027
−水際の逃亡者(3)−

 秀之は君江への出来る限りの供養が済むと、近くに落ちていたバックに目を向けた。君江に支給されていたもののようで、海斗に荒らされた様子はない。海斗は久実を追うことに必死だったため、君江が取り落としたモンキーレンチを回収するだけに留まったのだろう。
 開けて中を見ると、手付かずのペットボトル飲料水と、固形栄養調整食が幾つか出てきたので戴くことにした。
 飲食物以外は複数持っていても仕方がないので放置する。
 ありがとうと言うかわりに一度君江に礼をしてから、秀之は体の向きを反転させて歩きはじめた。
 その手には飲食物だけが入ったガラガラのバックと、それから未だ血が滴っている日本刀。目を覆いたくなるような凄惨な光景に直面してしまった代償に、ようやく手に入れた心強い武器である。
 血はすぐにでも拭きとりたかったが、急いでいる今は慌てて不用意に刃に触れては危険なので、拭き取るのは落ち着いてからしようと判断した。
 海斗が持って行ってしまったのか鞘が見当たらず、そのせいで刀身を剥き出しで持ち歩かなければならないが、この際しかたがない。
 今はそれよりも、藍子が久実の手当てをちゃんとできたのかどうかが気になる。
 急いでいたため藍子に久実のことを丸投げしてしまったが、こんな山の中でろくな道具もなければ、応急処置は困難を極めるだろう。
 大好きな秀之からの頼みとあって、藍子は喜々として受け入れていたが、冷静に考えてみれば酷な話だったかもしれない。
 久実の傷はなかなか広範囲に及んでいて、止血するにもそれなりに大きな布地と包帯が必要だ。都合よく藍子がその用意をしているとは思えない。打つ手がなくてあたふたしているのではないだろうか。
 考えているうちに藍子の姿が見えてきた。応急処置のことで頭がいっぱいなのか、隠れもしないで周囲に堂々と姿を晒してしまっている。こういう浅はかなところを見ると、改めて彼女と一緒にいることに不安を覚えてしまう。
 地面に横たわった久実は草に隠れていたが、近づくにつれてだんだんと姿が露になってきた。
「へぇ……」
 秀之は感嘆して声を漏らした。
 服を巻くりあげて肌が露になった久実の背中には、傷のサイズに合わせて切られたタオルがあてがわれ、余った切れ端を結んで作った即席の包帯で厳重に固定されていた。タオルには黄色いヒヨコの柄が描かれていて、藍子のカバンから出された私物であることが窺える。
 傍らには傷口を洗浄するために使ったと見られる、ミネラルウォーターの空のペットボトルが転がっていた。
 予想に反して藍子は手際よく冷静に応急処置を済ませていたようだった。
「あ、おかえり」
 藍子がこちらに気付いて顔を上げた。状況が状況なので和やかさこそ見せないものの、さながら仕事帰りの夫を迎える妻のような馴れ馴れしい振る舞いだった。
 彼女は自身のことをもう秀之が全て受け入れてくれたと勘違いしているのではないだろうか。
 断じてそんなつもりはないのだが、手錠を解いた一件によって、藍子なら都合よく解釈していそうだった。
 彼女はすぐ、秀之が持つ血まみれの日本刀に気付いたようで一瞬目を丸くしていたが、ひとまず何も聞いてはこなかった。何があったか藍子なりに想像してしまい、聞くのを躊躇っているのかもしれない。
「応急処置、うまくやってくれたようだな」
「うまく出来たかどうかは分からないよ。とりあえず私に今できることをやっただけで」
 藍子は控えめに言っているが、この状況での最善は尽くせているように思えた。ガーゼの代用であるタオルはきつく固定されていて、止血を最優先に考えられていることが窺える。
 もちろん医師の視点からすればもっと正しい処置の方法はあるかもしれない。だが冷静さが保たれているうえで、彼女なりに考えて行動しているのは確かなようなので、ここは藍子の処置を信じることにした。
 仮に乏しい知識で秀之がかわりに応急処置しても、藍子以上のことが出来るとは言い切れなかった。
「命に別状はなさそうか?」
「分からない。ただ出血具合はそこまで酷いものではないかも。久実が意識を失ったのは、疲れとショックが大きいんじゃないかと」
 それならいいが、今はまだ安心はできない。少なくとも久実が意識を取り戻すまでは。
「それで、君江はいたの?」
 今度は藍子が問いかけてきた。血まみれの刀や、意識を失う前の久実の様子から嫌な予感がしていたらしく、何が起こったのか聞くのを躊躇していたが、ようやく決心がついたようだった。
 秀之はどう上手く説明すればいいか分からず口ごもった。
 当然聞かれることだと分かっていたが、どんな順序立てと言葉選びをすれば聞き手のダメージを少しでも和らげることができるか、考えが纏まっていなかった。
 だが藍子も最悪の展開は覚悟できているようだった。殺し合いゲームの最中、意識を失う直前の久実の途切れ途切れの言葉を耳にし、秀之が血まみれの日本刀を持って帰還したのを見れば、おおよそ想像できるのだろう。
「いるにはいたが、既に殺されていたよ。おそらく田神の手によって」
 余計な凄惨な描写は省き、必要最低限の結論だけを短く述べた。
「そう……」
 やはり藍子も予想していた様子で、その口ぶりは「やっぱり」とでも言いたげだった。
「弓削がいた場所で日本刀と、それから水と食料を調達してきた。ほら」
 未開封のペットボトルを藍子のほうへと転がした。藍子の水は久実の傷口を洗浄するのに使ったために、ほとんどなくなってしまっていた。
「ありがとう」
 これまた藍子は一瞬目を丸くしていたが、秀之の気遣いが嬉しいらしく、すぐ笑顔になった。
 ひとまず秀之は、藍子と共に久実を持ち上げ、より厚みのある茂みの陰へと移動することにした。周囲から丸見えだったことを伝えると、やはり藍子は自覚がなかったらしく驚いていた。
 とにかくこれでおおよその心配事は片付いた。安全と思われる隠れ場所を確保し、武器も手に入れることができた。久実の容態も今のところ落ち着いているように見える。
 秀之はようやく一息つけたところで、一つ藍子に伝えていなかったことを思い出した。久実や海斗に会う前に、千銅亜里沙と遭遇した一件だ。
 亜里沙は危険レベルであるゆえに近づくことは極力避けたい人物だが、色々と謎が多く気になる存在であるのも確か。
 プログラム開始前にサンセット号の中で軍に歯向かっていた様から、プログラムに反対しているように思えるが、好戦的な一面を持つとも考えられる。
 秀之と対面した際に彼女は隙を見て逃亡したが、それはゲームに乗る気がないという考えの表れなのか。それとも、単純に武器の性能から不利と判断して逃げただけなのか。
 考えてみたものの、ことごとく亜里沙の行動の真意が分からなかった。
 はたして、彼女はプログラムに対していったい何を考えているのだろうか。


【残り四十人】

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