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−欲望に揺れる花原(2)−

 土嚢の山の裏から花畑の方を覗きながら、健介は怪訝そうに顔をしかめた。
 頭の中を占める欲望によって恐怖感が幾分軽減されている彼であっても、プログラムの最中に落ち着き払っている冬花のことは理解できなかった。
 不用意に身を晒しているだけでなく、周囲を警戒してすらいない様子の彼女からは、緊張感が微塵も感じられない。
 器用に花の茎同士を編んでは手元のそれを見つめ、時折笑顔すら浮かべているようだった。
 冬花は自分が死ぬかもしれないという状況に対して、恐怖を感じていないのだろうか。それとも何か強力な武器を引き当てていて、身を守りぬく絶対の自信を持っているのか。
 正体不明の落ち着きを持つ相手を前に、健介は頭の中で確信のない説を唱えるばかりで、迂闊にその場から動けずにいた。
 するとそんな中、ふいに右手前方十メートルほど離れた茂みが激しく音をたてて揺れ、健介の目は自然とそちらへと向けられた。茂みの中から大きく声を上げながら翼をはためかせるものが飛び立ち、一瞬どきりとしてしまったが、ただの鳥だとすぐに分かったので取り乱しはしなかった。
 名前も分からない鳥の後ろ姿を見送りながら、健介は妙に思うことがあった。
 あれだけ大きな物音をたてて飛び出した鳥の方を、冬花は気にする素振りも見せず、一様に目線を自らの手元へと向けたままだったのだ。
 冠作りに熱中しすぎたあまり、ということだろうか。いや違う。冬花は生まれながらに耳が悪いため、ちょっとした音や声を聞き取ることが出来ず、そのため飛び立つ鳥の存在に気付かなかったのだろう。
 健介はある考えに至った。彼女は自らがプログラムに巻き込まれていることに、もしや気づいてすらいないのではないか、と。
 冬花は人の肉声を耳で聞き取ることは出来ないものの、口の動きを見て相手の言葉を読み取る『読唇術』を会得していると聞く。学校の授業にそれなりについていけていたのは、教師の唇の動きからその内容を理解していたためであった。だがそれは冬花のことを考慮して彼女に見えるよう気遣って話すよう努めていた教師や、冬花を手助けしていたクラスメートたちの協力があっての賜物である。そんなことなど露知らずに進められた、江口教官からエアートラックスへと話し手が次々と移り変わったプログラム説明に、彼女がついていけていたかというと、甚だ怪しいものである。
 だが、詳細まで理解できていないにしても、ただ事でない状況に巻き込まれているのは察しているはずだ。榛名一成(男子十九番)達が殺害されたり、千銅亜里沙(女子八番)が反乱を起こしたりした、サンセット号内の物々しさを、他のクラスメート達と同様に彼女も目の当たりにしているからだ。
 考えれば考えるほど、冬花の落ち着きの理由が分からなくなっていった。
 相変わらず花の茎を編み続けている彼女はこちらに気づいていない様子で、手元のみに視線を集中させている。
 強力な武器を持っているのかどうかは不明だが、いずれにしろ近づくなら今がチャンスであることに違いなかった。仮に銃や刃物を傍に用意していたとしても、こちらが横について武器を突きつけさえすれば、反抗する隙は与えずに済むはずである。
 意を決した健介は支給されたスタンガンだけを握りしめて、勢い良く土嚢の裏から飛び出した。柔らかい地面に足を取られそうになりながらも、見事に咲き乱れた鮮やかな赤い花を踏み潰すのも構わず、全力疾走で冬花へと接近する。
 相手は耳が聞こえないのだから、物音を出さないよう気をつける必要はなく、遮蔽物のないこの場では、いかに素早く相手に接近することができるかが重要であった。
 周囲に対する警戒心を持っていない冬花は、迫り来る健介の姿に気づかない。たかが十数メートルだった二人の距離は瞬く間に縮まった。
 高圧の電気が流れるスタンガンの先端を突きつけられたタイミングで、冬花はようやく健介の方を振り返った。背中に日を浴びた健介の影が、冬花の全身に覆い被さっていた。
 彼女は突然のことで状況を理解できていないのか、肌が顕になっている自らの首元に突きつけられたスタンガンを見て、無言のまま目を丸くしている。


