53


 ここは真っ暗な闇の中である。暗闇の生活に適した目をもっているわけではない人間にとっては、ここはほとんど何も見えないのが当然の空間であったはずだ。しかし、あまりにも長い間この場所にいつづけたせいか、こんな暗闇にもだんだんと目が慣れ、ぼんやりとだが、辺りの様子が確認できるようにまでなっていた。

 ここはとある民家の地下室である。行くあてもなく、さまよい歩いていた彼女たちにとって、この集落を見つけることが出来たのは本当にラッキーであった。
 彼女たちはさまよいつづけていたとき、この民家のある集落を見つけると、砂漠の中でオアシスを見つけた遭難者のごとく、迷いなくそちらのほうへ向かった。
 立ち並ぶ家々の間を歩いていても、人間の住む気配は全く感じられなかった。榊原の言うとおり、本当にこの島の住民たちは出て行ったのだとこのとき初めて実感した。
 一軒の家に近づくと、またしても迷うことなく、彼女たちは中に入ろうとした。理由はあまりなかったが、しいて言えば、外よりも家の中のほうが外敵に見つかりにくいと思ったから。それともう一つ。人里離れたこの無人島と化した島の中で見つけた、人間が住んでいた痕跡が残る住居が恋しくなっていたのかもしれない。
 彼女は入り口のドアのノブを回そうとしたが、鍵がかかっているらしく、開けることは出来なかった。
 彼女はそばに落ちていたこぶし大の石を拾い上げ、それをその家の窓に投げてガラスをぶち破ろうとした。しかし、彼女のパートナーが、その行動があまりにも無謀だったので、急いでそれを制した。
 彼女も自分の行いの無謀さに気づき、拾い上げた石を地面の上に戻した。
 2人はその家の周りをぐるっとまわりながら、他の扉や窓、一つ一つを開くかどうか調べていった。しかし、扉も窓もすべての戸締りがきちんとされており、どれ一つ開くことは出来なかった。
 ヤケになった彼女はまたしても先ほどの石を拾い上げたが、それを見たパートナーが急いで止めた。この2人は普段からこんな関係であった。
 幸い、集落内の他の民家を調べると、すぐに戸締りがされていない家を見つけることができ、2人はなだれ込むようにその中に入った。
 入ると、まだ日が落ちてもいない時間だというのに、中はものすごく薄暗く感じた。窓にはすべてカーテンが閉められており、外の光はすべて遮断されていた。そのうえ照明のすべてが切られていたためだった。
 足元に気をつけながら中を進んだ。人間の生活のにおいが感じられたが、それはまるで遠い昔のことだったかのように、感じられたのはかすかなにおいであった。
 台所にの流しには、洗い残されたままの食器数枚が積み上げられていた。大きな皿が一枚。小さな皿が2種類、ともに2枚ずつ。
 リビングのカレンダーには、日曜日と土曜日、それと平日の中の数日に赤いサインペンで丸がつけられていた。おそらくこの家の主人の仕事の休日をチェックしていたのであろう。
 家のほとんどの捜査を終えた。そして気が付いた。この家には子供用のおもちゃらしき物が一つとして見当たらなかった。
 これらの捜査で彼女はなんとなく、この家に住んでいた者たちのことが分かってきた。
 おそらくこの家には男女がいっしょに生活していた。要するに夫婦である。それもまだ子供も生まれていない、新婚夫婦が生活していたのであろう。彼女の頭の中には、その2人の仲つつまじい生活ぶりが想像で作り上げられていた。
 ああ私もいつか、彼と一緒になってそんな生活を送ってみたかった。
 そんなことを思った。しかし、そんなことはもう不可能となってしまった事実を、彼女はもう受け入れていた。
 私たちに明るい未来はない。
「おい、なんかすごいのがあるぞ」
 彼女のパートナーである彼が何かを見つけたらしく、感嘆の声をあげた。彼女は急いで彼のもとに駆けつけると、たしかに珍しいものがあった。
 彼が床の一部のようなものを持ち上げると、そこに下へと続く階段が現れたのである。これは地下室への階段であると、彼女もすぐに分かった。
「入ってみよう」
 彼がそう言うと、彼女も「入ろう」と言った。

 階段の下を覗き込むと、当然そこは薄暗い家の中よりも、さらに数段暗かった。いや、それどころではない。そこは本当に真っ暗であった。
 何も見えない。彼女はすぐさまデイパックの中から懐中電灯を出して照らした。
 倉庫のようだった。ダンボールが乱雑に詰まれ、隙間から古い衣類のようなものが飛び出しているものもあった。かなりの間誰も入ったことがなかったのか、当然掃除もされておらず、中はむせかえるほどほこりっぽかった。
 そんな中を、彼はゆっくりとだが、前に立って先に階段に足をかけ下っていった。
「待ってよ」
 彼女もそう言って、彼の後に続いて下りていった。
 不思議だった。これが殺し合いゲームの中であるにもかかわらず、この地下室に何が待ち受けているかも分からないというのに、彼女は全く恐怖を感じていなかった。むしろこれを、彼と2人での探検のように感じ、ワクワクしていたのかもしれない。
 そう、彼女はどんな状況であろうとも、パートナーである彼さえそばにいてくれれば平気だった。
 彼はとくにたくましい人でもなかったし、頼りがいのある人でもなかった。むしろクラスの中でも、クラスメートに頼られていたのは、誰にでも社交的で活発な彼女のほうであったのだ。
 ではなぜ彼女は彼を頼りに思ったのか。それは彼女自身でもあまり分からなかったが、思えばそれが愛の力だったのかもしれない。
 階段を下りきった。懐中電灯で辺りを照らしながら確認すると、あるのは無数のダンボールの山ばかりであると分かった。
 たいした発見もなく、彼女はほんのちょっぴりガッカリに感じた。

