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 忍は全力で走った。手には金属バットが握られ、そのために走りづらくもあったが、それはさほど問題ではなかった。
 忍から逃げようとしている者の背中が目前に迫ってきた。
 逃亡者である武はとにかく必死で忍の追跡を振り払おうとしているが、元々の体力に差があり過ぎたようだ。ほんの数秒の間にみるみるうちに2人の距離は狭まってきている。武が追いつかれるのはもはや時間の問題であった。
 林の中を全力疾走している2人の姿はあまりにも目立ち過ぎていたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。忍の頭の中にはこの思いしかなかったからだ。
 裏切り者には制裁を……。
 2人の間の距離がほとんどなくなった。そのとき、忍はこれまでよりも渾身の力を込めて左足で地面を蹴った。すると忍の身体は勢いを殺すことなく宙に浮きあがった。そして、またそのまま今度は利き足である右足を前方に伸ばした。それはもう見事な飛び蹴りの形であった。
 忍の右足の裏が武の背中にヒットした。
 全力疾走していた武は、突然背後から前に向かって力が加えられたため、前のめりになって倒れた。いや、それはもう吹っ飛んだと言った方が適切であるかもしれない。
 何が起こったか理解するひまもなく、前に倒れた武はどうすることも出来ず、顔面を地面に強打した。
「ぶへっ!」
 瞬間、武の口から自然と情けない声が漏れた。武はそれでも急いで体勢を立て直し、再び立ち上がって逃げだそうとした。
「逃がすか!」
 忍は再び、今度は武の膝裏に蹴りを入れた。すると、武のからだは崩れ落ちるように地面に倒れた。
「ひいぃ! こ、殺さないで!」
 武はもう立ち上がることなく、今度は地面に手を付きながらも忍に向き合い、許しを乞いはじめた。しかし、そんなことで武の裏切りを忍が許せるはずがなかった。
「あんた、覚悟は出来てるんでしょうね。確か大樹が言っていたはずよ。裏切りは厳禁だって……」
「し、仕方が無かったんだ! このゲームで生き残れるのはたった一人だし。いくら手を組んでるとは言っても、結局あの中で生き残れるのは一人だけなんだろ! だから他のみんなが油断している隙に……」
 そこまで言った後、武はしまったという顔をした。忍の表情がみるみる変化していたからだ。
「そう…あんたの魂胆はよく分かったわ…」
 今までも迫力のあった忍の口調であったが、この時は今までの比ではなかった。
「ま、待って!  も、も、もうあんな事はしないから!  だから!  だから…!」
 武の悲痛な乞いなど忍には全く聞こえていなかった。
「…許さない!」
 それが忍が返した言葉であった。
「ひぎぃぃぃ!」
 武はもうがむしゃらになって逃げだそうとした。しかし、襟首をつかまれた武は再び逃走に失敗した。そして後頭部に強烈な一撃を食らった武は世界が振動しているような感覚を覚えただろう。
 武は逃走は諦めた。というよりも、もう思考回路が恐怖により正常に作動していなかったのだろう。気が付くと訳の分からない叫び声をあげながら忍に飛び掛かっていた。
 忍は臆することなく、その突進をひょいと避けた。さらに避けたついでに武の額に裏拳を一撃かました。
 武の身体がガクンガクンと揺れている。それでも忍は容赦がなかった。再び飛び上がった忍はまたしても右足を振り上げた。そして今度は先ほどとは違い、狙いを武の腹に定めた。忍は体中の体重移動をさせながら、全身を使って武の腹を蹴りつけた。手応えならぬ足応えがあった。忍の全体中をかけた強烈な蹴りで武は完全に沈んだ。
「とどめだ!」
 忍のその一言は、自分でさえも冷酷に感じた。それほど怒り狂っていたのだろう。すでに全く無抵抗であった武に対しても、全く攻撃の手をゆるめることがなかった。そう、既に怒りに我を忘れた忍には、殺しに対する迷いなどなくなっていた。
 忍は武の背後に回り込んだ。そして右腕を武の首に回し、そのまま自分の体の方に向かって締め上げた。
 武が苦痛の表情を浮かべた。武は必死になって忍の腕を首から外そうと、自分の手をかけて試みるが、全く歯が立たない。腕力にも圧倒的な差があった。もはや武に逃れる術など無かった。
 忍がより一層腕に力を込めた。武の表情がさらに歪んでいく。同時に徐々に血の気が失せ、生気が失われていっているように見えた。
 突然、いままで忍の腕をつかんで必死の抵抗をしていた武の手が忍の腕からはずれ、だらんと垂れ下がった。
 死んだのか?
 忍はそう思ったが、念のためにもう1、2分はこのままの状態を継続しようと考えた。全く抵抗しなくなった人間の首を締め上げるのは、数分という短い時間でさえもたいへん長く感じた。体力よりも精神力が疲労しているようにさえ感じた。
 2分ほど経った。忍が腕から力を抜くと、武の身体はそのまま地面に倒れた。口からはまるで外から突っ込んだかのようにさえ見える舌がだらんと出ていた。視線も虚ろで何処を見ているのか全く分からない。顔からは完全に血の気が失せていた。
 死んだ。
 忍はようやく確信した。それと同時になぜか更なる疲労感を感じた。
 生まれて初めて行った殺人。気分が良いはずがなかった。しかし後悔しても仕方がない。武の正体は、自分たちを裏切り命までも脅かそうとした敵であったのだ。どちらにしろ片づけるしかなかったのだ。
 忍は自分にそう言い聞かせた。そう言い聞かせなければならなかったのだ。
 忍は少しの間武を見下ろしていたが、かがんで武の開いたままだった目を閉じると、自分が元来た道の方へ向き直った。
 大樹たちのところに戻らないと。そう思った。
 パチパチパチ。
 突如近くから手を叩く音が聞こえた。忍は今度は音が聞こえた方へ向き直った。
「さすがだな。噂通りの強さだ」
 これまで忍の行動を見ていたのであろう、木の後ろから姿を現した
須王拓磨(男子10番)が感心したように言った。


 『坪倉 武(男子13番)・・・死亡』


【残り 22人】



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