「動くな。声も出すんじゃない」
 健介が言うと、彼女はそれを読み取ろうと唇の動きを凝視してくる。言葉の意味を理解したのか、こちらを見上げたまま言葉を発しようとはしない。
 首元に突きつけたスタンガンはそのままに、健介はすぐさま周囲を見渡して、冬花の武器の所在を確認しようとした。が、地面に敷き詰まった花の中に隠れているのか、見たところそれらしい物は見つからない。彼女の傍らにあるバッグはファスナーがしまったままであり、もしかしたら彼女は無用心にも、武器を取り出してすらいないのかもしれない。
 いずれにしろ、微動だにできない状況である冬花は恐るるに足らず。もし武器を取ろうと少しでも動けば、百万ボルトを超える電流を彼女に浴びせるだけである。
 安全を確認した健介は次に、ターゲットである冬花の方へと改めて視線を移す。
 プログラムの最中における自らの方針を固めて以降、最初に出会った相手が女であったことは喜ぶべきことだろう。だが、どうにも乗り気になれないでいた。というのも、女性に対して強い性的な欲求を持つ健介であるが、女ならば誰でも良いというわけではない。クラスに数いる女子生徒の中でも、好みな者とそうでない者はいる。
 健介にとって冬花の容姿は、お世辞にも好みの範疇とは言い難いものであった。醜いとは言わないが、化粧気のない平たい顔つきは平凡と評するにとどまり、無造作にただ伸ばされただけの長髪は、女性としての魅力が欠けていると言わざるを得ない。
 せっかく獲物を追い詰めたものの、改めて近くから相手を目の当たりにして健介は、追い詰めたのが大好物でなかったことに内心がっかりしていた。
 大切なのは顔じゃないだの、綺麗事をほざく輩が世の中には多々いるが、実際のところ男の本能が求めるのは所詮身体と顔のいい女である。
 冬花と交際している鈴森義人(男子十一番)は何故、世の外見的に魅力的な女たちよりも、よりによって身体的に障害まである冬花のことをわざわざ選んだのか、ずっと不思議に思っていた。クラスの中にだって、男達の手がまだかかっていない、それなりにルックスの良い女は何人かいるのに。
 満足できる彼女ができるまでの繋ぎとして、とりあえず軽く落とせる手頃な女で我慢しているのか。
 などと下衆な考えばかりが頭の中に浮かぶ。
 モデルにも劣らないセクシーな姿のAV女優を数々好んで見てきた健介にとって、冬花の小さな身体はあまりにも貧弱過ぎたのだった。
「くそっ、どうせヤるなら須王とか千銅とかがよかったぜ」
 などと容赦なく口にしながらも、健介は気分を高ぶらせようと考えを改めることに切り替えた。
 貧弱な体であっても、冬花も性別的には女である。制服の襟元から覗く、若く白い肌は艶かしく柔らかそうではあるし、女である以上は幾分でも出るところは出ているはず。触り心地は申し分ないだろう。
 何より、いざ本命たちと行為に及ぶ際に、それまでに経験が無ければ手筈が分からず楽しめないかもしれない。ここは練習のつもりでもいいから、一度経験を積んでおくべきである。
 などと自らに言い聞かせた。
 すると、一度はぎらつきを失った目に力が戻り、彼の中にある種の欲求が滾り始めた。それまで無反応だった自らの下半身が、みるみるうちに憤っていく。
「おらっ、脱げ」
 辛抱たまらなくなった健介は、半ば引きちぎるように冬花のブレザーのボタンを無理やり外そうとする。
「くそ、抵抗すんじゃねえ! ぶち殺すぞ!」
 両肩を抑えて服を剥ぎ取られないよう抵抗する冬花の顔を、苛立った健介は足の裏で蹴り飛ばす。
 地面に倒れた冬花のワイシャツが半分はだけて白いブラジャーの紐が見えると、きつくなった自らのズボンのファスナーを下ろし、中のモノを引きずり出した。あらゆる動画や本で勉強したはずの所作はもはや関係なく、感情に突き動かされるがまま少女の上に馬乗りになる。
 冬花が怯えた表情を浮かべた横で、完成しかかっていた花の冠が踏み潰されてぐちゃぐちゃになっていた。
「お前、もう義人とはヤったのか? なぁ、ヤったんだとしたら、俺とすんのだって怖くねぇだろ。いっそ楽しもうぜ」
 そう言ってスカートの中に手を入れようとしたとき、背後から「最低だな」と冷たい言葉を浴びせられた。
 振り返ろうとするよりも一瞬早く、後頭部に強い衝撃を受けて前方に派手に転がってしまった。硬いローファーの裏で蹴られたようだった。
 頭を土まみれにしながらも急いで起き上がろうとするが、スタンガンを握った右手を踏みつけられて身動きがとれなくなってしまう。
「そんな粗末な皮かむりで、女を楽しませられるとでも思ってたの? 笑けんだけど」
 先程まではいなかったはずの女子生徒が、言葉とは裏腹に眉間にしわを寄せながら、すっかり縮んでしまった健介の下半身のものを見下していた。
 少年のように短く切った黒髪を立たせた藤田矢子(女子十六番)が、普段から鋭い目つきをさらに険しくし、大型リボルバー銃、トーラス・レイジングブルを両手でしっかりと構え、こちらの動きを抑制しようと威嚇する。