 それから数時間。2人はずっとこの地下室の中に潜んでいたのだ。その理由は本当に単純なこと。無数にある民家の中の一軒の中にある、見つけることも難しいであろう地下室、ここが他の生徒に見つかる事はないだろうと思ったからだ。
 この家の中に入ったときに、入ってきた扉の鍵も内側からきちんとかけた。自分たちが入った形跡なども残っていないはずである。
 彼女は今になって、ガラスを割って入らなくてよかったと心から思った。
「なあ淳子」
 隣で座っていた彼、
加藤塔矢(男子4番)が声をかけてきた。
「俺たち本当に、ずっとこの中に隠れておくのか?」
「当然でしょ。ここにいれば他の誰かに見つかる心配もないんだから。」
 両サイドで縛った髪が特徴的な彼女。クラスの中には同じように髪をサイドで縛っている文月麻里(かわいそうに、彼女はもう亡くなってしまったようだが)もいたが、彼女の髪型はそれとはまた違った感じで特徴的であった。サイドで縛った髪は下に垂れることなく、そのまままっすぐと元気よく、まるでウサギの耳のように伸びていた。それが彼女のシンボルマークのようでもあった。
 その彼女、
戸川淳子(女子12番)の答えに、彼は少し考えて言った。
「お前、本当にそう思ってるのか? 本当は親友たちにはもう一度会いたいとか思ってるんだろ」
 その言葉は淳子の脳裏を貫いた。はっきり言って図星であった。
 淳子は分校を出発した直後のことを思い出した。


「次は女子12番行ってこい!!」
 榊原が叫んだ。外には既に、絵梨果も、智里も、忍も、美咲も、そして直美も、親友たちは全員出ているのだ。しかし不安は淳子に襲い掛かる。自分の身の心配もそうだが、親友たちの安否も心配だったのだ。
 淳子は立ち上がって出口に向かって歩き始めたが、不安のためか、足がまるで地面に吸いつけられているかのように重く感じた。
「さっさと歩かんかぁ!!」
 榊原が銃を向けたので、急いで教室を出た。
 校舎を出ると、そこにはなんと美咲がいた。自分を待っていてくれたのだ。うれしかった。美咲は自分の身の危険をもかえりみず、親友の淳子を待っていてくれたのだ。
「淳子。一緒にみんなの所に行こう」
 美咲はそう言いながら何かを見せた。
「これレーダーなんだ。一応これでクラス全員の位置を把握できるみたい。誰なのかまでは分からないみたいだけど」
 なるほど、確かに画面には赤い点が数十個表示されている。画面中心部の赤い点二つが、おそらく淳子自身と美咲を表しているのだろう。
「たぶんここに集まってる点3つが直美たちだと思うんだ」
 美咲の指した場所には、確かに赤い点が3つ表示されていた。確かにあの3人なら出席番号が近いことを考えると、一緒にいると言う可能性が高い。美咲の言っていることはおそらく間違ってはいないだろう。
 しかし、このとき淳子の中に迷いが生じた。
 どうしよう…。たしかに直美達に会いたいけど、塔矢は大丈夫だろうか? 塔矢はどこかで私を待ってくれているのではないだろうか? 本当に美咲の言うとおりにしたほうが良いのだろうか?
 淳子は本当に迷い悩んだ。その結果、一つの結論が出た。
「私は塔矢くんを探しに行く」
 苦渋の決断であった。淳子にとって恋人と友達は同じくらい大切であった。しかし、集団で固まっている友人たちよりも、一人でいるかもしれない恋人の方が心配だった。
「ほんとうにそれで良いんだね」
 美咲は特に反論する様子も無かった。淳子の気持ちを察してくれたのだろう。
「…ごめん。もしみんなに会えたらこう伝えてくれる? 私はもうみんなに会えないかも…しれない。本当に…ごめんなさい…。」
 とたん、淳子の目から大粒の涙が流れ出した。悲しかった。こんな決断を出した自分が悲しかったのだ。
「…分かった」
 美咲はそう言ったが、淳子のように今にも泣き出しそうであった。
 そして2人はその場で別れた。去り際、美咲が言った。
「…生きてもう一度会おうね」

 淳子はすぐに塔矢と再会できた。塔矢はすぐ近くで、やはり淳子を待っていてくれたのだ。
 嬉しかった。やはり塔矢は自分を待っていてくれた。
 2人はとたんに抱き合た。塔矢が力強く締め付けるくらいに、淳子の身体を抱いた。目には涙すら浮かべていた。淳子もその塔矢にこたえるように、力強く抱き返した。
 この最悪な状況の中、不思議と幸せすら感じていた。
 その数時間後…。放送で絵梨果、智里、そして美咲の死亡が告げられたのだった…。


「なあ、淳子?」
 気がつくと、塔矢が淳子の顔を覗き込んでいた。どうやら完全に思いにふけっていたらしい。
「あ、ああ。ちょっといろいろ考えてて…」
「そうか…」
 直美や忍はまだ大丈夫なんだろうか。今までの放送ではまだ名前は出てないけど、それから今も無事でいるのだろうか。
 淳子は少し不安に思った。直美や忍が心配で仕方が無かったのだ。そう、やはり淳子はまだ、直美や忍ともう一度会いたかった。
 かけがえのない友達だったのだから…。



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