだ。
 今度は遥か前方を見た。すると暗闇の中で停滞する一隻の船らしき姿が見えた。おそらくあれが政府の監視船のなのだろう。監視船は光を発し、周りの暗闇の海を明るく照らしていた。暗闇に紛れて生徒が泳いで逃げるのをああやって監視しているのだろう。やはり脱走は難しそうだ。
 今度はその船の位置よりも遥か遠くに視線を向ける。点々と光る無数の小さな明かりが見える。その光の一つ一つがどこかの人家の照明なのだろう。要するにその辺りは本州だということだ。この島から本州まではかなり遠いが泳いで渡れない距離ではないように感じた。だがそれはこの暗闇で遠近感がはっきりしないせいなのかもしれない。
 あの一つ一つの人家の光の中で、人々はいつもと変わらぬ生活を送っているのだろう。靖治はもう遠くに感じる“普通の生活”がなんとも懐かしく感じた。


 気が付くと、靖治の目から再び涙が流れていた。このプログラムの中、靖治はもう涙を流し過ぎた。会う者会う者すべてが最後にはただの死体へとなっていく。そんな光景を何度も目にしたからだ。
 しかしもう流す涙は無いかとさえ思っていたが、そうでもないようだ。ただ、この時流した涙は悲しみの涙ではなかった。普通の生活を送っていたころの自分を思い出した懐かしさによる涙であった。
 またあの光の中に戻りたい。
 靖治はそう心に強く思った。

 時間を使い過ぎた。靖治はそろそろまた歩きだそうと思った。だがその時だった。突然靖治の背中に何かの圧力を感じた。ほんの一瞬の出来事だった。その圧力は強いものではなかった。まるで誰かに軽く背中を押された、そんな感じだった。だがそれだけでも、今の靖治をこの真っ暗闇の断崖絶壁の下に突き落とすには十分すぎた。
 靖治はそのまま体制を崩し、気が付くと重心は前に傾き前のめりになるような状態になっていた。靖治は急いで体勢を立て直そうとしたがどうにもならなかった。
 靖治の視界が180度回転した。もちろん世界の天と地がひっくり返ったわけではない。靖治自身がまっさかさまになったのだ。だが靖治にはそれが理解できなかった。
 靖治は時間の流れが急にゆっくりになったようにさえ感じた。妙な感覚だった。だがそれもすぐに終わった。靖治の足が地面から離れたかと思うと、そのまま何も見えない闇の中へと落ちていった。
 靖治は最後に見た。月明かりに照らされた崖の上に立つ、自分を突き落とした人物、
北川太一(男子6番)の震えている姿を。


【残り 19人】



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