「藤田、お前いつからいた?」
「ほんのついさっき――あんたがその子に走り寄っていくあたりから見てた」
 健介の意識が冬花へと集中している隙に、矢子も花畑の外から接近してきていたのだろう。これは冬花にも負けず劣らず、実に迂闊だったと後悔せざるを得ない。
 乱れたワイシャツを抑えながら怯えた目を潤ませる冬花を、矢子は一瞥した。
「欲求溜め込んだドーテーの暴走は怖いねー。あんた白昼堂々とこんな人目につくところで、おっぱじめるつもりだったの?」
「お前に言われたかねぇよ、ヤリマン」
 人を小馬鹿にするような口調の矢子に対して、健介も負けじと悪態をつく。
 矢子の表情は一見変わらない様子だったが、こめかみの辺りが一度ピクンと痙攣したようにも見えた。彼女が援助交際をしているという噂があるが、明らかにその噂を元にした悪態だったので、矢子の心中は穏やかではなかったのだろう。
「へぇー、言ってくれんじゃん、ドーテーのくせに」
「お、何? 怒ってんの? 言っとくけど、別にセックスの経験ある奴が偉いってわけじゃないんだぜ。処女が新車なら、非処女は中古車って言うだろ。お前の価値はもう半減してんだよ」
「あー、ヤリまくってる男をベテランドライバーとも例えるよね。無免許さん」
 矢子は口角を上げるも、細めた目の奥が笑っていなかった。
「つってもさ、あたしは未経験な奴全員を馬鹿にしてんじゃないのよ。世界の半分を知らないくせに、いきがって女に汚らわしい目を向けるような奴を見下してるだけ。そう、あんたみたいなね」
 健介は相手の言葉を聞き流しながら、なんとか出し抜く隙はないかと探っていた。腕を踏みつける足の力は緩んでいないが、力ずくで立ち上がろうとすれば、矢子程度の体重ならなんとでもなるはずだ。問題は彼女が持つ銃だ。彼女がトリガーを引く覚悟を決めているならば、無傷で逃げ出すことは容易ではない。
 だが幸いなことに、健介に支給されたスタンガンはまだ手中にある。手の届く範囲にある矢子の足に上手く押し当てて電流を流すことが出来れば、逃げるための隙は生まれるはずだ。
 まだ一度もスタンガンの威力を試していないので効果は未知数であるが、相手を怯ませるどころか一時的に動きを止める程であれば、あわよくば銃を奪って矢子の方をも強姦できるかもしれないと考えた。
 矢子は中古車という例えがピッタリなヤリマンかもしれないが、容姿自体は少年っぽいことを気にしなければ悪くはない。練習相手と考えるならば、これ以上ない人物かもしれなかった。
 あらゆる娯楽が発達した現代社会においても太古から変わらず、国や立場を問わず誰もが嗜む至高の遊戯である男女の戯れに、健介の期待はよりいっそう募っていく。
「藤田よぉ、なんでこんなとこに駆けつけた? 俺に襲われてる橘を見て、助けに入ろうと思ったか?」
 健介は倒れたまま会話を続け、なんとか反撃するタイミングはないか探る。
「別に。あんたがマヌケにも隙を見せまくってたから、簡単に倒せると思って来ただけよ」
「だったらさ、なんで今すぐにでも撃たないんだ。殺すのが目的なら、引き金を引くタイミングなんていくらでもあっただろ」
「あたしは殺しが目的ではないからね。あんたの荷物から使えるものがあったら頂こうと思っただけ。でも、お望みならすぐに殺してあげるわよ」
「あーそういうこと。じゃあさ、荷物はやるから見逃してくれよ。ほら、俺のバッグはあそこにあるからさ」
 先程まで身を隠していた土嚢の山の方を顎で指すと、矢子はつられて目線を一瞬そちらの方に動かした。それを好機と捉えた健介は、足に踏まれて動きを封じられていた右腕を、動かそうと一気に力を入れた。
 矢子程度の体重から逃れるのは、やはりさほど困難ではなかった。彼女のローファーに踏みつけられていた腕は、柔らかい地面を抉りながら上手くすり抜けて、晴れて自由の身となった。
 そのままの勢いでスタンガンを矢子の足へと向けて突き出す。しかしそれに気付いた矢子の反応の方が一瞬早かった。後方に飛び退いた彼女にスタンガンの先端は触れもせず、何も存在しない中空を虚しく空ぶるだけであった。
 手の内がバレた健介には、もはや手を止めることは許されなかった。反撃が来る前に立ち上がって、二撃目を繰り出すべく矢子に飛びかかった。
 健介の動きを止めたのは、たった一発の銃声だった。
 矢子が両手で構えていたレイジングブルが火を吹き、いまだズボンのファスナーから飛び出したままだった彼の睾丸とイチモツが同時に吹き飛んだ。
 矢子の意志によって撃たれたというよりも、襲いかかってきた健介を見て反射的に彼女は引き金を絞ってしまったという様子だった。
 だが、そんな状況に困惑する矢子の表情を、健介は一度も見ることはなかった。
 あらゆる内臓破裂の中でも非常に強い痛みを伴う精巣破壊によって、健介はショック死してしまったのだから。


 鷲尾健介(男子二十四番) - 死亡


【残り三十八人】

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