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 分校内でソファーにくつろぎながら、榊原教諭は考えにふけっていた。
 生徒の首輪に内蔵されているマイクから集音した声などは、分校に運ばれてきている機器により盗聴することが出来る。
 先ほどから榊原はとある生徒の話し声を盗聴していたのだが、その言葉一つ一つに首をひねるばかりであった。
「脱出計画だと?」
 榊原が盗聴していたのは杉山浩二の声であった。
 浩二が稔と行動しているのは、盗聴機器と同じく分校に設置された巨大モニターのレーダーにより、かなり早いうちから把握できていた。しかし、その稔との会話の随所で、浩二は「脱出計画」という言葉を口走っている。
 しかしこのプログラムは生徒の逃走を防ぐために、二重三重の警戒網が張り巡らせてあるのだ。
 生徒達を拘束するための爆弾入りの首輪。
 それを管理する高性能コンピューター。
 分校でそれを操作する二十数人の兵士達。
 この中のどれかを潰さない限り、島からの脱出など絶対に不可能なのだ。いや、万が一できたとしても、沿岸で政府の武装した船がこの島を取り囲んでいるかぎりは、どちらにしろ脱出は不可能のはずである。
 ではあの杉山浩二の自信にあふれた発言は何なのだろうか。
 榊原はふと、とある事件を思い出した。

『沖木島脱走事件』

 絶対脱出不可能なはずのこのプログラムで、2名もの脱走者を出した、あの事件だ。
 あの事件はまったく謎の事件であった。2名の脱走者の手口をつかめないばかりか、いまだにその脱走者の行方は不明のまま。
 さらにはその時のプログラムの担当教官をはじめ、その下で動いていた兵士たちも何者かの手によって銃殺されていた。つまりその時のプログラムに関係していた政府の人間が全滅してしまっていたため、情報は全く残されておらず、この事件の真相は完全に闇に包まれてしまったのである。
 そのため政府側もこれに対しての対策は打ちようもなかった。しかしこれまで脱走者が出たという話はその一件のみ。結局は政府側も、「このプログラムの厳重さには問題はない」と結論づけ、脱走事件も徐々に忘れ去られようとしていた。実際、それ以後数年経った今まで、それ以上の脱走者を出したプログラムは存在していない。
 そして今回、榊原教諭も何事もなく、プログラムは順調に進むとばかり思っていた。
 榊原教諭は今もまだ浩二の会話を拾おうと、真剣に機器に向かって耳を向けていたが、稔との会話はしばらく聞こえてくることはなかった。

−俺達で沖木島脱走事件を再現するんだ−

 榊原の頭にまたこの言葉が浮かんできた。
「なんなんだ、アイツは!? まさか本当にここからの脱出方法を知っているというのか!?」
 真剣な面持ちで考え込んでいる榊原に気づいた兵士の一人が、心配そうに近寄ってきた。
「大丈夫ですよ榊原さん。所詮ヤツはまだ中学生。我々の警戒網を潜り抜ける方法など思いつくわけがありませんよ」
 しかしその兵士の言葉で安心できる榊原ではなかった。
「沖木島の事件のことを忘れたのか! その時脱走した奴も同じく中学生だったんだ。今回の奴も何を考えているのか分からん以上、気を抜くのは厳禁だぞ!!」
「はい、承知しております」
 榊原の剣幕に押され、兵士はそれに従うしかなかった。
 榊原にはまだ最後の手があった。生徒達に例の首輪が着けられている以上、その生死を握っているのは榊原なのだ。榊原がこの場でスイッチを一つ押すだけで、浩二の首輪を爆発させることなど簡単なのである。よって、いざとなればこの最後の手を使わざるをえないだろう。しかし、今はまだできない。
 政府の重役たちが参加しているトトカルチョ。今回、問題の杉山浩二はその身体能力などを高く評価され、それなりに多くの票を獲得しているのである。よって榊原の独断で杉山浩二を殺害するのは、よほどの事態が起こらない限りは行ってはいけない。言うならばタブーなのである。
 今浩二は、脱出計画という言葉を“口走っただけ”に過ぎない。これだけの理由で浩二を殺害するのは軽率すぎであり、絶対に許されないのである。
 榊原は歯がゆく思った。
 まあいいさ、いざとなったらそんなことは関係ない。杉山、今お前の命を握っているのは、この榊原吾郎だ。不審な行動を起こせばすぐにお前はあの世行きだ。覚悟しやがれ。
「榊原さん! そろそろ3回目の放送の時間です!!」
 兵士の一人がそう言ったので、榊原は年のせいで重くなった腰を面倒くさそうに持ち上げた。



【残り 20人】



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