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靖治は見た。
 文代が喉から血を噴出しながら、後方へ倒れた。理枝が放った弾丸が、文代の首を撃ち抜いたのだ。
 見事と言うしかなかった。
 文代は水の上に倒れ、そこから大きな水しぶきが上がった。文代はもう起き上がることもなく、その体をプカプカと水面に浮かべていた。その様は死んだ魚と同じようであった。
 文代のスカートのポケットから何かが落ち、そして水の中に沈んだ。携帯電話だった。水の中で携帯電話は少しの間、ディスプレイを青く光らせていたが、すぐにその光を失った。
「シュン…君…」
 文代が小さく呟いたが、その声は誰にも届くことは無かった。
 この言葉を最後に、文代は息絶えた。
 靖治はその光景を呆然と見ていた。
 止められなかった。自分の力では2人をとめることが出来なかった。
 靖治は悔しがった。何のために自分はここに駆けつけたというのか。2人を止めるためじゃなかったのか。
 靖治は罪悪感に包まれた。
 バシャン!
 靖治の隣で水しぶきが上がった。靖治がそちらを振り向くと、理枝が倒れていた。靖治は理枝に駆け寄った。
「中井さん!! 大丈夫か!?」
 理枝の腹部からドクドクと血が流れ出している。大丈夫なわけが無かった。


「ひ…柊君。私はもうだめだわ…」
「何言ってるんだ! 大丈夫だ! 諦めるな! 俺が護ってやるから、諦めるな! 生きろ!! 絶対に生き延びろ!!」
「フッ…無理よ…。このゲームではもともと一人しか生き残れないのよ。どっちにしろ、いずれ私は死ぬ運命だったのよ。」
 靖治はそれに返す言葉が見つからなかった。
 とにかく、今は中井さんの腹部の止血をするのが先決だ。
 靖治は自分のカバンの中からバスタオルを取り出し、理枝の腹部に包帯の代わりとして巻きつけようと考えた。
 学校側からは、修学旅行にはバスタオルを持参して来い、などとは言われてなかったが、靖治は個人的に持ってきていて正解だったと、このとき思った。
 靖治は理枝の腹部にバスタオルを巻きつけるために、理枝の、血で染まった真っ赤な制服を少しずらした。理枝の腹部があらわになったが、今はそんな事で恥ずかしがっている場合ではない。人命にかかわる事態なのだ。
 理枝の腹部の怪我をじかに見ると、その酷さは靖治の想像を遥かに超えていた。
 靖治は急いでバスタオルを出来るだけキツく巻きつけた。しかし、そんなことでは理枝の出血は止まらなかった。靖治が理枝の腹部に巻きつけたバスタオルは、すぐに真っ赤に染まってしまった。
 医療に詳しいわけでもない靖治が、この後はどう処置すればよいのかなど知るはずがなかった。ただ理枝を元気付けるように努めることしか出来なかった。
「大丈夫だよ! 急所は外れてる。がんばって生きようよ!」
 靖治は必死になって励ました。もうこれ以上、自分の目の前で人が死ぬのは見たくなかったのだ。
「やさしいね…柊君は…」
「中井さん…?」
 理枝は静かにしゃべり始めた。
「私ね。このゲームが始まってから、ずっと怖かったんだ。このゲームが始まって、誰も信用できなかった。誰が自分を殺そうとするか分からない。そんななかで、誰かと手を組むなんて出来なかった。
最初の放送を聞いた後なんかはなおさらだったわ。その放送は、殺人鬼になってしまったクラスメイトがいることを意味していたんだからね。とにかく、以後私は逃げ回ることにしたの。もう誰も信用していなかった。そんなときに、突然文代が現れて、銃を撃ってきたの。文代に気づいてなかった私は、最初の一発はモロにお腹に受けてしまって、急いで反撃したの。あの時、私はもう、自分も殺人鬼になることを覚悟した。もうどうでもよくなっちゃったの…。
でも、そんなとき、突然現れた柊君は違った…。柊君は私と違って、こんなゲームの中でも自分の信念を貫いていた。偉いよね…」
 靖治は黙って聞いていた。靖治は悲しくて声が出なかった。もう理枝の最期が近いことを確信していたのだ。
 突然、理枝が靖治に何かを差し出した。靖治は驚いた。理枝が靖治に差し出した物、それは理枝の銃、ジグ・ザウエルだった。
 理枝は行き絶え絶えに言った。
「私はね…。生き残るんなら…柊君みたいな人が生き残ってほしいな…」
 理枝の言葉はそこで切れた。靖治が握っていた理枝の手の力が抜け、そこからジグ・ザウエルが落ちそうになった。靖治はそれを慌てて受け止めた。
 中井さん…。
 靖治はしばらく理枝をじっと見たまま動けなかった。そして、自分の力のなさを恨んだ。
 もう少し早く駆けつけ、そして2人の間に入っていたなら…そしたら、あるいは今頃、中井さんは…。
 靖治はもう聞く耳を持たない、理枝に向かって言った。
「中井さん。俺は最後の一人にはならない。皆で生き残るんだ。そして絶対に皆でここを脱出してやる。この殺し合いを、絶対に止めてやる」
 小さな声だった。しかし、その小さな声には、とてつもない強い意志がこめられていた。
 靖治は最後に、理枝の手を強く握り締めてから、その場を立ち去った。
 理枝の腹部から流れ出た血で、水田は真っ赤に染まっていた。
 理枝自身は水面に浮かび、まるで眠っているかのような表情を浮かべていた。


 『森文代(女子21番)・・・死亡』

 『中井理枝(女子15番)・・・死亡』



【残り 23人】



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