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 茂みの中で座り込んで潜みながら、森文代(女子21番)は携帯電話をいじくっていた。文代が携帯電話を使って行っていたこと、それはメールの送信であった。
 文代は何時間もの間、この場所に潜みながら、とにかくメールをうち続けていた。
 文代のメールの相手とは、出会い系サイトで知り合った、同年齢の男性である。
 この文代が、出会い系サイトで知り合った男性と、メールの交換をしているということは、3年A組内では、意外と有名な話であった。
 文代のメールのハマリようときたら、相当なものであり、授業中でさえメールのやり取りを欠かさなかった。
 その、あまりの奇妙な文代の行動を、不審に思った男子生徒の誰かが、意を決して文代からその話を聞き出した。これが噂が広まったきっかけであった。
 文代のメールの相手の男性は『シュン』という名を使っていた。そして、文代の頭の中では、その『シュン』という男性のイメージが出来あがっていた。
 スリムな体型で、背も高く、かつモデルのような顔をした、まさに良い男の典型的なイメージであった。
 もちろん、シュンとは一度も会ったことのない、文代の勝手な想像であった。しかし、文代は完全に、現実のシュンもそうであると信じきっていた。
 文代はそんなシュンと、一度、間近で話がしたいと思っていた。
 しかしだ。対して文代の容姿は、お世辞にも、美人とも、可愛らしい、とも言えるような外見ではなかった。
 文代は自分を磨こうと思ったことは一度も無かった。癖のかかった髪はぼさぼさで、中年のおばさんのような顔立ち。誰がどう見ても、その顔は“美しい”とは言いがたかったであろう。
 万が一、文代が突然、自分を磨く事に興味を抱いたとしても、その容姿はそれ以上はどうにもならないかもしれない。まさに、文代の考えるシュンのイメージとは、不づりあいな外見であった。しかし、文代はそれをコンプレックスに思ってはいなかった。なぜなら、文代がその事に気がついていなかったからだ。
 文代はメールでシュンに「有名人に例えると誰に似てる?」と聞かれると、決まって「藤村亜紀」と返していた。藤村亜紀とは、いま大東亜共和国内で、かなりの人気を誇る美人アイドルである。文代は自分がそれに似ていると、本心から思っていた。もちろんそれは完全な勘違いである。
 シュンの方も、文代に対してのイメージは、完全に藤村亜紀になってしまっているらしく、文代に対してかなりの好感を抱いているようだ。そのため、一度も会ったことのない2人のメール上での会話は、まるで恋人同士のようであった。
 文代は完全に、そのシュンという男性を愛してしまっていた。

 文代は今もひたすらメールをうつ。
『今、私は島にいるの。私のクラスがプログラムに選ばれちゃって、助けに来て欲しいの。』
 文章を打ち終えた文代は、親指で『送信ボタン』を押した。すると、携帯電話の画面内に『送信中』と表示された。だが、また少しすると『通信エラー』と表示された。だが、文代はまた、再び新しい文章を打ち始めた。とは言っても、文章の内容は先ほどと、ほとんど同じである。
 とにかく、文代はゲーム開始以来、ひたすらメール送信という行為を、何度も何度も繰り返してきた。しかし、一度も送信に成功はしなかった。
 当然の話だ。島周辺の電話局などは、すべて政府が押さえてしまっているのだ。島の中にいる文代が、本土のメル友に、メールを送信することなど出来るはずがなかった。
 それでも、とにかく文代は延々とメールを打ち続けた。だがやはり返事は返ってこない。
 なんで? どうして? シュンくんは私のこと愛してたんじゃないの? なんで返事をしてくれないの? 私はシュンくんを愛してるよ。ねえ、だから・・・だから、私が生きている内に一度会いたいよ。ねえ、シュンくん。シュンくん。
 文代の醜い顔が更に歪んだ。ディスプレイには幾度となくエラー表示が出てくる。
 文代は携帯電話を強く握り締めた。そして、もう一度メッセージを入力した。
『分かったわ。シュンくんから来てくれないのなら、私の方からそっちへ行く。私以外の子なんか、全員殺して、優勝してこの島から出ていってやるわ。そして、あなたのところに行くわ』
 文代はそう入力して送信ボタンを押した。
 文代は立ち上がった。手には支給された銃、『コルト・ハイウエイパトロールマン』が握られていた。
 待っててね。シュンくん。皆殺してからそっちへ行くからね。
 文代はその場から歩き始めた。
 文代の手に握られている携帯電話のディスプレイには『通信エラー』と表示されていた。



【残り 25人】



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