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 雅史は緊張してコルトパイソンを握り締め、辺りを真剣にうかがっていた。
 何時誰が来るか分からない。もし敵が現れた場合、雅史たちの中で一番頼りになる武器といえば、雅史の持つ、この銃なのである。まさにそれを持つ雅史は重要な役割を任せられたと言える。もし、敵がそれでも襲いかかってきたとしても、今、雅史とともに辺りを監視しているのは、3年A組で最強レベルの強さを誇る剣崎大樹なのだ。接近戦では負けることはないだろう。
 しかし、やはり問題は雅史の方にある。敵が来た場合でも、雅史はクラスメイトを殺したくないと思っている。迷いなく発砲することなど出来るのかどうかが自分でも不安であった。
 雅史のすぐ側では、太い木の根を枕代わりにして、忍が早くも寝息をたてていた。休息時間をとることに、一番反対していた忍であったが、実際はかなり疲労していたようだ。雅史はつくづく休息をとってよかったと思った。
 雅史は無意識に忍の寝顔を見ていた。普段は気が強い顔をしている彼女だったが、こうして見ると本当は意外と綺麗な顔をしていることが分かる。はっきり言って美人顔である。雅史は忍も普段からこうしていれば良いのにと、余計なことを思ってしまった。
 対して武の方はといえば、まだ寝付くことができないのか、寝転がりながらも、辺りをきょろきょろとうかがっているようであった。雅史が不審に思って武の方を見たとき、武と目が合い、驚いたように武の方が目をそらし、また別の方を見ていた。その視線が今度は大樹に向かっているように感じた。
「眠れないのか?」
 雅史は一応気を利かせて聞いてみたが、武は「ううん」と首を振って目を閉じた。だが、少しして武の方を見ると、また辺りを見回しているようだった。
 なんだ、こいつは…?
 雅史は武の不審な行動が気になったが、おそらくまだ緊張して寝付けないだけなのだろうと思い、そのことについて考えるのは止めた。
 まだ今の時間は日も高く、辺りの様子ははっきりと分かる。しかし、林の中は恐ろしいほど静まり返っていた。聞こえてくる音といえば、風などの自然の音のみである。
 雅史の足元では蟻が列を作り、一生懸命に何かを運んでいた。蟻たちはみんなで協力して、自分たちよりも大きなエサを運んでいる。蟻たちは皆、たいへん仲が良さそうに見える。雅史はそんな蟻たちがうらやましく思えてしまった。
 本来なら、今頃は修学旅行で、クラスメイトたちと盛り上がっている時間であっただろう。それがこんな事になってしまうとは…。
 殺し合いゲームにはふさわしくない、辺りののどかな風景に、雅史の思いは余計に込み上げてきた。
「何を考えているんだ?」
 雅史に声をかけてきたのは、当然大樹である。その声はとても小さな声だったが、辺りがあまりにも静かすぎて、離れた場所にいる雅史の耳にも十分に届いた。
「いや、何でこんな事になったんだろうなと思って」
「しかたないさ。おれたちの運が悪かっただけのことだ」
 大樹は雅史を慰めるような口調で言った。(しかしその一言にも威厳か何かのようなものを、雅史は感じた。)
「とにかく死にたくなかったら、今は難しいことを考えるより、周りに集中しておけ」
 大樹は話している間も、辺りへの警戒を怠らなかった。そして大樹の武器であるアイスピックを強く握り締めていた。雅史には、そんな大樹が頼りにも、そして恐ろしくも感じた。意識的に疑うことはもう止めていたが、深層心理のレベルではそれが無くなっているわけではなかったからだ。

 突然、忍が何か寝言のような言葉を口にしたが、何と言ったのかははっきりと聞き取ることができなかった。
 正直、その瞬間は誰の声なのか判別できず、雅史は驚いたのだが、それが忍の声だと分かって安心した。
 雅史がふと大樹の方を見ると、大樹の視線も忍のほうへと向かっていた。その時の大樹の顔を見て、雅史は少し驚いてしまった。今までずっと眉間にしわを寄せたままだった大樹の表情が、ほんの少しだが緩んでいるように見えたからだ。その表情は微笑んでいるようにも見えた。
「なんだ?俺の顔に何かついてるか」
 大樹が雅史に見られているのに気づき、はっとしたように聞いてきた。
「いや、別に」
 雅史は微笑しながら言葉を返した。
 大樹も忍に似つかわしくない無邪気な寝言に、何気なく微笑んでしまったのだろう。雅史に見られていた理由に気がついたのか、大樹は再び表情を元に戻して、プイと横を向いてしまった。
 なんだ。大樹もちゃんと人間らしい顔ができるんじゃないか。
 雅史はなんだか安心してしまった。
 そんな雅史を尻目に、突然大樹が立ち上がり、荷物のほうへと歩んでいった。そして、自分のデイパックのジッパーを下ろし、水の入ったペットボトルを取り出した。
 そう言えば、雅史もしばらく水を飲んでいなかったことに気がついた。と同時に、突然喉の渇きを感じた。
「剣崎。俺の荷物からも水取り出してくれよ」
 雅史の頼みに素直に反応し、デイパックの中からすでに開封済みのペットボトルを無言で投げてよこしてきた。
「サンキュー」
 ほんの一口だけ飲んだ大樹に対して、雅史はがぶ飲みするくらいの勢いで、胃に水を流し込んだ。それだけ喉が渇いていたのだ。
 大樹は飲み終わると、ご丁寧に蓋を閉めてデイパックの中にしまった。
 さすがにしまうのも大樹に頼むわけにはいかず、雅史は立ち上がって、デイパックの方へと向かっていこうとした。だが、その時なぜか体が重くなったように感じた。
 なんだ?
 雅史は訳が分からなかったが、とにかく自分たちの荷物のほうへと向かっていこうとした。だが、どうしても体が思うようには動かなかった。
 雅史はふと誰かと目が合った。寝転がったままこちらの様子をうかがっている武の視線だった。
 なんだ? あいつまだ眠ってなかったのか?
 雅史がそう思った直後、今度はとてつもない眠気が襲い掛かってきた。
 くそ! なんなんだ!?
 雅史はその眠気をどうすることもできず、その場にうつむせに倒れこんでしまった。
「どうした!?」
 大樹が雅史のほうへと駆けつけようとしたが、今度は大樹の足の力が抜けたのか、突然地面に膝をついてしまった。


 どうしたんだ俺達は…。
 それらの光景を見ながら、雅史の意識が遠のいていった。


【残り 23人】



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