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「つまり脱出は不可能というわけか…」
「そういうことだな」
 野村信平(男子18番)の言った言葉に、そばに座っていた大柄でいかつい顔をした男子生徒は、つぶやくように答えた。
 それまで、信平とその男子生徒はずっと、お互いにこのプログラムから逃げ出す方法を話し合っていたが、2人の意見だけでは有効な方法など、全く浮かんではこなかった。
 信平と話し合っていたその男子生徒とは
剛田昭夫(男子8番)である。
 昭夫と信平は一年の頃からの同じ剣道部員であり、そのためか2人は早くから、自然と仲のよい友人関係になっていた。2年以上の付き合いというわけである。
 数時間前に偶然出会ったときも、お互いの事を良く知っていた者どうしの再開であった為、何も疑うことなく行動を共にする事が出来たというわけだ。

 昭夫は剣道部員としての腕はかなりのものだった。
 昨年度の3年生たちが剣道部を引退した後、昭夫は次の主将を任された。県内で弱小と言われ続けている飯峯中剣道部の中で、昭夫は間違いなく一番の実力者であろう。弱小校の主将とは言っても侮ってはいけない。体格を見ても分かるように、昭夫の実力はかなりのものである。
 唯一、自信過剰家であるのが玉にキズであるとも言えるが、それについては他の事でカバーしているので問題はないであろう。
 そんな昭夫の口癖は「俺たちは強い!」
 どこかの漫画かなにかで出てきた台詞なのだが、昭夫はそのフレーズが気に入ったらしく、団体戦の試合などは、円陣を組むと同時にそのセリフを全員で叫ぶというのが恒例化してきている。そのせいなのかどうかは分からないが、飯峯中剣道部の成績は徐々に上昇しつつあった。これを剣道部員たちは『昭夫効果』と呼んでいる。
 一方、信平はだが、剣道部に入部した際は、これがまた“ド”がつくほど素人であった。そのため一年の時は先輩達にパシリとして顎でよくこき使われていた。しかし、昭夫と仲良くなってから信平の実力は、徐々にだが上昇していき、3年になった今では団体戦レギュラーに滑り込むことができた。部活での昭夫との練習、そしてアドバイスが効果を現した結果だった。
 もちろんレギュラーになれたとはいえ、今現在でも信平と昭夫の実力にはかなりの差があるのは言うまでも無い。
 とにかく、自分をここまで育て上げてくれた親友昭夫に信平は本当に感謝し、そして尊敬していた。
 それぐらい信平が尊敬している昭夫に支給された武器は、なんと日本刀。剣道の実力者である昭夫がこの武器を手にしたとなると、まさに接近戦では無敵となった言ってもいいであろう。
 しかし、昭夫はこのゲームに参加する気など全くなかった。これには信平もホッとした。日本刀を持った昭夫がやる気になっていたとしたら、出会ったときに勝ち目など完全に無かったからである。しかも信平に支給された武器はワイヤーであった。これでどう戦えというのか・・・。昭夫でなくとも、やる気になっている生徒とまともに戦うなどできやしない。


「くそっ、それにしてもあの政府のオヤジがムカつくな」
 昭夫が言う“オヤジ”とは、もちろん榊原のことであろう。
「大体なんで俺らがあんなオヤジの言うとおりに殺しあわなくちゃならないんだよ。もし目の前にあのオヤジがいたら、この日本刀でスバッと斬り殺してやりてぇ」
 そう言うと握っていた日本刀を一振りした。すると真上から真っ二つに切られた木の葉が2,3枚、ひらひらと足元に落ちてきた。切れ味は本物である。
「なあ、分校に攻撃を仕掛けることはできないかな?」
“榊原を殺る”という言葉からその考えが浮かんだ信平であったが、昭夫はすぐに、
「あの分校ってもう禁止エリアとかいうのになっちまってるんだろ? それじゃあ近づけないし、攻撃しかけるなんて無理だろ」
 と返してきた。もちろん信平も分かってはいた。ただ、ここを脱出したいと思うと同時に、榊原に復讐したいという思いを述べたかったのだ。
「じゃあ、銃を持ってる奴を仲間にして、エリアの外から攻撃するってのはどうだ?」
 新たに思い浮かんだアイデアを言ってはみたものの、そんなこと不可能であることは信平も理解していた。
「それも無理だな。エリアの外からってかなり距離があるんじゃねえか?
だいたいあの分校、窓を鉄板で固めてるんだぜ。校舎の中にいる政府の人間を全滅させることはおろか、一人も殺せないだろ。それにそんなことしたら、即座に分校内のコンピューターから俺ら爆破されちまうぞ」
 昭夫はそう言って自分の首輪を指差した。とたんに、校舎内で殺された、須藤沙里菜の事を思い出した。
 ああはなりたくない。
「じゃあ、俺らはいったいどうしたらいいんだよ」
 信平は泣きたかった。しかし、死への恐怖が大きすぎてか、逆に涙が出てこなかった。すると昭夫は静かに言った。
「信平、俺はもう何もしない。」
 昭夫の言ったことの意味がよく分からなかった。
「何もしないってどういうことだよ?」
「何もしないんだよ」
「何もしないでどうするんだ?」
 イライラして声が少し荒々しくなっているのに気が付いたので、途中で信平は少しだけ口調を穏やかに戻した。
「死ぬのを待つんだ」
「え?」
 昭夫の言っていることの意味がよく分からなかった。
「死ぬのを待つ?」
 信平はつい聞き返した。
「そうだ。誰も殺したくないが、かといって逃げ出す方法も無い。つまり、残されたのは死だけだということだ」
 一瞬何をバカなと思った信平であったが、確かに今はそれしかないように思えた。かといって今の信平にはそれを平気で受け入れる気にはならなかった。やはり死ぬのは怖かったからだ。
 だが、その直後だった。
「そうか、じゃあ俺がお前らを殺してやるよ」
 突然低いトーンの声が背後から聞こえてきたかと思うと、ヴィィィィィンという機会音が耳に入ってきた。
 同時に信平の右肩に強い衝撃が走った。



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